#18 無敵の男
グラビス、沙耶、クァヌムがそれぞれ進むべき道を進む中、男達もまた動乱に巻き込まれていた。
サンシュルピス・モンテ・クリスチオ地下神殿 第1層
突然の砂嵐でグラビスと魔術作家アフターとはぐれてしまったリョドー・アナコンデル。
焦りと悔しさに歯を食いしばりながら『真っ直ぐ進み、左へ』、という言葉のもと急ぎ歩みを進める。
だが、その道中はとてつもなく過酷なものであった。
「どけオラァッ!」
煌びやかな廊下から灰色の狭い通路へと進み出た直後。
待ち構えていた狂人達の群れに襲われていた。
対魔導兵器用散弾銃のポンプアクションと薬莢の落ちる音が連続して響く。
だが、行く手を遮る群れの数は段々減ってきてはいるが、勢いはとどまることを知らない。
(くそ……一体コイツ等はなんなのだ! なんで地下の世界に、これだけの人がいる?)
最後の1発が鳴り響くと同時に、戦闘は終了した。
通路は血と死肉が埋め尽くす地獄となり、リョドーの心の中に空虚が生まれ落ちる。
気分を紛らわすために葉巻を取り出し、紫煙をくゆらせながら壁に力なく寄り掛かった。
「グラビス……また、迷子にさせちまったかな。泣いてなきゃいいが……」
リュックサックを降ろし、中から取り出したレーションを齧る。
素っ気ない味の中で、あの時のことを思い出していた。
(いつの日だったか、森に入ったグラビスが飴やらビスケットやら……滅茶苦茶にリュックに詰め込んで……母親に食べさそうとしてたっけな? へへへ、ちょっとビスケットくすねときゃよかったな)
一時の想起に心を潤わせていく。
しかし、突如として尋常ではない殺気を感じた。
バッと身を翻し銃を構える。
殺気の出どころはこの先の通路だ。
薄暗闇の中でじっと目を凝らすと、うっすらと人影が闇に刻まれているのが分かる。
「……見事な腕だ。それとも武器の性能かな?」
暗闇からの人影が野太い声を漏らす。
身長は2mほどの猪首の大男だ。
その目は、リョドーを殺さんと殺気に満ちていた。
「……デカブツが来たな。そう簡単には死ななさそうだ」
黒い甲冑に取り付けられた、数々の短剣と人骨。
そこから伸びる鍛え抜かれた両腕の筋肉。
まさに、歴戦の猛者を象徴している。
男は銃に怯える様子もなく、ゆっくりとリョドーに近づいた。
「地上の人間、だな? それも魔術師」
「そうだ」
「では死ね。ここは、地獄の底。生者が横行する場ではない」
男は、両刃剣を鞘から引き抜くや、リョドーに向ける。
「是非もねぇな」
「そうだ……、今この瞬間、我等は互いの血を望む同士。であるなら、戦うほかはない」
2人の間はおおよそ5m。
引き金を引くという一工程のみで攻撃となるリョドーにとっては、圧倒的有利な間合いだ。
銃口を向けたまま、睨みつける。
それにかまわず、男は更に距離を詰めた。
(死ぬ気かコイツ……)
狭い通路であの図体だ。
銃を相手に、自らはこちらに向かってくる。
その姿勢にリョドーは不気味な感覚に襲われた。
(銃を知らないのか? もしくは銃を恐れていないか。……そんなはずはない、近接戦闘者にとって遠距離武器は脅威と言ってもいい)
裏腹に、不敵な笑みを浮かべる男。
両手でしっかりと柄を持ち、突然脇構えで突っ込んできた。
距離は3m弱だ。
引き金を引くと、銃口から散り散りに凶弾が飛び出す。
弾丸は皮膚を抉り、甲冑を砕き、男を絶命させる……はずだった。
「なんだとッ!?」
「無駄だッ!」
散り散りの弾は通常の軌道を大きく反れ壁にぶち当たる。
ポンプアクションをして、もう1度引き金を引こうとした時には、男の凶刃が脇を抉りにかかっていた。
「ぬぉぉおあああッ!」
男の咆哮がリョドーを圧倒する。
グンとしなる鋭い切っ先。
後方へ回避することで事無きを得るリョドー。
「くそがぁあ!」
すかさず、男の心臓部目掛け狙撃。
だが、またもや弾丸は男を躱すように反れていった。
「俺に貴様の武器は通じん」
「なぜだ……魔力も感じないし、何より神託者特有のエネルギーも感じない。……ただわかるのはお前は普通の人間じゃあないってことだ」
リョドーの言葉にニヤリと笑みをこぼし、刃で空を切って見せる。
「いかにも。人間をベースにした新たな人間……"魔人"というのだ」
「魔人、だと?」
男こと、魔人の言葉に、苦虫を潰した顔になった。
「そうだ……人間を超えた人間。それが我々だ」
「なるほどな……だから銃弾が当たらない? んな馬鹿な話があるかよ」
「……なら、もう1度試してみるか?」
再び、通路に闘争の空気が張り詰めた。
銃弾は何らかの力でそれてしまう。
なら短剣と銀銃のあわせ技ならどうか。
それぞれ使いやすい武器ではあるが決定打に欠ける。
そこでリョドーは逆の思考を巡らした。
(弾が反れるのなら反れようのない位置で引き金を引くしかない。……密着射撃、試してみるか)
「ふふふ、どうした? それを撃たんのか? ならばこちらから行くぞッ!」
両刃剣を右八相に構えてからの、猛虎が一撃。
離れていた間合いは、その巨躯がどっしりと埋め尽くし、切っ先がリョドーの眉間へと飛んでくる。
「ぐっ!」
剣をかわし、左へローリング。
続く第2刃、魔人の力をフルに活用した水平斬り。
それを、素早く右手で引き抜いた短剣で防いだ。
ギリギリと火花が散る中、リョドーは不敵に笑み、銃口を男の甲冑に押し付ける。
「な、貴様ッ!」
「これなら弾丸は反れないだろう? ――――地獄へ落ちろ!」
爆音と共に男は壁にめり込む勢いで吹っ飛ぶ。
同時に銃身は衝撃でひしゃげ、使い物にならなくなってしまった。
「……ハァ、……ハァ、どうだクソッタレ。俺の事を見くびってた報いだ」
壊れた銃を投げ捨てる。
男に対し背を向け歩こうとした。
次の瞬間。
「キィィイイエエエエエエエエエッ!!」
「――――ッ!?」
怪鳥の様な雄たけびと斬撃が、リョドーの背を突く。
突然の事でかわしきれず、背中に真っ赤な一文字を許してしまった。
「この……、どうして……ッ?」
「ふん、俺は無敵よ……あのような攻撃なぞ、春の訪れと共にくる涼風にも等しい」
「ハハハ、対魔導兵器用散弾銃の威力を涼風たぁ言ってくれるじゃあねぇか」
嫌な汗が背中の傷に滲んで痛む中、短剣をすっと構える。
肉体はおろか、甲冑にすら弾痕が見られなかった。
彼奴は無傷でリョドーの前に立っている。
「……我が名は"マクベス"。天下不動のスコットランド王。貴様達の異能の力を無効化する力も、俺は持ち合わせている。」
その名は、マクベス。
原理は分からないが、通常の攻撃で傷つけることはおろか、異能の力を無効化する力をもつ謎の王。
「さて、どうでる?」
剣を掲げ勝利の確信に顔を笑みで歪ませるマクベス。
まさしく無敵の男。
通常であれば勝機など寸分も無い。
だが……。
「……えらく語るじゃあないか。俺にそんなことを言っていいのか?」
「……なに?」
マクベスの顔から笑みが消える。
「無効化の力持ってりゃ勝てる、か。まぁごもっともだな」
「……なにが言いたい?」
リョドーは、余裕を見せつけるように、葉巻を咥える。
「お前さん、どうやらとことん運に見放された男と見える」
「貴様……ッ!」
マクベスは両刃剣を右八相に素早く構えた。
それと同時に、リョドーの左腕に魔力が集中していく。
ムィールとフィーユとの模擬戦で使用した独自精巧魔術。
2人のときは、その全貌を明らかにはしなかったが、今度は違う。
相手は人間ではなく魔人。
加減して勝てる相手でもない。
そして何より、今は自分と彼奴以外誰もいないという状況。
リョドーにとっては好都合だったのだ。
「見せてやる、俺の独自精巧魔術をな!」
「ぬぅ!?」
高出力の魔力から放たれる光が、通路に満ちていく。
マクベスは目を細めながらその全貌を目の当たりにした。




