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無限幻想 -灰と忘却のパヴァーヌ-  作者: 支倉文度
第一章 
1/32

プロローグ 真夜中の学園で

―――――――――


『時よ止まれ、お前は美しい』

 By Johhan Wolfgang von Goethe

 著:Faust


――――――――――



「……『私は一生不幸な人間でいたいです』なんていう人間がこの世にいるだろうか? いいや、いない」


 真夜中の教室で、黄土色のロングコートを纏った男が教壇に立っている。

 

「人は、なんの為に生きているのか」


「人生とはなんなのか」


「いつの時代にも現れ、人間の心を惑わすこの永遠の問いかけに、1つの結論を与えよう」


 男の話に耳を傾けるように、座席には幾人かの男女が座っている。

 だが、教師と生徒ではなさそうだ。

 わずかだが殺気立っている。

 風貌もそれぞれ違いがあり、その眼光は鋭いナイフのようだ。

 そんな彼等に諭すように、男は"結論"を述べる。


「人は誰しも、"自らの幸福"の為に生きている」


 座席に座る者共に向かって、口角をつりあげながら、教壇の男は続ける。


「5段階欲求やら、3大欲求やら、今朝の新聞の占いやら……そういう小難しいことは一切考えなくていい、一先ずはね」


 身振り手振りを交えた演説は、見事に彼等を釘付けにした。


「むしろ、知性あるものは皆、"幸福"の為だけに存在していると言っても過言ではない。君達もそうだ。君達もまた、自らの幸福の為に生きているのだ」


「では、幸福とはなんなのだろうか? いいかね? 幸福とは、"自分自身に対しての選択"だ」


 黒板に文字を書いていく。

 その最中にも、誰1人として口を開く者はいない。

 皆、その文字を目で追っていく。


「心から望む行動・自分だけの秩序・人生の価値基準そのもの……。それらを総称し、幸福と呼ぶのだ」


「人の数だけ、否、知性体の数だけ幸福の質や内容は違うわけだ。では、幸福にはどんなものがあげられる?」


 男の質問に、座席から声が上がる。


「斬りたい奴を斬る」


「家族との時間、かな」


「偉業や出世、若しくは戦果。むしろ戦果だな、撃墜数。」


「愛しい人といる時間かなぁ」


「美味い物を喰い、弱者を従え、あらゆる者共を平伏させること、だ」


 次々の飛び交う答えに男は満面の笑みを浮かべた。


「Very Good! そう、君達のそれもまた、幸福だ。欲しいだけの金や安定したやりやすい仕事に就く。他にも友情に愛情、平和、支配、戦争……。まさしく千差万別」


「この通り、幸福の種類は、君達のような存在(・・・・・・・・)であってもこれほどにある。では、幸福はあればあるほどいいかね? 幸福を山ほど、胸いっぱいに秘めているのは、人生にとって良いことか?」


 男は再び黒板と向かい合う。


「答えは、――――NOだ。先ほども言ったように、『幸福=選択』だ。たくさんあるということは、その分だけ選択肢が多くなる。それはそれで未来が希望に満ち満ちているようにも見えるが……違う」


 チョークを持とうとした手が止まるや、クルリと彼等に振り向いた。

 先ほどの笑みはない。


「あまりに多くの幸せは、あまりに過分な幸福欲求は……逆に"不運"を招き入れてしまうのだ」


 男は懐からタバコを取りだし、口に咥える。

 火をつけ、紫煙をくゆらせる。


「正確には、幸福そのものが不運という重石になってしまう、と言ったところだな。知性ある者は、幸福を手放せない。それは、仕方のないことだ。むしろ自然だ。当然の成り行きだ」

 

 タバコから広がる風味に酔いながら、目を細めてみせた。

 そして男はふと、腕時計に目を通す。


「おっと、こんな時間か。もっと話したかったが、次の機会にしよう。……では、最後にこれだけは言わせていただこうかな」


 吸いかけのタバコを、手品のように一瞬で消して見せ、全員を見据える。


「この世で最も不幸なもの。……それは、"自分の意思で幸福を決断できなくなったとき"だ」


「選択なき人生は、じわじわと壊死していく運命なのだよ」


「中でも一番困るのが……、自分の幸福を忘れてしまった時だ」


 男は不敵に笑んで見せた。

 そして、パチンと指を鳴らす。

 

「さぁ、諸君。――――持ち場に戻れ。これから、忙しくなるだろう。くれぐれも、幸福を見誤らぬように」


 男の声とともに、一斉に立ち上がる彼等は口角をつりあげながら教室を出ていく。

 彼等の背中を見送り、男は天に向かってほくそ笑む。


「止められないのさ。私も、この星の連中も……」


 夜はまだ明けない。

 ならば、行く場所は1つだ。

 我が家であり、この世界の地獄インフェルノへと。

 


 


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