#9 鬼門
「じゃあみんな、レッツゴー!」
グラビスの掛け声のもと、顕現した階段を下りる。
そして、円状の広間へとたどり着いた。
さっそくの行き止まりだ。
木の根が壁と土に絡みつき、ヒンヤリとした空間。
漂う透き通った微風は、5人の頬をくすぶった。
「おい、行き止まりじゃあないか。神殿どころか埴輪の1つもないぞ?」
出雄が文句を垂れる。
「もうセッカチ過ぎ! こういうのは周りのどこかにまた仕掛けがあるのが定説なんじゃない!」
グラビスにさとされ、出雄は口惜しそうにする。
どうやら、想像していたのと違うらしい。
そのせいもあって、ずっとブツブツ言っている。
「うぅむ、よし。じゃあ手分けして探そう。なにかあるかもしれない」
5人で手分けしこの鬱蒼とした空間を捜索することに。
しかし、神殿の手掛かりとなるような品は、どこにも見つからなかった。
土と木の根だけが、この広間を支配するのみである。
「……見つからへんね」
「壁画の一つでもあるかと思いましたが、どうやら、ここは完全に隔離されている空間だったようですね」
「ふん、所詮、都市伝説か……」
「えぇ、おかしいなぁ。ここまでは1本道だから間違うはずは……」
諦めの空気が漂う。
その時、リョドーは広間の隅の床にしゃがみ込み、ジッと"ソレ"を眺めていた。
それは文字の羅列だ。
古えの言葉で書かれているが、解読は可能だ。
(これは……?)
子供は叫ぶ 「パンと水を」
祈りと嘆きは届かない
老人は眠る 目の前には御馳走
無関心の瞳はゆっくりと御馳走
から目を閉ざした
ある日 あまりの空腹から子供
はナイフとフォークで老人の胸
を突き刺した 目も前には御馳走
老人を殺した子供の胸を数多の
聖剣が貫いた 目の前には御馳走
コーヒーはまだ暖かかった
「……みんな、ちょっと来てくれ。ここに変な文章があるんだが……なにかわかるか?」
「……ん?おい、何だこれは?」
「一見、詩のようにも見えますが……生憎このような詩は見たことありません」
「ん~……ウチもわからん」
皆が頭を悩ます中、床に描かれた詩をじぃっ、と見つめるグラビス。
ふと、彼女は昔のことを思い出す。
浮かび上がったのは"絵本"。
幼いころによく読んだ絵本の中に、似たような文章があることに、気が付いたのだ。
「これって……マザーグースじゃないかな」
「なに……?」
「うん、でも、私の知ってるのと少し内容が違う」
「うん? そうなのか?」
リョドーは身を乗り出す。
グラビスは続けた。
「裕福なおじいさんと、貧乏な子供が出てくる話なんだけど、おじいさんはその子供に、自分じゃ食べきれない程の食べ物と、使い切れない財産を少し分けてあげるの。そして、おじいさんが死ぬときに、その時の子供がやってきて、『ありがとう』って言って看取ってあげる、っていう内容だったと思うけど……」
グラビスの話を聞き、額に指をあてつつ頭脳を働かせる。
1番の可能性として高いのは、『原典』だ。
恐らく、グラビスの知っている物語は、この床に書かれている詩を基に再編された物語なのだ。
「しかし、なぜこんなところにこれが書かれている? 2000年以上前だぞ? っていうか、そんな昔にコーヒーなんてあったのか?」
出雄は怪訝な顔で、リョドーとグラビスの間に割って入る。
出雄の疑問にリョドーは微笑み。
「コーヒーの歴史はとてつもなく深い。最も、当時は白湯に少し味が付いた程度のものでしかなかったらしいがな。まぁコーヒーの話はいい。この神殿は、音楽家の神を祀るために、建築されたものなんだ。恐らく、あらゆる物語や、音楽の原典がここから排出されたんだろう。この詩も、もしかしたらその名残なのかもしれん」
「神殿言うても、ただの広間やけどね。どっかに、入り口みたいなんあればええんやけど」
後ろで欠伸をかく沙耶が呟く。
確かにそうだ。
これだけでは、まだ足りない。
他にもまだ手がかりがあるかもしれない。
そう思ったその時……
出ていけぇ……
突然の声に、悪寒が走る。
5人の内の誰のものでもない声が、空間に響いたのだ。
リョドーは、ポンプアクションを1回の後、素早く背後に銃口を向ける。
だが、そこには誰もいない。
不気味な声は延々と続く。
緊張が高まる中、各自戦闘態勢をとった。
ここから、出ていけぇ!
声が響き渡る中、リョドーは極めて冷静に頭を働かせ、耳を傾けていた。
これが幻術か何かの類なのか、それとも本当に聴こえているものなのか、ではその声の主は何者なのか?
前方を睨みつけながら、考察する。
(声の性質からして女……歳は10代……。声色に子供っぽさがあるから12、13くらいか?)
こちらから話しかけてみる。
もし意思疎通が可能ならなにか聞けるかもしれない。
「……お前さんの言い分はよくわかった。だが、そういう注意勧告はちゃんと面と向かい合って、話すべきじゃあないか? なにをコソコソしてる……堂々と姿を現して言えばいいだろ」
眼光鋭く空間を睨みつけるリョドーに、ヒステリック気味の怒鳴り声が、再度ガンガンと響いてくる。
その度にギチギチと根は軋み、ガチガチと石が小さく震えた。
早く、出ていけぇ……出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出てけ出テケデてけ……
「おい、リョドー・アナコンデル早く何とかしろ! 俺はこういうキーキーと喚く女が一番嫌いなんだッ」
「落ち着け、……そうらおいでなすった」
ゾルゾルゾルと這いずる蛇の様な音を立て、階段からからヌラリ、と人型が湧き出てくる。
透き通った体からでも視認可能な浅黒い肌に、ビーズのワンピースドレス。
装いからして、クァヌムの故郷であるジプシアのそれに近い。
白銀の髪をユラユラと宙で揺らめかせ、月のような金色の瞳を向ける幼い少女。
その見た目とは裏腹に、牙をむき出す獅子の様な尊大な威圧感があった。
少女は大きく息を吸い、大声で叫ぶ。
『偉大なる王、エドモンダンテス3世が長女、ソフィーティアンヌ・ド・ロマンシング・エドモンダンデスの……命令が聞けないのかぁぁぁあああ……ッ!』
少女とは思えない剣幕に、全員が気圧される。
リョドーは彼女の名前を聞き、ふとした疑問を抱いた。
「エドモンダンテス3世……確か、2000年以上前にこの地を治めた賢君で、ジプシアとも親交があったと聞く。だが……子供は3人だ。それも、男3兄弟……長女がいるなんて話は今までに出てきていない、仮説すら立たなかったぞ」
リョドーの知識に、ソフィーティアンヌと名乗った少女は、鼻で笑いながらこう続けた。
『当たり前だマヌケェ! 私が……私自身がッ! 歴史から名前を抹消させたんだからな!』
驚愕の事実だった。
下卑た舌を覗かせながら嗤う彼女に、誰もが絶句する。
見た目からは判断できない程の残虐性を孕んだ口調は、タダでさえ狭いこの広間に響いた。
間近で鐘を思いっきり慣らされているような気分だ。
(歴史に潜む影の部分、か。どうやら……本当にありそうだな、地下神殿とやらは)
ソフィーティアンヌの存在感はあまりに強烈だった。
そのせいもあってかリョドーの中で、伝説の信憑性が高まってきた。
理由はその程度だ。
あとは、己の過去、これまでの人生経験からくる直感。
そんな中、しびれを切らした出雄は躍り出て。
「ふん、歴史から名を無くしたというのに、王の娘もへったくりもないだろうが! あと、貴様はやかましい! 静かにしろこのオタンコナス!」
最早ただのクレームである。
そんな出雄のセリフに、ピクピクと瞼をヒクつかせるソフィーティアンヌ。
すると、周りの空気が、小刻みに震え始めた。
どうやら完全に、怒りを買ってしまったらしい。
こうなったら実力行使だ。
リョドーは、銃口をソフィーティアヌに向ける。
「みんな下がってろ、射殺する」
「え、ちょおじさん流石にそれはやり過ぎじゃ……」
グラビスが止めに入るが、躊躇はしていられない。
「なぁに言ってんだ、こういうのは早めに駆除しないと、後々面倒なことをやらかすと相場が決まってんだ」
「なんの根拠があっていってるのソレ!?」
「俺は過去にこれで、20回ほど死にかけたんだよ。根拠としちゃ十分すぎる」
『グダグダ言ってんじゃあねぇぞボケェ! もういい、お前等は殺すッ! これ以上……"兄様"の邪魔をさせてたまるかぁ!!』
ソフィーティアンヌが叫んだ次の瞬間、音を立て広間が揺れ始める。
「な、なんだ!?」
「うそやろ……こんな時に地震か!?」
「いえ待ってください……これは、地震ではありません!」
足場が徐々にくぼんでいき、全体のバランスが崩れていく。
ソフィーティアンヌが現れた影響であろうか、広間が崩落を始めたのだ。
「ヤバい……崩れるッ。皆急いで脱出だッ!」
「あかん間に合わへん……落ちるでッ!」
『ぬッ……うおお!?』
ドゴンッと激しく床岩がはじけ、ほんの一瞬6人の体が浮いた。
あとはもう落下するほかない。
石造りの巨大な空洞に皆が吸いこまれていく。
「きゃあああ!」
女性陣の悲鳴が響き渡る中、リョドーは素早くリュックの中から鉤爪付の荒縄を取り出し、ブンと放る。
丁度、ぶら下がっていた太めの木の根っこに、ガチリとそれは絡みついた。
そして、近くにいたグラビスの手を取り、グイッと抱きかかえる。
「おまっ! リョドー・アナコンデルッ! 俺達はどうなるッ」
「すまん! 自力で頑張ってくれ!」
「殺生なッ!」
「沙耶は私が守りますッ! 御二方、御無事で!」
『覚えとけやこのクソ中年オヤジがぁあああ!!』
リョドーとグラビスを除くメンバーは、皆暗闇へと落ちていった。
彼女等なら大丈夫だとは思うが、このとんでもない事態に、リョドーは奥歯を噛み締める。
「グラビス、平気か?」
「うん、大丈夫」
グラビスは心配そうに、暗闇の中へ落ちていった仲間を見下ろしながら、きゅうっとリョドーにしがみ付いている。
「ん……あれは……」
ふと、リョドーの目に付いたのは階段だ。
真下、おおよそ30m地点に、壁沿い建築された階段を見つけたのだ。
下へ下へと段が連なっており、闇に紛れ黒い輪郭を刻んでいた。
「グラビス、下に階段がある。降りてみよう」
「うう、でも危なくない? それに、皆は……」
「今は信じるしかない」
「わかった、ゆっくりね?」
うるんだ瞳を見せるグラビスを安心させようと、ゆっくりと階段へ、ロープを伝い降りていく。
2人分の小気味よい靴音が響くと、ようやく生きた心地がした。
へたりそうになるグラビスと、久々のロープアクション成功に、緊張の糸をほぐしていくリョドー。
2人で階段を降りていくと、今度は中央に巨大な穴がこしらえてある円状の広間にたどり着く。
「……また、広間?」
「出雄やクァヌム達は、この穴に落ちたか……はたまた」
第2の広間、中央にあいた巨大な穴を見下ろしながら、リュックから取り出したライトを、向かい側の壁へと向ける。
壁に取り付けられたアーチ状の巨大な鏡は、7色の輝きをいくつも放ち、表面がユラユラと液状に揺れていた。
「魔法の鏡だ……誰が美しいかを教えてくれるものじゃない、どこかへ通ずる道を示してくれる鏡だ」
「じゃあこの鏡は……」
「あぁ、きっと神殿内部へとつながっている。行ってみよう。こんな吹き溜まりみてぇな場所とはオサラバだ」
2人は瞳を閉じ、ゆっくりと鏡の中へと踏み出した。
夜の穏やかな海を思わせる柔らかさが、全身を伝い、やがてうっすらとした光と風が包み込んでいく。
次に瞳を開ければ、そこは地上とはかけ離れた光景。
壁の代わりに、無数の巨大な歯車の群れが今尚稼働し、けたたましい音を響かせる。
設けられた水路には、地上でもこれ以上ない程に、澄み切った水が流れていた。
歯車を避け、そびえ立つ木々の中を、縦横無尽に飛ぶ小鳥達の他、鹿やリスなどがいる
地下とは思えぬ光景は、まさに聖域と言っても過言ではない。
人工的でありながら、それは美しかった。
「おじさん……ここって」
「あぁ、間違いない。古神ダオロスを奉り、今もその息吹を地下で巡らせていた超古代建造物……」
かつて存在した神殿、その名も、サンシュルピス・モンテ・クリスチオ神殿。
ここは、その地下に設けられた秘密の楽園だ。
白銀と黒鍵の神ダオロスを奉仕し、神話や音楽、その他創作物に命を吹き込んだ神聖な地。
だが、忘れてはいけない。
ここは歴史の裏側で、不気味な寝息を立て眠っていた未開の場。
何があり、何が起こり、最奥には何があるのか。
もしかしたら……陰で"何者か"が牙を研ぎ、せせら笑っているのかもしれない。
リョドーの頭の中に、そればかりがよぎった。