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無限幻想 -灰と忘却のパヴァーヌ-  作者: 支倉文度
第二章
14/32

#12 パヴァーヌ

「それにしてもおじさん、あれだけの人数をよく切り抜けてこれたね」


「まさかあそこまでしつこいとは思わなくてな……弾薬のほとんどを使っちまった」


「侮れないね。いつまたああいうのが襲い掛かってくるか……」


 静まり返ったこの空間で、2人は互いに無事を確かめ合う。

 因みに双方無傷。

 安堵から懐から葉巻を取り出そうとしたリョドーの視界に、倒された敵の死体が映る。


「……どうしたのおじさん?」


「ちょっと調べる」


「え、調べるって……なにを?」


 リョドーはその死体へ歩み寄る。

 槍は急所を貫いており、絶命に至らしめるには十分であった。

 早速リョドーはその死体を調べてみる。

 顔や胴体、肌の色まで隅々まで観察した。

 無論、他の死体も余さずに調べた。

 そして、ある結論に至る。


「グラビス」


「なぁに?」


「お前は、コイツ等をなんだと思う?」


「え、なんだ、って言われても……ヒト型の魔物?」


 グラビスは怪訝な表情で答える。

 無理もない。

 こんな未開の地下世界で、しかも突然奇声を上げながら集団で襲い掛かってきたのだ。

 魔物若しくはそれに準ずるなにか、と捉えるのが妥当な判断と言えるだろう。


「グラビス、落ち着いて聞け? コイツ等は、"人間だ"。……紛うことなく」


「……え? どういうこと?」


「わからん、だが確かなことは、コイツ等はなんらかの原因で皮膚は変色、そして人外ともとれるほどのパワーを得ている」


 リョドーは不思議だった。

 彼等の身体能力は凄まじい。

 だが、彼等の体には、魔力と言った異能の痕跡が一切なかった。

 あれほどのパワーを操るには、男はもちろん、ましてや老人や女子供では尚更無理だろう。

 では、薬物や魔力による強化か、と思ったが違った。

 魔術かなにかで操られていたわけでもない。

 彼等は生身であれほどの力を出していたのだ。


「それ、本当なの?」


「あぁ、一体なにがどうなっているのかがわからん。さらに驚くことにだな、地下神殿って言うから古代人の成れの果てかと思ったが違ったんだ。……現代人なんだ。恐らくコイツ等はなんらかの理由で、ここに連れてこられ、こんな化け物になっちまったんだと俺は思う」


「な、なんて……こと」


 グラビスは両手で口元を覆い絶句する。

 衝撃の事実と、自分のやった行いに震えが止まらない。

 そんな彼女の背中をさすりながら、リョドーは励ましてやる。


「落ち着けグラビス。俺が言ったのはあくまで仮説だ。まずは、他のメンバーと合流だ。いいな?」


「わ、わかった。……ほ、他のメンバー……クァヌムと沙耶、出雄君と、合流、する」


「そう、合流するんだ。大丈夫だ、絶対に会える。皆きっと無事だ」


 気持ちを落ち着かせようと、リョドーの言葉を復唱する。

 そんなグラビスを安心させようと、微笑んで見せるリョドー。

 その微笑みにつられるように、グラビスもまた微笑んだ。

 その瞳に確かな希望を宿したのだ。


「じゃあ、そろそろ行こう」


「うん」


 グラビスはリョドーに寄り添うように、再び歩みを進めた。

 先ほどの血と狂躁は一切のナリを潜め、穏やかな空気と古臭さを漂わせる地下神殿の通路。

 さっきよりも、大きな部屋にたどり着く。

 壁にはいくつもの歯車が稼働している。

 ふと地面に目をやると、散りばめた様に何かがキラキラ光っている。

 それを見たリョドーは、驚愕で眼を見開いていた。


「こりゃ……金貨だ。当時国中で実際に使用されていたものだよ。王立博物館にあるのはレプリカで、本物の金貨はまだ数枚しか見つかっていないという噂は耳にしたが……」


「すごい……お金ってこんなに綺麗なんだ」


 古代の輝きが、現在いまを生きる2人を暖かく照らしていた。

 まるで、過去からの威光を、そのまま受け継がせるかのように。

 ……だが、そればかりではない。

 輝きとは逆に、壁に寄り掛かった骸骨共が、金貨と寄り添い眠っていた。

 灰と影に塗れたまま、人間の織り成す血と欲望の歴史を、来訪者に教え込んでいるようだった。


「金で死は払えない、……ってか」


「行こうおじさん、ここには、なにも無いよ」


 2人が進もうとした瞬間。

 あれほど忙しなく稼働していた歯車たちが急に動きを緩めていく。

 2人に緊張が走った。

 止まっていく歯車の1つ1つを注意深く見ていくが、特に異常は見られない。

 一難去ってナントヤラ、また敵が襲い掛かってくるのかと、互いに背中を合わせ身構える。


「今度はなんだ……」


「待っておじさん、なにか聞こえてくるよ?」


 耳を澄ませてみる。

 すると、どこからもなく、ピアノの音色に近い旋律が響いてくる。

 その美しい音色は、骸骨達がかさばるその先の通路から流れてきていた。

 優しく、切なく、だがどこか心の平穏を与えてくれる旋律だ。

 

「……いい、曲だね」


「あぁ」


「でも……聴いたことのない曲……今どきの新曲にしては、こう、ちょっと寂しいかな」


「行ってみよう、後方にも気を配れよ? もしかしたら罠かもしれん」


 骸骨をどかし、通路を少し進むと下へと続く階段が現れる。

 所々松明で光が揺らめいているが、暗闇がまさり見えづらい。

 先ほどとは正反対なまでの暗さだった。

 下へと降る中、旋律は徐々に近くなってくる。

 近づけば近づく程、不思議と鼓動は安定を保っていく。

 安心するのだ。

 この音色にはそれほどの力を持つのだ。

 1番下まで降りると、ドアノブのついた扉があった。

 ゆっくりと開き、中へと入る。


 


 巨大なピアノがそこにはあった。

 だが、パイプオルガン、グランドピアノそれらどれにも該当しない。

 古めかしい造形の巨大な演奏装置、といっても過言ではないくらいに規格外の代物だ。


 その楽器の前に、平岩を椅子にして鍵盤を巧みに操る黄土色のロングコートを纏った男が1人。

 埃と煤に塗れた古ぼけたテンガロンハットからはみ出る傷んだ黒髪。

 首にはふんわりとした白い首巻。

 こちらが近づいても演奏をやめる気配はない。

 一瞬ばかりこちらに視線をよこしたが、不敵に笑んだだけだ。

 むしろ歓迎してくれているように感じた。

 

 しばらく2人は邪魔をすまいと清聴していた。

 やがて演奏が終わると、演奏の男がゆっくりと立ち上がりこちらに振り向く。

 凛とした顔つきと並ならぬその眼光。

 それは、王冠を被る気高い大鷲を感じさせる、魅力ある風貌の青年だった。


「……お嬢さん」


 男は左手で手招きし、右の掌で平岩に座るよう勧める。

 その動作に一切の敵意は感じ取れなかった。

 温和な表情の男に言われるがまま、グラビスは近づき、平岩に座る。


「……この装置はね、『グラティアンシア・ヴェノーヴェ』という、云わばピアノの原典ともいえる楽器なんだ。弾き方は現代のピアノとあまり変わらない。なにか弾いてみないかね?」


「そうですね、是非とも色々弾いては見たいのですけど……先ほどの曲はなんていうんです? 私気になっちゃって」


 にこやかな表情とは裏腹に、グラビスは一切の隙をみせない。

 リョドーも、男がおかしな動きをせぬ様に、目を光らせている。

 しかし、男はそんな状況を気にも留めず、グラビスと目線を合わせながら口角を釣り上げていた。


「あぁさっきの……。あれは"亡き王女のためのパヴァ―ヌ"という曲でね。遥か昔に存在した旋律の1つさ。現代においては、もう私以外誰も知らないだろうけどね」


 男は淡々とした口調で答えた。

 表情や声色だけではこの男のことはわからない。

 主に、敵なのか味方なのかが。


「ふむ、どうやら私は君達にすこぶる怪しまれているようだ。まぁそれは仕方ない。嫌疑の視線、甘んじて受け入れよう」


 2人から距離を少しばかり離し、帽子を正す。

 見るからに胡散臭い謎の人物ではあるが、敵意そのものは感じられなかった。

 意思疎通が可能なあたり、何か情報が聞き出せそうだ。


「俺はリョドー・アナコンデル。王立ファルトゥハイム魔術学園の用務員をしている者だ」


「私は、グラビス・アミテージ。魔術学園の生徒です」


「ふむふむ聴いたことのある名の学園だ。いや、あまりにも有名すぎる学園だな。そちらが名乗ったのなら私も名乗らねばなるまい」


「私の名は――――Автор неизвестен」


 男の口から発せられた聞き取れない発音に、リョドーとグラビスは目を丸くする。

 まるで宇宙人にでも遭遇したかのように、2人は硬直し、それを見た男は、ポリポリとバツが悪そうに帽子の上から頭を掻く。


「……"アフター"。それで覚えてくれ。この名なら覚えやすいだろうし、もしかしたら聞き覚えがあるんじゃあないかな? 私は冒険家にして魔術作家。私の本をもしかしたら……君たち二人のどちらかが読んでいるかもしれないよ?」


 飄々とした態度で、片目をつむりリョドーとグラビスを見据えるこの男、『アフター』。



 これが、元英雄と人類最強、そして魔術作家の最初の出会いとなる。

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