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無限幻想 -灰と忘却のパヴァーヌ-  作者: 支倉文度
第二章
17/32

#15 閻獄ノ蝶、参るッ! その②

 狂人達の、容赦のない攻撃が沙耶に放たれる。

 まるで腹をすかせた、血生臭い狼の群れだ。


「ゴォォォ゛ォ゛オ゛ロ゜ォォオオ゛ザァァレ゛ェェェェル゛ゥゥウウッ!!」


「ア゛ァ゛ア゛アアアア゜ァァア゜ア゜ア゛アアアア゛アア゛アアアアッ!!」


 独特な奇声が反響し、沙耶とクァヌムの耳をつんざく。


「うっさいわボケ!」


 彼奴等が沙耶の間合いに入った刹那。

 沙耶の超感覚が、何十倍にも研ぎ澄まされる。

 それは、舞う砂利の1粒1粒が鮮明に見分けられるほどのもの。

 時間の流れが緩やかに感じられる中、まず最初の1人を。

 

「オラァア!」


 圧倒的な魔力と身体能力で叩き伏せる。

 狂人は、グギャと短い断末魔をあげ、そのまま気を失った。

 続いて2人目、飛び掛ってくるその顎に鋭いアッパーカット。

 宙に浮いた直後を狙い、残像が見える程の怒涛の拳打ラッシュ

 前方へ叩きつけフィニッシュ。

 断末魔と共に、舞台から落ちていく。


「まだ終わらんで……、ここからが本番や」


 叩き伏せた1人の足を掴み上げる。

 そして、軽々と風車の如く振り回しながら、眼前で立ちすくむ2人に向かって、何度も殴打する。


「だぁぁぁりやぁぁぁあああ!」


 最後に2人を巻き込むように、掴んだ1人を投げ飛ばし、まとめて場外まで落とした。

 悲鳴を上げながら奈落の底へと落ちる敵には目もくれず、すぐに残る敵に目をやる。

 この間、僅か5秒ほどである。

 残りは5人。

 今度は同時に、クァヌムと沙耶に襲い掛かる。


「……こいや、まとめて面倒みたらぁ」


「沙耶、魔力の回復を!」


 クァヌムの支援魔術を受け、更にオーラを大きくする。

 

 閻獄ノ蝶(えんごくのちょう)

 鬼炎の様なオーラを纏い、5分間だけあらゆる攻撃干渉から身を護る強化型魔術である。

 しかし、欠点として膨大な魔力を消費する為、使用後の動きに難が出てくるのだ。

 このように支援魔術の行使さえあれば、ほぼ無敵クラスの魔術となる。


「へばんなや、まだまだ行くでえ!」


 往復する拳とその残像が織り成す、怒涛のラッシュが1人を襲う。

 超人クラスの身体能力を持つ彼等にすら、沙耶の攻撃をしのげないでいる。

 飛び散る鮮血が、徐々に周囲を血の海へと変えていく。

 最早成す術はなく、一方的な殲滅が繰り広げられていた。

 並の人間であれば呼吸すらままならないであろう1撃1撃が、乱風となって巻き込んでいく。


「うらぁあ!」

 

 最後の一撃を決めノックダウンを決める。

 だが、ここで終わる久瀬波羅沙耶ではない。

 今度は舞台の端まで移動し、なんと彫像をボコリと引っこ抜く。


「今度はこれじゃあ!」


 300kg以上はあろう彫像を、棍棒かなにかのように振り回す。

 その圧倒的火力を防ぐ馬力は、残念ながら狂人達にはなかった。

 


 一方、クァヌムは……


「ア゛ァァァ゛アァアアアッ!!」


「くっ……!」


 沙耶やグラビス程ではないにしろ、慣れた体術で攻撃を否していく。

 たが、フィジカル面においては並程度。

 しかも、決定打に欠ける。

 魔術をうまく練れない今、不利な状況に立たされる。

 相手は2人。

 


 

「クァヌムちゃん! 独自精巧魔術(オリジナリティ・ギア)使いッ!」


 状況に見かねた沙耶は、魔術の発動を求める。


「……ッ、ですが……、私のその技はッ」


 沙耶の言葉に、躊躇の色が浮かぶ。


「言うてる場合か! アンタ死ぬで!? ……って、なぁに立ち上がりよんじゃいアンタら! 寝とけ!」


 向こうでは、再び怒涛の殴打が鳴り響く。

 沙耶の言うとおりだ。

 体術戦においてはこちらが不利。

 更に対多数ともなれば、ジリ貧は確実。


「くらいなさい!」


 クァヌムは炎系の、詠唱の要らない簡易的な魔術を行使しつつ戦うことにした。

 たが、殺傷能力は低い。

 これでは、敵を少し怯ませる程度のものにしかならない。

 クァヌム・サンクトぺナムには、独自精巧魔術を使えない理由と、人を殺せない理由がある。


 クァヌム・サンクトぺナムは、勝るとも劣らぬ優れた魔術師であると同時に、慈悲深い少女であった。

 彼女は人の命を奪う事が出来ない。

 その性格ゆえ例え親の仇であっても、慈悲を見せるだろう。

 いうなれば"不殺の精神"の持ち主であった。

 その高潔な精神が、ジプシアにつたわる生後魔術契約ゲッシュという形で、魂に組み込まれている。

 破れば体に呪印が刻まれ、命を蝕んでいくのだ。

 このことは、沙耶には教えていない。 


 独自精巧魔術が出せないのには、もう1つ理由がある。

 彼女のソレは"英雄クラス"に匹敵する、致死性の高い魔術だからだ。

 使えばたちまち相手を殺して尽くす。

 クァヌムにとっては、呪わしい才能の産物である。

 

(だから……、使うわけには……ッ!)


 たが、体術でいなし続けるのも限界だ。

 沙耶はあと1人の攻略に苦戦している。

 沙耶の閻獄ノ蝶も、致死性の高い魔術だ。

 しかし、慣れない加減で時間がかかっているようだった。

 

「こうなったら……凍らせますッ!」


 氷系の簡易魔術。

 2人の足が凍らされ見事動きを封じる。

 狂人達は氷を破ろうと、拳で叩き、身を捩り、抜け出そうとするがそううまくはいかない。


「無駄です、私の魔力で練り上げた氷。アナタ達では……」


 ようやく終わった。

 安堵し、全身の力が抜け落ちるような感覚が伝わった次の瞬間。


「グガァアア!」


 狂人の1人が咆哮をあげた直後に、足の氷が割れる。


「な……ッ!」



 そのままクァヌムに飛びかかってきた。

 咄嗟に身を翻し、回避する。

 それでも向かってくる相手の頭目掛け、クァヌムは両腕を振り上げ、拳を叩きつけようとする。


「……ッ!」


 だが、ここでも彼女の慈悲深さがアダとなる。

 彼女はまたもや躊躇した。

 相手が、狂人とは言え子供であったから。

 その一瞬を、敵が逃すはずがなかった。


「グワァアア!」


「――――ッ、な、なにをッ?!」


 その子供に抱き着かれるように、クァヌムの体が締め上げられる。

 胸骨が圧迫され、肺に送られる酸素が少なくなる。

 それ以前に、背骨ごと圧し折られそうな力で激痛がともなった。

 歯車と歯車の間に挟まれたかのような圧力が、クァヌムを襲う。


「この、何を……ッ、するの、ですッ!」


 押し剥がそうと力を込めるが、フィジカル面で圧倒的に勝る狂人には勝てない。


「ク……ぁ、がはぁあ!」


 犬歯きばをむき出しにしながら、クァヌムの乳房に、顔を押し付ける。

 だが狂人は、人肌の柔らかさなど気にも止めず、殺意と忙しない呼吸を繰り返していた。


(殺される……こんな、ところで……ッ!)


 クァヌムの意識が薄れていく。

 死を覚悟したその直後、いきなり体が軽くなった。

 呼吸は肺の奥深くまで染み渡り、あの力強い締め上げから、解放される。


「さ……沙耶!」


 先ほどまで戦っていた沙耶が、狂人の背後からベアクローで持ち上げていたのだ。

 悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す、怒りに燃える乙女の表情である。


「おい、誰に断りいれて……、熱い抱擁しよんなら。……覚悟できてるやろな?」


 ドスのきいた低い声が、暗く響き渡る。

 そして、沙耶の拳が、狂人の後頭部を打つ。


「ガッ……!?」


 短い悲鳴をあげ、一瞬痙攣する。

 そして、ダラリと脱力し完全沈黙と成した。

 それを軽々と、沙耶は後方に放る。


「……遅れてごめんねクァヌムちゃん、痛かったやろ? ごめんな」


 先ほどとは打って変わって、慈しむような声で謝る。

 そして、そっと両の腕で、クァヌムを抱き寄せ背中を撫でた。

 いつもはクァヌムが沙耶にやっていたことだが、今回はその優しさに、快く身を委ねる。


「ありがとうございます、もう平気です。沙耶と一緒に行動できて、私は本当に幸福者です」


「あはは、いややねぇクァヌムちゃん。ウチ等友達やん」


 閻獄ノ蝶を解除した沙耶は、力なくその場にへたり込む。

 クァヌムは、そんな彼女を出来うる限り回復させる。


「すまんなぁクァヌムちゃん。また戻ったら埋め合わせはするで」


「いいえ、いいのです。アナタが元気ならそれで……」


 クァヌムの回復魔術で元気を取り戻す沙耶。

 それを見て、嬉しそうに微笑んでみせる。


「ほな、行こか」


 クァヌムの手を引き、進もうとした。

 だがすぐに足を止める。

 進行方向である橋の真ん前で、じっとこちらを見つめる存在が1人。

 たっつけ袴のぼろい黒を主とした、侍風の男だ。

 両の前腕部に、湾曲した両刃の剣を取り付けている。


「中々いい腕だお嬢さん。アンタとなら、俺も楽しめそうだよ。……それなりにな」


 侍風の男は、舞台まで歩み寄る。

 そして、ギラリと刃を怪しく振るいながら、こちらに向ける。


「クァヌムちゃん、さがっとき。……あと、あン人相手に、殺すな言うんはちょっときつそう」


「沙耶……」


「大丈夫や、ウチはクァヌムちゃん置いて死なへんよ?――ただ」


 沙耶が先ほどから感じ取っていたもの、それは"尋常ではない剣気"。

 剣気、それは異能に非ず。

 誰もが持ちえる気、即ち意識の流れの1つ。

 沙耶に言わせれば、ごく普通の当たり前の概念である。


 ただ、放つだけでここまで異質と思わせる気は、尋常ではない代物だ。

 この男の放つ気配は、外の世界にいるどの剣士よりも一線を画すものであった。

 多大とも微弱ともとれぬ、掴み所のないドス黒さを漂わせる。

 ――――まるで"妖怪"だ。


「……さっきの敵さん等ぁとは違う。本気で行かな、周りの壁にある首の仲間入りや」


「……ちょいと過大評価し過ぎじゃあないか? もしかしたら、1撃で倒せるかもしれんぜ?」


 沙耶の言葉に、不敵に笑むこの男。

 飄々としているが相当の手練れであると見抜いた。

 彼の構えは意外にもゴツゴツとした印象はない。

 いうなれば布のしなやかさと柔らかさを備えているようだった。

 実像を見ているというよりも、地面に映る影のような、朧げなものを見ているという感覚だ。

 

「……一騎打ちや、ええやろ?」


「無論そのつもりで参った。……今回はな」


 男は拳を顔の前に、拳闘士のファイティングポーズにも似た構えをとる。

 両の刃でゆっくりと空を切らせ、殺気をむき出しした虎牙の輝きをもって沙耶を一瞥する。

 対する沙耶は、右足を前に、左足を後ろに低く構えた。

 左手で小さく鯉口を切り、右手をそっと柄にのせる。


捨天背刀流すてんはいとうりゅう久瀬波羅沙耶くぜはらさや


「いい名前だ、……久々に楽しめそうだよ」


「……名乗りぃや、ウチが名乗ったんやったら、アンタも名乗る。礼儀やろ?」


 その言葉に、うくく、と口角を釣り上げて見せる。

 不気味なその表情からは、人を斬りたいという狂気しか感じ取れなかった。


「……アンタが俺の気に入る相手だったら、名乗ってやっていいぜ?」


「なるほど……、ほな、アンタを認めさせたらなあきませんね」


「いざ」


「尋常に」




――――――勝負ッ!! 

 

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