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無限幻想 -灰と忘却のパヴァーヌ-  作者: 支倉文度
第二章
18/32

#16 激戦 その①

 場所は変わり、グラビスのいる広大な砂漠。

 乾燥した熱を含んだ風が、今も吹く。

 砂をサラサラと撫でまわし、小さな嵐となって漂っていた。

 しかし、次の瞬間。


「来ないでよバカぁ!」


「嫌よ嫌よも好きの内だろぉ!?」


 高さにして20mはあろう砂ぼこりの柱が、衝撃音と共にそびえ立つ。

 その中から、宙を舞う2人の影。

 邪悪な気配を纏う神、セト神。

 そしてグラビス・アミテージである


「ハハハ、こんなイケメン神様に向かってなんて口のきき方だ。こりゃ、たっぷりお仕置きせんとなぁ?」


 セト神の嫌味を利かせた挑発。

 だが、グラビスは魔杖を構えながら見据えるほかなかった。

 セト神から放たれる異質なオーラに、体が嫌な汗として反応を示す。

 魔術はいつでも発動できる。

 だが、それが通じる相手か、甚だ疑問にも思えた。


「私はこれまでに何度か人外……己を"神"と称する者や、"神"と恐れられた者と対峙したわ」


「……ほぉう」


 セト神が笑う。

 グラビスの言っていることが、ハッタリではないと見抜いたのだ。


「どれも強敵だった。……でも、今のアナタほど恐ろしく感じたことはないわ」


「それは、なぜ?」


 セト神はその不遜な態度を変えない。

 むしろ、自分が高評価を受けていることに、満足そうだった。


「わからない。もしかしたら、アナタが真性の神、だからかな? 私が今まで出会った神とは規模レベルが違う」


「素晴らしい答え、だ。そこまでわかりゃあ十分だよ」


 大きな口を、苦々しく歪ませながら肩をすくめてみせるセト神。


「まぁいい。話はここまでだ。君が俺を殺そうとせんという判断は正しい。俺はお前達の味方じゃあないからな、むしろ、敵だ」


 セト神の言葉が言い終わるよりも先に、グラビスは周りに巨大な魔法陣を展開させる。

 いくつもの星座と、古代文字による魔術詠唱文が複雑に編み込まれた紅蓮の円方陣。

 勢いよく噴き出るは、9つのかしらを持つ巨大な炎の蛇。


「――焼き尽くせ、"九界覆う獄炎の蛇王ロード・ヴィ・ミキストリ"ッ!」


 明らかに、一国や大陸を対象とした規模の魔術だ。

 本来この術は、術式に3日ほどかかる大掛かりなもの。

 莫大な魔力に、複雑な詠唱を駆使せねば、決して成功は望めない大魔術。

 一個人に対して用いるような代物ではない。

 

 「大した魔力量だ。イシスにも引けをとらんその才能、心から敬服しよう」


 自分を見下ろす炎蛇の群れ。

 しかし、それに物怖じもせず、不気味に笑んで見せるセト神。

 グラビスは無言で、その不気味さを感じとる。


「俺はどうも、蛇ってぇ奴に縁があるようだな、来な……俺をがっかりさせないでおくれよ?」


 セト神は軽く拳を握ると9頭を一瞥する。

 その眼光にはもう先ほどのひょうげた態度は見られない。


「あらそう。じゃあ精々私を楽しませてよ!」


 盛る爆音を上げ、9の炎蛇は牙を向け、恐るべき速度で体をうねらせながら迫る。

 純粋な破壊力だけでも、軽く大地を抉り潰せるだろう。

 

 「そうだ、来い……来い来い来いッ! 俺はここだ! 俺に喰らいつけ! 俺を八つ裂きにして見せろ!!」


 咆哮と共に更に上空へと飛び上がる。

 セト神と炎蛇達の追走撃戦、グラビスも後を追う。

 天では九界覆う獄炎の蛇王が、空の色まで赤く焼いていく。

 地では炎の残滓が砂漠へと落ちていき、火の海へと変わり果てていた。


「ハハハ、神話の再現、とは程遠いな。もっとスピードだして来いよ、おぉい!」


「逃げ回ってる人のセリフじゃあないよそれ!」


「……そうかい、じゃあそろそろ、イイトコ見せちゃおうかねぇ」


 グルンと旋回するや否や、九界覆う獄炎の蛇王の懐に突進していく。

 これにはグラビスもギョッとし、咄嗟に動きを止めた。

 そして、信じられない光景を目の当たりにする。

 

 「バカな……そんなことって!」


 まずセト神は1匹目を軽々と拳で否す。

 続く2匹目3匹目を、両の手刀で細切れにした。

 セト神の周りを6匹が囲む。

 だがそれを見計らったように、自身を砂の竜巻に変化させた。

 その規模はグラビスさえも恐れ戦くほどのもの。

 炎蛇がいとも簡単に巻き込まれ、バラバラに分解されていく。


「……まぁ、アポピスほどではないが、中々だったぞレディ?」


 竜巻が解け、元の姿へと戻していくセト神。

 グラビスにとっては、神と人間の差を目撃した瞬間だった。


「うそ……、今のは、国を、大陸をも焦土にかえかねないほどの大魔術よ!」


「ふん、確かにそこまでの威力はイシスには無理だろうが……俺の脅威となるには、まだ足りんな」


 

 相手は人間の様な1個の知性体ではなく、自然の意志にして宇宙規模の概念なのだ。

 それが人間同等かそれ以上の知性や感覚を持った場合、その差は明々白々。

 グラビスは見落としていた。

 そして慢心していた。

 人間が神に勝つなど。

 

「……人間諸君、神様をかませ犬にする時代は、もう終わった。そういう夢は、さめるべきだぜ?」


「ぐっ……」


 狼狽しながらも隙は見せまいと、魔杖を槍術のように構える。

 じわりと額に汗が流れる。

 その姿を薄ら笑いで眺めるセト神。


「まだやる気かよ。……どうだ? 戦いなんてやめて、俺の女にならねぇか?」


「嫌ッ!」


「即答すんな傷付くだろうが。……まぁいい、そこまでいうんなら付き合ってやる。たっぷりと可愛がってやるからな?」


 ギュッギュッと両の拳を握り合わせながら、スゥッと近づいてくる。

 グラビスは殺気をにじませ、魔杖に赤黒い魔力を宿らせた。


「接近戦もいける口か、つい昔までは、頭でっかちの貧弱な体な奴ばっかりだったんだが……気に入ったぞ」


「格闘術も武器術も一通りやってますから。悪いけど、ここでアナタには、負けてもらうわ!」


 掛け声と共に、拳と杖が閃光となり、幾度も交差する。

 その度に衝撃波と風を切る音が、必殺の意志をもって周囲に響き渡った。

 風と焔が、砂と闇が、セト人間グラビスが体を打ち付けあい戦っているのだ。

 グラビスの体術と杖術、魔術が、セト神の体を何度もたたく。

 だが、セト神は薄ら笑いを浮かべ、鋼の肉体でそれを受け止め続けている。

 柔よく剛を制す。

 しなやかな体捌きと豪快な徒手空拳で、グラビスの猛攻をさばいていった。


(図体のわりになんて身のこなし……これじゃ埒が明かない)


「ハハハ、そんな怖い顔するなって。よし、じゃあ……リフレッシュ代わりにこんなアトラクションはどうだ?」

 

 ケタケタと笑いながら、セト神がパチンと指を鳴らした次の瞬間。

 

 天と地がひっくり返(・・・・・・・・・・)った(・・)

 それは文字通り、したには空が、雲が、太陽が。

 うえには炎をまとう広大な砂漠が。

 何もかもが逆さまに映る世界、物理法則や魔術理論すら無視した奇々怪々。

 グラビスは唖然とし、状況がうまく飲み込めないでいる。

 

「ははは、そんなに驚くことはないだろう? たかが、天と地をそのまんま逆さにしただけだ。安心していい、逆さにしたのは、俺が神殿内に作り上げた、この固有界理区域(オフィスメルギトス)のみ。

現実世界にまで影響を及ぼすと、この星の神やら、他の連中がうるさいからな」


 グラビスは生唾を飲む。

 相手の力の計り知れなさに、緊張を禁じ得ない。

 固有界理区域(オフィスメルギトス)、即ち、魔術や権能によって作り出された仮想現実空間ヴァーチャルのようなモノだ。

 しかし、かといって何でもできるという訳ではない。

 そこにも物理法則は存在し、魔術理論は適応される。

 だが、彼の行ったソレは、魔術師われわれの常識を逸脱していた。


(セト神は今、神殿内と言った。つまりまだここは神殿の中。……よかった、早く奴を倒しておじさんを探さなきゃ)

 


 第2戦、開幕。

 セト神は含み笑いを浮かべ、逃げる様に後方へと飛ぶ。

 グラビスは、度々降り注いでくる炎と砂を躱しながら、セト神を追撃した。


 魔術による無数の光弾を放ち、セト神の撃墜を狙った。

 セト神は薄ら笑いを浮かべたまま、光弾を躱し続ける。


「ぐっ、当たれ当たれ当たれぇえ!」


 願いも虚しく、弾丸はセト神の脇をすり抜けていく。

 そして、セト神はグラビスに向かい、掌に力を手中させた。

 それは、荒れ狂う自然エネルギーの圧縮。

 暴風、地震、津波、竜巻、……その他もろもろの荒ぶる力が、1つの砂嵐を球体にまとめあげたような形で、グラビスに一気に放たれる。


「……ぐがッ!?」


 避ける間はなかった。

 寸前で防御魔術を発動させたが、貫通してきた衝撃に体が悲鳴を上げる。

 放たれた圧縮エネルギーは、球体を中心に半径何kmにも及ぶ強烈な衝撃波をまとっていた。

 まさに、自然の驚異そのものだ。

 ただ宙に浮いているだけでも、精いっぱいな状態になってしまった。

 

「フフフ、満身創痍だな」


 突如、天地がもとの位置に戻る。

 セト神は逆さの状態で、グラビスをケタケタと笑っていた。

 

「面白かっただろう? パリ・ダカールラリーでもこんなハードなコースはねぇぞ?」


「……嫌味な人、あんまり調子に乗ってると痛い目見るわよ……いいえ、痛い目、見してやるッ!」


「わぁお! お嬢ちゃんおカンムリだよクソッタレ。こりゃあ、一緒にティータイムって流れじゃなくなっちまったな」


「そんな約束してません!」


「とぼけちゃって」


 憎たらしい笑みでグラビスを煽るセト神。

 思惑通り、グラビスは顔を真っ赤にし、魔術を織り交ぜた格闘戦へと移行。

 拳と杖、足と足が豪風を孕みながら、空中で互いに交差しあう。


「だりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃッ!!」


「ははははは! 動きに磨きがかかってるじゃあないかッ!」


「うるさいッ!」


「怒んなよ、すぐにカッとなるのは若者の悪い癖だ」


「だったら、怒りを乗せてアンタを潰すッ!」


「だぁから……一端冷静になれ。じゃないと、致命打を受けることになる。こんな風に……」 

 

 ビシュンッ! と音を立て、セト神の姿が突如として消える。

 対象を見失ったグラビスは、相手を探そうと一瞬無防備状態になる。

 そして、いきなり目の前に現れたセト神の痛烈な一撃。


「お゛あ゛ッ!?」


 衝撃と共に、カッと見開き、収縮した瞳。

 セト神の隆々とした図太い蹴足が、グラビスの股間に、めり込んでいた。


「ぁ……あ゛、あ……ッ!」


 ダメージが瞬時に全身へと行き渡る。

 頭の中が、真っ白になりバランスが崩れた。

 そのまま地へと落ちていく。


「んっん~バイオレェンス、女のこういう叫び声は、こう、ゾクゾクくるものがあるな。この画期的な技は是非とも、イシスにもネフティスにも披露してやらねば」


 空中でセト神がのたまっているとき、地ではグラビスが股間を抑えながら悶絶していた。

 うまく呼吸ができない。

 ダメージと衝撃で心臓がバクバクと脈打っていた。

 

(……く、このままじゃ、勝てない。魔術が……体術が、こうも簡単に否される、だなんて……)


 苦悩に満ちた表情で天を仰ぎ見る。

 太陽を背に、威風堂々とした立ち姿で宙に浮くセト神。

 

(奥の手……使うしかない、かな。おじさんに怒られそうだけど……、四の五の言ってられないッ!!)


 跳ね上がる様に飛び起き、炎と砂漠の中で再び魔杖を構えるグラビス。

 それを見下ろし不敵な笑みをこぼすセト神。


 次の一手こそ、グラビスは最後のチャンスと、心得る。

 その思いを胸に、再び天空を舞う人類最強の魔法少女。

 第3戦、開幕。

 




 


 

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