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掌編小説集1 (1話~50話)

雪山

作者: 蹴沢缶九郎

「今度の休みにペンションに遊びに行かないか?」


会社の昼休み、友人の高橋に言われた。どうやらインターネットで、安く利用出来るペンションを見つけたらしい。正月休み、暇を持て余していた俺と田仲は、二つ返事で高橋の誘いに乗った。



電車をいくつか乗り継ぎ、最寄りの駅でタクシーに乗る。タクシー運転手に行き先を告げると、運転手が聞いてきた。


「そんな所に何の用で?」


「ええ、これからペンションに泊まりに行くんですよ。まあ、野郎達三人で味気ないんですけどね。」


と、苦笑しながら高橋が答えた。


「へぇー、そんな所にペンションなんてあったんだ。最近出来たのかな。」


どうやら運転手は、ペンションの存在を知らないらしかった。


タクシーは山のふもとで止まる。そのペンションは車では行けない、ふもとから離れた山奥に存在していた。ほぼ道と呼べない雪の悪路を歩きながら、


「本当にこんな所にあるのか?」


とも思ったが、立地条件の悪さから格安料金の理由に納得出来た。


「隠れ家的なペンションは大体こういう所にあるもんだ。」


と田仲は言っていた。


歩き始めて三十分程経った頃、鬱蒼とした木々の視界が開け、そのペンションはあった。二階建てのこじんまりとしたログハウス。


「なかなか雰囲気が良いじゃないか。」


高橋はそう言うと、ペンションのドアを開けた。ペンション内は物音一つ聞こえず静まりかえっている。何故だか俺は、薄気味悪さを覚えた。


受付に誰もいないので、


「すいませーん、予約していた高橋ですけど。」


高橋が呼ぶと、奥からペンションのオーナーらしき、歳は七十手前といった所か、初老の男性が現れ、


「これはこれは。」


と俺達を迎い入れてくれた。


オーナーの表情や受け答えには覇気がなく、「これでよく接客商売が出来たものだ。」と失礼ながら思った。


予約していた部屋に案内される途中、他の宿泊客と会ったので軽く会釈をする。しかし、その宿泊客はまるで俺達に気付かなかったかの様に歩き去っていった。



通された部屋は二階にあった。夕飯までまだ時間があったので、それまで思い思いに時間を潰す事にした。


高橋は、


「俺、ちょっと風呂入ってくるよ。」


と部屋を出ていった。田仲が言う。


「なあ、なんか、このペンション変じゃないか?何だか気味悪いって言うか…。」


このペンションに着いてからずっと感じていた奇妙な雰囲気を田仲も感じてるらしかった。


「だって見たかよ、あのオーナーの顔。青白い気味悪い顔してたぜ。ペンションの人間だけじゃない、他の宿泊客だってそうだ。部屋に来る途中で会った奴だって、同じ様な顔色で、会釈しても無視して、気持ち悪い。」


「そうなんだよな、俺もそれを感じてたんだ。」


そんな話をしていると、部屋のドアが勢いよく開かれ、血相を変えた高橋が飛び込んできた。


「一体どうしたんだよ?」


「ば、婆さんが…、脱衣場で視線感じて、窓見てみたら、き、気味悪い婆さんが覗いてたんだ!!」


「見間違えたんじゃないか。こんな寒い雪山で、外から婆さんが覗くかよ。」


笑いながら言うと、


「見間違えるもんか!!…もう風呂はいいや。」


俺と田仲は顔を見合わせる。


ペンションに着いてから、何だか妙な事続きだ。


外を見ると、先程までちらついていた雪もいつしか止んでいた。


俺は気分転換に外に散歩に行かないかと提案してみた。そのついでに脱衣場を覗いていたという婆さんを探してみようとも思ったのだ。


だが、高橋と田仲は部屋でゆっくりしていると言うので、仕方なく防寒具を身に付け、俺は一人で行く事にした。


外に出ると、当たり前に寒かったが雪が降っていない分、いくらかマシだった。俺はペンションの周りを一周してみる事にした。

しかしそこには、婆さんどころか人がいた気配すらない。やはり高橋の見間違いだったのだろう。


次に俺は、何かあるかもしれないとペンションから離れた所をあてもなく歩いてみた。が、辺りは夜の雪山の景色で、特にめぼしい物もなく、いい加減帰る事にした。


ペンションに戻りドアを開けると、電気が消えており、中が薄暗い。


「停電か?」


ポケットから取り出したスマホの明かりを頼りに自室を目指す。部屋の前まできて、異変に気付く。


部屋のドアが僅かに開いており、中から高橋や田仲の声とも違う、誰かの声が聞こえてきたのだ。


「…美味しいねぇ…美味しいねぇ…。もう一人も帰ってきたら食べようねぇ…。」


一体何の事を言っているのだろうか?


音をたてない様に恐る恐るドアを開け、中の様子を伺う。


こちらに背を向け、誰かが地べたに座り込んでいた。その何者かは、グチャ、ペチャと不快な音をたてながら何かを食べてるらしかった。


暗闇に目を凝らし、よく見てみると…。





食べられていたのは高橋だった。





「うわぁぁぁーーーーー!!!!」





俺は悲鳴をあげた。


ゴロンと、血に染まった高橋の生首が地面に転がる。


「ああ、見られちゃったねぇ…。」


そう言いながら、ゆっくりと立ち上がり、声の主はこちらを振り向く。俺は声の主の顔に見覚えがあった。


それはペンションのオーナーだったのだ。


「もう一人も食べたよぉ。君も友達のとこに行こうねぇ…。」


オーナーが血だらけになった口でニタァと笑った。


「うわぁぁぁーーーーー!!!!田仲ーー!!高橋ーー!!」


俺はあまりの恐怖でその場を逃げ出した。二階の廊下をペンションの玄関に向かって走る。


だが、それを遮る様に階段前に顔の青白い老婆と宿泊客が立っていた。


「どこ行くんだい?友達が可哀想だろぉ…。」


後ろからはオーナーが迫っていた。


俺は廊下の窓を開けると、後先考えず、そこから飛び降りた。ボフッと鈍い音と共に、体に衝撃が走る。体に痛みはない。


雪が降り積もっていた事が幸いし、何とかその上に着地出来たようだった。


足に絡みつく雪をかき分け、俺は夢中で逃げた。二階の窓から、


「待てぇぇーー!!」


と声が聞こえたが、構わず走る。俺は夜の雪山を走って走って走り抜いた。


何処をどう逃げたのか、もはや自分が何処にいるのかすら分からなかった。


どれ程走っただろうか。木々の合間を抜けると、突然視界が開け、鉄塔が現れた。

それはリフトをつなぐ鉄塔だった。どうやら、俺はスキー場のコースに辿り着いたらしかった。

等間隔に並ぶ鉄塔を目印に、もつれる足でコースを下っていく。スキー場の休憩所に着いた所で、俺は意識を失った。



「おい、大丈夫か!?しっかりしろ!!おい!!」


声で目を覚ます。日が昇っており、いつの間にか朝になっていたようだ。


「どうしたんだよ。ビックリしたよ、人が倒れてるんだもん。」


スキー場の係員だろうか、彼は安堵の表情を見せた。


俺は昨晩の悪夢、事のあらましを説明した。眉間にしわを寄せ、話を聞いていた係員は、


「あんな所にペンションなんかあったかな?」


と言った。確か、タクシー運転手も同じ様な事を言っていた。


警察に通報がなされ、俺は警察の人間とペンションがあった場所へ向かう。


だが、そこにペンションはなかった。初めからまるで何もなかったかの様に、ペンションは忽然と姿を消していたのだ。


「そんな…バカな…。確かにここにあったんだ。高橋と田仲だって…」


「分かった、分かったよ。君の言う事を信じるよ。」


警察官の心無い言葉が辛かった。




警察と地元の人間とで捜索隊が結成されたが、高橋、田仲はとうとう発見される事はなかった…。



あの夜の出来事は何だったのか、それは今となっては誰にも分からない…。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人食いペンションですね〜。彼らは人外でしょうか、それとも人食い族でしょうか。 幽霊より出会いたくないです。
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