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無限幻想 -灰と忘却のパヴァーヌ-  作者: 支倉文度
第二章
22/32

#20 そんなに俺が悪いのか?

 名殻出雄ながらいでおは激怒した。

 いくら進んでも出口の見えぬ、この薄ら闇に。

 そして、執拗に尻や背中を蹴ってくる、亡霊ソフィーティアンヌに。

 

「もうやめろ! そしてついてくるな! お前みたいなやかましい女の面倒はうんざりなんだ!」


『私が諦めるのを諦めろォッ!』


 ソフィーティアンヌの猛攻に耐えながら、この第6層を進んでいく。

 目の前に広がるのは、古代都市のような巨大な空間。

 石造りの建物が所狭しとならび、各通りの溝には清らかな水が流れている。

 1層や3層のような華やかさはない。

 無人の寂しさと、どこまでも続く薄暗闇が街を覆っている。

 石と水の冷たさが空気と交わり、2人の頬を優しく撫でた。


「神殿の中に街が……」


『キヒヒ、すげぇだろ? ここは遥か昔、兄様が密かに建造した地下神殿。人員はどうやって確保されたのかは知らねぇが、やっぱり兄様はこの世で1番の御方だ……』


 うっとりとソフィーティアンヌの顔が惚けるのを、苦い顔で見る出雄。

 "兄様"とは生前の兄弟のことだろうか。

 彼女は歴史に名を残さない王の1人娘。

 その上には3人の兄がいる。

 長男は王位継承者にして最後の王。

 彼が王位を継いで数年後に、文明は戦争や自然災害などで歴史の表舞台から消えたという。

 次男は文武に長けた気性の荒い性格の武将だ。

 戦場では数々の武功を上げた英雄の1人でもある。

 三男は長男と共に内政において建築や治水などを手伝ったが、特に目立った経歴はない。

 任された仕事を淡々とこなすだけの人間であると、歴史には刻まれている。 


「兄様兄様うるさいな……確か3人いたな、長男か? 次男か?」


『は? なんでテメェに教えなきゃなんねぇんだ。野垂れ死にが嫌ならとっとと進めボケ』


 頭にのりやがって。

 腹は立ったが、コイツの軽口を利用しない手はない。

 なので、ソフィーティアンヌをおだててみた。


「……いや何、お前があまりにも心酔しているものでな。ちょっと興味を持ったんだ。この地下神殿を築く程の力とカリスマ性は、きっと絶大なものだったろうからなぁ?」


『あ、わかる?』


 兄様の話題を振るとコロリと態度を変えた。

 

『この偉大な地下神殿を築いたのは、御三男の方だ。名をヴェリンカルナ。上の兄様方も優秀だが、1番はこの御方だ』


「三男坊が? 意外だな。まぁ当事者がいうんだから間違いはないだろう。……だが、お前。確か穴に落ちる前……"兄様の邪魔はさせない"と言っていたが。そいつもお前と同様この世にまだ存在しているのか?」


『……さぁな』


「隠し事が下手だな、その兄貴とやらも苦労するだろうなぁ」


『テメェが言えたことか。テメェだって隠し事をしてるってぇ顔だぞ? キヒヒ、私にはわかるのさ』


「………………」


 下卑た笑みを絶やさずに、前方へと周り出雄の顔を見上げる。

 

『テメェ、他の連中とは違うな。この地下神殿に然したる興味も無ければ、遠足気分で来たわけでもない。なぜアイツらと同行してんだ?』


 なにかを見抜かれているようで、つい怪訝な表情になった。

 実際この神殿に興味はない。

 あるのは己の強さを求めることのみ。

 そのためには……。


『ふん、あの中に目の敵にしてるやつでもいるってか?』


 出雄の心を言い当ててみせる。


「黙れ。貴様には関係のないことだ。……俺はアイツを、リョドー・アナコンデルを認めはしない。アイツが……史上最強の英雄だと? くだらない幻想だ。必ずやその幻想ごと俺が奴を張り倒し、更なる高みへと昇る」


『ほぉう、あのクソ中年オヤジそんなに強ぇのか? ま、どうでもいいが。現代を生きるテメェ等がどれほど強かろうが、私の兄様には勝てねぇよ』


 2人の騒がしい声が、澄んだ空気に乗って響き渡っていく。

 このとき、出雄は不思議と緊張感を感じなかった。

 それと同時に違和感を覚えていた。

 これだけ騒いでいるというのに、あまりにも周囲が静かすぎる。

 この地下神殿にいるのは、ソフィーティアンヌだけではあるまい。

 

(こうもひっそりとしていると逆に不気味だ。本当にコイツと兄様とやらだけなのか? 否、他にもいる。何か邪悪な思念を感じる。……関わるとろくでもないことが起こるような。俺の勘がそう告げているッ!)


 空気が冷たく感じた。

 にじみ出る汗が体を冷えさせ、歩調を鈍くしていく。

 そしてついに感じ取った。

 邪悪な思念、その元となる存在を。


「誰かいる……この街の広場のベンチに座っているあの"女騎士"」


 通りを抜けると、中央に噴水のある広間についた。

 ベンチに人影が見えたの、でじっと目を凝らし見てみる。

 それは鎧をまとった女性だった。

 銀色のショートボブ、前髪に隠れた気怠そうな半目。

 見るからに健康状態が悪そうな表情が、突如出雄に向けられる。

 絵具を塗りたくったような真っ暗な瞳からは、なにを考えているのか想像もつかない。


「……貴様何者だ? 何故ここにいる?」


『キヒヒ、アイツかぁ。おい、もっと近づいて話してやれよぉ男だろぉ?』


 ソフィーティアンヌは、女騎士を知っていそうだ。

 能面のように冷たい表情をじっと出雄に向けたまま、ピクリとも動かない女騎士を前に後ずさりをする。


『おいおい逃げるのかぁ? 男らしくねぇなシャキッとしろよオォイ』


「うるさい、ああいうのに関わるとロクなことにならないんだ!」


 ソフィーティアンヌに気をとられ、顔と視線を女騎士から外していた。

 ふと前を向くとそこには……。


「………………」


 音もなく影もなく気付けばそこに。

 出雄の真正面に、しかも顔を接触する目前まで近づけていた。

 瞳に広がる虚空の闇。

 口を一文字にしてじっと出雄を見ている。

 戦慄のあまり声が出なかった。

 見ず知らずの薄気味悪い女が、いつの間にか自分の真ん前にいるのだ。

 誰だってこわい。

 じっとりと嫌な汗が着衣の中で、熱をこもらせていく。

 1歩1歩後ろへと下がらんとするが、それに合わせ女騎士も歩み出てきた。


「もう1度聞くぞ? 貴様、何者だ?」


「……誰だっていいじゃない」


「質問に答えろ、貴様は……」


「誰だっていいって言ってるでしょッ!!?」


 突然のヒステリックにビクリと肩を震わせ、飛ぶように後方へと下がり間合いを空ける。

 女騎士は興奮したように目をギラつかせ歩み寄ってきた。


「いつもそう。男は皆偉そうで……なんでもかんでも決めつけて……私がどれだけ頑張ったかなに1つわかってないくせにぃい!」


「えぇいやかましい! 喚くな! 俺はやかましい女が嫌いなんだッ!!」


「ああああ! 私のことやかましい女って言ったぁ! 今確かに言ったぁ! 私はただ自分の主張をしているだけなのにぃ!! 侵害されたぁ! 私の心を侵害されたぁ!! またしても男に私の心を侵害されたぁ!!」


『あ、これはうっせぇわ。うん』


 髪の毛を掻きむしりながら身を捩らせ、奇声を上げ続ける女騎士。

 尋常ではない空気を感じた出雄は身を翻し、そのまま逃げた。

 なぜかソフィーティアンヌも、なにかを喚きながら走ってついてきた。


『おうコラ待てやぁ! 敵前逃亡かこのヤロウ! てか私を置いてくなッ!』


「やっっかましい! あんなクソめんどくさい女に付き合ってられるか! それとこれは敵前逃亡ではない、戦略的撤退だ!」


『どこがだよ!』


 キンと張り詰めた空気を纏う街の中を、一目散に駆け抜けていく。

 緊迫した状況は最早寒さすら感じさせなかった。

 

『おいどこまで走るんだよぉ!』


「うるさい! この街を抜けるまでだ!」


 闇雲に走ったせいで、いつの間にか元来た道からだいぶそれてしまった。

 入り組んだ街並みを走り抜けていくはめになっていたのだ。

 そして、曲がり角をまがった直後。


「どこへ行こうっていうのよぉ!?」


 ちょうどその先に合った一軒家。

 その壁を、タックルでぶち抜いた例の女騎士が現れる。

 華奢な体躯でのパワフルな行動に、つい呆気にとられていた。

 その手には、大剣ほどの大きさがある工具を持っているのがわかった。

 出雄自身それがなんであるかすぐに理解する。

 それは、魔鉱切断機構刃チェーンソー

 魔石などの魔力鉱石を採掘する際に用いられ、刃のエッジを超高速回転させ使用する工具だ。

 少なくとも武器として用いられることはない、はずである。


「な、なにぃいい!?」


『ハァーッハッハッハ! 面白れぇなオイ!』


「殺してやる……アンタもどうせ、私を否定するんでしょ? 否定するのなら……こっちからぶっ殺してやる!」

 

 工具が唸りを上げ、エッジが高速回転を始める。

 

「おいマジかやめてくれよ。お前騎士だろ? 騎士がそんな武器使っていいのか? 騎士道精神はねぇのか?」


「そんな男が勝手に作ったルールで、私を縛り付けないでよぉおお!!」


 立ち並ぶ家の壁を削り崩しながら、人間とは思えないほどの超人的速度で迫ってくきた。

 ギョッとした出雄は逃げようとする。


『捕まえたぁ!! いよぉし、このままれぇ! こいつを真っ二つにしてやれえ!』


 なんとソフィーティアンヌが、出雄の腰にしがみ付いて動けなくさせてしまったのだ。


「貴様ッ、はなせ! はなせぇえええ!!」


『はなすわけねぇえだろぉ!? お前はここで死ぬんだよぉおお!』


 身を捩ったり力任せに何度も押してみた。

 だが、ソフィーティアンヌはビクともしない。

 気づけば女騎士は攻撃態勢に移っており、豪快に工具を振り回してきた。


「くそったれがぁあ!!」


 出雄がとった手段それは……。


『――――へ?』


 自らの体を独楽のように回転させる。

 ソフィーティアンヌの体が若干浮き、力が緩んだ瞬間を見計らい女騎士のほうへと投げ捨てる。


『て、テメェ!』


 魔鉱切断機構刃チェーンソーの金切り声と、ソフィーティアンヌの断末魔が、大量の血しぶきと共に空間に響き渡った。

 上下真っ二つになたソフィーティアンヌの口は、魚の様にパクパクとしばらく動き、ピタリと止まる。


「ゆ、幽霊でも血が出るとは驚きだ……。だが、今は、逃げるのが先だッ!!」


「待てこのクズやろぉぉぉおおお!!」


 全速力で街並みを駆け抜けていく2人。

 出雄は、これ以上ない恐怖と焦りに身を強張らせながらも走っていく。

 だが、出雄にはまだ秘策があった。

 それは自らの命を懸けて手に入れた、最強の力と言っても過言ではない代物。

 ゆえに、出雄は機会をうかがう。

 そのために逃げ続けた。

 

「なんで逃げるのよぉお!? そもそもこんなことになったのは、アンタのせいでしょお!? アンタが私の心を侵害したからでしょおお!?」


「このくそったれがぁあ!! 何故だ、何故俺の周りにはこういう面倒くさい女しかいないんだぁあ!!」


 出雄の受難はまだ始まったばかりだった。

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