#19 原罪の腕
マクベスの眼前にさらす切り札。
リョドーの詠唱は、鈍く、そして力強く響いていく。
「骸を漁り、語りては、功に溺れし、我が道よ。怨嗟は枯れず、栄光は潰えず。されど、その罪悪の腕は、もう決して手にすることはない」
詠唱が終わるや、その異形が姿を現す。
岩棘のようなゴツゴツとした突起物を、いくつも全体に生やした"左腕"。
隆起した部分は、巨大な悪魔の邪悪さを彷彿させた。
これには、マクベスも尋常ではない圧力を感じた。
「……"原罪の左腕"。最大打撃力6.8t、加えて身体能力の超人領域突破。……俺の最強の魔術だ」
異形の左腕を、力強く握りしめる。
マクベスはニヤリと、舌なめずりをした。
「その腕……切り札、という訳だな? では、これで気兼ねなく死に花を咲かせてやれる、ということか」
「……花が咲くのはお前だ。言わせてもらうが、……アンタ、もう死んでるぜ?」
言葉が言い終わる前に、マクベスの切っ先がリョドーの顔を抉りにかかった。
「ぬっ!?」
しかし、寸でのところでリョドーの姿が消えた。
勢いよく振り下ろした剣が、床にめり込む。
「こっちだウスノロ」
マクベスの背後で葉巻を咥え、紫煙をくゆらせていた。
原罪の左腕による身体能力の超人領域突破は、他の強化魔術の限界を超えた代物であった。
その気になればまばたきの間に、この惑星の半球を一瞬で走り切れるほどに。
先ほどとは段違いの動きに、マクベスはニヤリと綻ばせる。
「なるほど、少しは出来るようだ。だが、それがなんだというのだ? ただ逃げるだけの術か? そうではなかろう。さぁ、その技の進化を俺に見せてみろ」
「焦んなよ、普通に攻撃したってお前さんには効かないんだ。まだ話していない効能はいろいろあるが、その中でも俺のとっておきを見せてやる」
葉巻を捨てるや否や、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。
その姿にマクベスは一瞬面食らい、正眼に構えた。
「『この腕は人間に見せてはならないもの』……。だが、お前は人間じゃあない。遠慮なくやれるぜ」
「人に見せてはならぬ、だと? ふん、呪いか何かの類か?」
マクベスに、リョドーは鼻で笑ってみせる。
だが、その笑みはやや悲しげであった。
「呪いだのなんだので片づけられたら、何十年も苦労しねぇんだよ……、そろそろいくぜ?」
間合いは2m。
今度はリョドーが不敵な笑みをこぼす。
そして、マクベスが冷や汗を流した。
先ほどとは違う空気が、2人の間を流れる。
「面白い……、俺の剣か、貴様の腕か」
「だろう? 戦いの醍醐味ってぇヤツだ」
今、彼等の目に映るのは互いの存在のみ。
それ以外はすべて真っ暗な空間と化すように、余計な視覚情報をシャットアウトしていた。
「ぬおッ!!」
「シャアアアッ!!」
沈黙を破り、リョドーが1歩踏み出たと同時に、マクベスは怪鳥の様な雄たけびをあげ、飛び上段斬りを繰り出す。
「ぬぅん!」
ギラリと凶刃が煌めく。
リョドーの集中力が、舞う塵1つ1つが見切れるほどにまで高まった。
「なんのッ!」
マクベスの風を孕んだ剛剣は、眉間にまで振り下ろされる。
それをヒラリと右へ流れる様に躱した。
そして、原罪の左腕の掌を、力強く握るや否や、一気に拳を突き上げる。
「俺の前で無効化なんぞ持っちまったのが運の尽きだ」
「なにぃい?」
「……『栄光の華は斯くも儚く』ッッ!!」
マクベスの左腕に拳の接触が認められた。
それと同時に、マクベスの左腕が内側から火を吹く。
そして、マクベスに身を砕く程の痛みが左腕に走った。
「ぐああああ!?」
轟音を巻き上げながら爆炎を噴き出した。
栄光の華は斯くも儚く
原罪の左腕の持つ能力の1つであり、相手が異能を無効化する何らかの力や、スキル等を持っている場合にのみ発動が可能な絶技。
無効化貫通だけでなく相手を無効化もろとも爆砕する。
「チッ……左腕か」
「き、貴様……ッ!」
目玉をひん剥き、ワナワナと震えながら傷をおさえるマクベス。
「まだやるかい? 構わんぜ俺は」
「貴様……、覚えておけ!」
マクベスは足速に逃げ去っていく。
リョドーは、追わなかった。
原罪の左腕を解除し、元の腕に戻ったことを確認する。
同時に、虚しさが心を支配していった。
久々の命のやり取りゆえか、それとももう使わぬと決心したにもかかわらず、それが緩んだゆえか。
理由は定かではなかった。
「……行くか、グラビスを探さないとッ!」
再びリュックを背負い通路の奥へと進まんとするリョドー。
彼女等はきっとまだ無事である、そう信じて。
一方、更に、そのまた更に下である第6層にも動きがあった。
1人の男が仄暗い通路を息せき切らし歩いている。
口から出てくるのは疲労とリョドー達への愚痴。
名殻出雄である。
「ここは、どこだぁ……! 何故、何故俺は1人でこんなところを歩かにゃならんッ!!」
苛立ちを抑えきれず、虚しい咆哮を通路に響かせた。
「もとはと言えば……あのクソガキ幽霊のせいじゃあないか? そうだ、あのクソガキ幽霊さえいなければ、今頃はさっさと帰り明日に備え眠っていたのだッ! それを……」
ワナワナと震えながらこの地下神殿に入る前のことを思い返していると。
『だぁぁぁれが私のせいだコラぁぁああッ!!?』
出雄の背中に衝撃が走り、前のめりに倒れこむ。
一体何事かと身を翻し後ろを見た。
「き、貴様は……入り口のクソガキ幽霊ッ!」
『ソフィーティアンヌ・ド・ロマンシング・エドモンダンデス様だぁあ! 次言ってみろもっかいドロップキックくらわすぞボケェ!』
入り口である円形の広間にて、一緒に落下した幽霊だ。
どうやら彼女も出雄と同じところに落ちたらしい。
「ソフィーティアンヌ……ふん、おいガキ、俺は今忙しい。遊び相手が欲しいのなら他を当たれ」
『忙しいィ? ……迷子風情が偉そうに言ってんじゃねぇぞ!』
「ぶっ飛ばすぞ貴様ぁ!」
『やってみろやボケェ! こぉんなかわいい女子の言葉に一々キレるとか、お前男として終わってんじゃあねぇのかぁ? モテないだろお前?』
犬猿の中。
売り言葉に買い言葉。
反りが合わないとはよく言ったもの。
ところどころで茶々を入れてくる亡霊ソフィーティアンヌ。
それをイライラしながら無視し、先に進む出雄。
だが、これはまだサンシュルピス・モンテ・クリスチオ地下神殿における探索の序章に過ぎない。
そうとは知らず、探索者6人は奥へと進み続ける。