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無限幻想 -灰と忘却のパヴァーヌ-  作者: 支倉文度
第二章
19/32

#17 激戦 その②

 再び相対する2人

 明らかな殺気と空間にひずみを生むほどに漏れ出す魔力。

 怒りと羞恥で燃えるグラビスと、余裕の君臨をその姿に表すセト神。


「……まだ戦うというのか。一介の魔術師が生意気な」


「そうやって笑っていられるのも今の内だよ?」


 ガリガリと音を立て、固有界理区域オフィスメルギトスを構成する魔力因子が悲鳴をあげ始める。

 グラビスの魔力とセト神の神威オーラがぶつかり合っているのだ。


「さて……再度戦いに移るまでに、だ。お嬢ちゃん、名前を聞かせてくれよ」


「……知る必要ある?」


「おいおい、俺は一定の礼儀として、事前にキチッと名乗ったろう? なら、そちらも一定の礼儀くらいは弁えるのが、筋じゃあないか? ン?」


 嫌味な言い方だが一理ある。

 だから、気だるげに答えた。


「……グラビス・アミテージ、これでいい?」


「グラビスちゃん、か。ん~いいねぇ、君にぴったりの名だ。オーケー、グラビスちゃん、付き合ってあげようかねぇ……今度は、どんな技を見せてくれるんだ?」


 セト神の相変わらずの笑み。

 だが、グラビスの心は鋭く凍てついていた。

 

「どうした? なにを黙っている」


 セト神が怪訝な顔をする。

 同時にグラビスは指を高らかに鳴らした。

 一瞬にして、全域を覆う爆発が発生し、空と砂漠が混ざり合う。


「な……にぃ……!」


 セト神がその威力に怯み、防御の姿勢をとっている。

 それに加え、余裕の表情が一気に崩れた。


「先の戦闘を見てたからわかるとは思うけど、私は詠唱を必要としない。そして、魔術なら見ただけで、どんなものでも覚えられるわ」


「小癪な……」

 

 グラビスは、周囲に巨大な魔力球体を4つ浮遊させた。

 今までとは違うとセト神に直感させる。

 らしくもない冷や汗をかいていた。


「四大元素もほらこの通り。――――"暗転と破滅、太陽と月ヴァージ・リド・ユルルングル"」


 四代元素を象徴する4つの魔力球体は、セト神とグラビスの周りを高速回転し始める。

 空間摩擦によるプラズマ、その空間を構成する魔力因子の損傷拡大。

 加速に加速を重ね、やがて1つの真っ白な光の輪っかになった直後、中心に集まる様に一気に収縮する。


「これは……ッ!」


 気づいた時には、轟音を上げ、天を貫かんばかりの巨大な光の柱が2人を包んでいた。


「ぐおあああ!!」


 セト神の断末魔が響き、光の中へと消える。

 神の権能による固有界理区域オフィスメルギトスでなければ、きっとこの神殿の大部分は崩壊していただろう。


「……ふぅ」


 被害が及ばぬ様に張った防御魔術シールドの中で一息。

 魔力の出し惜しみなしはしなかった。

 しかし、まだまだ出し足りない。

 その気になれば、宇宙法則の改竄に、着手できるほどの実力を持った彼女にとっては、今まで本気で戦ったことのない彼女にとっては、セト神は最高の相手なのだから。


「……フハハハハ!」


 聞こえてきたのは、セト神の笑い声だった。

 未だ残る強大な魔力の渦の中から、暖簾をくぐる様な仕草で、這い出てくる。


「いやぁ、流石に今のはまずかった。身体をバラバラにされるなんてこれで何度目だ?」


「なるほど、威力に任せた魔術じゃ、アナタはビクともしないわね」


「お褒め頂き光栄だグラビスちゃん、さ、……次はなにをして遊ぶんだ?」


 またもや余裕の笑みを見せるセト神。

 だが、それ以上に不敵に笑んだのは……。


「ふふ、ふふふふふふ、あははははははははははははははははははははははははははははッ!」


 まるで気が狂ったようにお腹を抱え笑うグラビス。

 セト神は笑みを消し、怪訝な表情で一瞥する。


「遊ぶ? 遊ぶですって? ……その必要はないわ。だって、アナタは既に、この私の術中にいるのだから」


「……なに?」


「二刀流とか、2丁拳銃って知ってる? 知ってるよね? 武器を2つ同時に扱う技術」


「……それが?」


 気でも触れたのかと疑った。

 突然二刀流だか2丁拳銃だか、意味の分からないことを言い出すグラビスに、セト神は目を細める。

 それでもグラビスの話は止まらない。


「もしもだよ? 魔術でもそれが使える人間がいたとしたら?」


 グラビスの発言に、思わずぶっと吹き出した。

 

「くはっ! なんでぇ、そんなことか。火の魔術と水の魔術を同時に使うってか? いや、グラビスちゃんの場合は最上級クラスの、二刀流ならぬ二術流になるのかねぇ」


「その通り、でも、ただの術をゴリ押ししたってアナタには敵わない。――――でも、これならいけるわ」


 その言葉を皮切りに、セト神の表情が曇っていく。

 セト神はなにかを察したように、自らの体を見た。

 体が彫像にもなったかのような違和感を覚え、ついには肉体の制御が難しくなっていく。

 そして、全身が徐々に砂塵と化し、ボロボロと崩落していった。

 


「テメッ! ……なんだこれは、俺になにをしたぁあ!?」


「魔術によるダメージを与えることが出来ないならどうすべきか……。ダメージを与えられない=勝てない? 私も魔術も、そこまでヤワじゃあないわ。ダメージが与えられな(・・・・・・・・・)いなら、与えなければ(・・・・・・・・・・)いい(・・)。ダメージ、痛みを与えずに、敵を完全に消し去れば問題ない」


 つまり、ダメージが通らないのなら、ダメージを目的とした魔術を使うのではなく、敵対者の存在消去(・・・・)を目的とした魔術を使えばよいという理屈だ。

 それはあまりに強引で、豪快な理屈だった。

 

「なにぃッ!?」


「そのまま消えなさい!」


 セト神の断末魔が響く。

 やがて肉体は砂塵から砂嵐へ。

 まだ機能する視覚で天を仰ぎ見ると、そこには巨大な魔方陣がしかれていた。

 砂嵐がその中へと、吸い込まれていくのが見える。


「貴様……、これは、"無へと還す魔術"か! 火力ではなく、魔術そのものが持つ概念、効果で俺を殺そうと!?」


 今度はグラビスが不敵な笑みを浮かべ、セト神を見下ろす。

 

「……さすがの私も、この魔術の発動には時間かかっちゃう。でも、目の前で堂々と、その為の魔力を練るわけにはいかない。なら、やることは1つ。火力にモノを言わせる技ではものともしない、というのはわかっているのだから、目くらまし代わり(・・・・・・・・)に使わせてもらったわ。アナタが余裕ぶっこいてる間に、この魔術に必要な魔力を陰で練ってたってワケ」


 してやったりの顔で勝ち誇るグラビス。

 この勝利に体の震えが止まらない。


「……がッ! くそがぁあ!!」


 消えゆく腕をグラビスに伸ばす。

 だが、それもセト神の憎悪と共に、虚しく魔方陣へと吸いこまれていった。


「――――"無へと至る転輪の檻ヴァージリアス・ヴァージリア"……。有象無象の区別なく、この宇宙から消し去る禁断の魔術よ」


 セト神の消滅を確認したと同時に、固有界理区域が解除される。

 ただのだだっ広い石造りの空間だ。

 薄暗く何もない。

 ただ、奥へ続く道が向こう側に備えられているだけだった。


「……勝った。神様に勝ったんだ。フフ、おじさんに自慢しなくちゃ」


 鼻歌交じりに歩みを進めるグラビス。

 ――――この時はまだ、戦いは終わったのだ、と信じて疑わなかった。

 

 

 


 一方、第3層では、侍と沙耶が刃を交えていた。

 互いの白刃が、半月の個を描きながら、無数に交差する。

 鎬削り、鍔迫りは一切ない。

 1撃で仕留めんと互いの刃が乱風を巻き起こす。


「せいッ!」


「そぉらッ!!」 


 侍の幽鬼が如き体捌きに、そこから放たれる隼のような剣閃。

 沙耶の演舞のようなしなやかさが放つ、鋭利な斬撃。

 単純な力同士のぶつけ合いといった、派手な攻撃を好む大国の剣撃とは、また違った戦いであった。

 聞こえるのは、2人の喧騒と空を裂く剣の音。

 それが、この"和"の戦いに、静かな幻想的風情を生み出す。


「ほう、これは中々、乙な剣法だな」


「……ハァ、……ハァ、鬼かオドレは」


 背筋に冷や汗の沙耶とは対照的に、先ほどからずっと涼しい顔をしている侍。

 

「捨天背刀流、だったな。もっと見せてくれよ」


 にんまりと口角を釣り上げ、両腕の刃を下段に構える。

 

「おもろいやないけ」


 今度は、金音と赤い火花がいくつも飛び交う。

 互いの剣が乱風を孕み何度も交差した。


「これが……剣客の戦い」


 2人の素早い動きに、クァヌムは目でとらえることができない。

 だが、やはり沙耶にとっては分が悪そうだ。

 すぐにでも加勢したい。

 しかし、これは一騎打ち。

 剣士でもない自分が割って入る行為は、きっと沙耶のプライドを傷つけるだろう。

 

「ぐっ……!」


 鍔迫り合いの最中、侍は急に、くつくつと笑む。


「ウチの流派、舐めんほうがええで?」

「ん?」


 そう言って放たれたのは、剣撃ではなく金的。


「おっと!」


 侍は、ヒョイと飛び退き躱す。

 だが、勢いがあまり、バランスが崩れた。


「むん!」


 バランスを崩した侍の頚動脈めがけ、唐竹一閃。


「くお……!」


 侍は刃でそれを防いだ。

 そして、素早い身のこなしで、沙耶の間合いの外へ移る。


「ははは、嫌いじゃあないぜ? そういう剣は」


「……おおきに」


 捨天背刀流。

 一刀、二刀、その他武器術や柔術だけでなく、目潰しに金的、喉噛み、だまし討ち、卑劣千万なんでもござれの実戦主体の撃滅剣法。

 久瀬波羅沙耶はこの歳で、免許皆伝の腕をもつ。


「ほれ、もっとやろうや」


「フフ、斬り損なったくせに、えらい強気だな?」

 

 そう言うと、後方へ勢いよく飛ぶ。

 ――――見切った。

 そう言わんばかりのどす黒い表情で、侍は構えを解く。

 正確には"無形の型"。

 その表情は能面のように硬くなり、先ほどより剣気は桁違いに高まる。


「これは……!」


 剣気は、沙耶を容赦なく呑み込んでいこうとする。

 間違いなく、次の一手で殺す気だ。


「くッ……!」


 沙耶も負けじと剣気を張る。

 だが、体がガクンと重くなり、思うように動かない。

 クァヌムに至っては、完全に剣気に吞み込まれている。

 まるでオブジェのように虚ろな瞳で、宙を見つめ佇んでいた。

 ただただ無防備な姿をさらけ出している。


(あかん……、逃げなッ!!)


 しかし、気づけば侍は、眼前ともいえる程の間合いにまで詰め、左腕の魔刃を沙耶の首元へと走らせていた。

 間一髪で後方に転がる様に躱す沙耶。

 しかし続く第2撃があったのに気づかず反応が遅れた。

 そして……。

 ――――ザシュッ!!


「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


 左目をぱっくりと抉られる。

 あまりの痛さに刀を放し、左目を抑えながら悶える。

 その声に、意識を取り戻したクァヌムは目の前の惨状にショックの色を隠せない。

 悲鳴を上げながら、慌てて沙耶に駆け寄る。


「フフフ、この程度で倒れるとは、この世界の剣士もたかが知れてるな」


 2人に対する興味を失くした侍は、気怠そうに踵を返した。


「この……よくもぉおッ!!」


 怒りにませて魔力を練る。

 だが、侍は見向きもせず、ケラケラと笑った。


「やめておけ、お前のその妙な技には、殺す気迫が感じられない。無論、その女諸共、三途の川を渡りてぇってんなら話は別だが?」


 歯を食いしばるクァヌム。

 見抜かれていた。

 侍はこちらを向く気配はない。

 そのまま舞台の淵へ歩くや否や、軽い足取りで飛び降りていく。


「……退いた、のでしょうか。……そんなことよりも、……沙耶ッ! しっかりして下さい! 今、回復を……ッ!」


 痛みに耐えながら左目を抑える沙耶に、暖かな魔力の光が包んでいく。

 荒々しかった呼吸は、次第に落ち着きを取り戻していき、流血も治まっていく。

 

「あぁ……酷い、ごめんなさい……傷跡が……、残って」


「……えぇてクァヌムちゃん、大したことない」


「……ッ! でも!」


「……これは、ウチの不手際や。ケジメは……つける、必ず」


 クァヌムに支えられながらも、自分を奮い立たせる。

 回復魔術の甲斐あってか、左眼球と視力は死なずに済んだ。


小指エンコ詰めさせるだけじゃアカン。……腹ぁかっさばいたる」


「沙耶……」


 いつもと違う沙耶の雰囲気に、不安の色を隠せないでいた。

 しかし、今の沙耶を支えられるのは自分だけ。

 

「沙耶、アナタは1人ではありません。無理だけはしないでください」


「……せやな、ごめん。ちょっと頭に血ィのぼっとったみたい」


 クァヌムの声に、ニコリと頬を緩ませる。

 その後、互いに無事を再確認し、再度前へ進むことを決意した。

 



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