名言ごっこ
「定住するということは、時々ひどく残酷である」
わたしはさっき淹れた珈琲をもくもくとマグカップに注ぎながら、ひとりごとのようにそう囁く。
「Settling down is sometimes cruel.」
顔を埋めるくらい深く読み込んでいる小説を見つめたまま、彼は英訳をした。まるでその小説の一節を朗読するように、滑らかに。
見慣れたキッチンに立っていることが、すこしずつ悲しみを帯びてくる。珈琲の湯気は冬の昼下がりに畳み掛けるように優しい。静寂がぎゅっと詰まる。
「Loving someone is sometimes hard.」
間もなくわたしはそう答える。同じ意味よ、と笑う。
恋人同士でいることが、こんなにも儚いと思うようになったのはいつからだったんだろう。
一緒に居ながら、まるで細い淵の上で抱き合っているみたいだ。
もちろん生活についての会話が連なっていくので、わたしたちはきちんと現実を生きている。それは例えば、洗顔料が無くなったとか、パスタを買い足さなければ、とか、ドアの軋みを直すべきだとか、そういうことだ。目下の事柄で、会話は満たされる。
それがふと、静寂に吞まれたとき。
冬だったり、夕方だったり、とびきり早い朝だったりする。わたしたちは同じように怯え、静寂に負けてしまいそうになる。わたしはその瞬間にひどく怯えていたし、彼もそれをよく知っているように思えた。
出て行くわ、とわたしが一言言えば、すべてが終結するのだ。
小説を読む彼を後ろから抱き締める。
そんなときは必ず、不安がわたしの胸と彼の背中の間に敷き詰まっている。
「今日は、なにかある」
湯気で満たされた珈琲を前に、彼は口元に手をやってすこし考えた。
「次は君の番じゃなかったかな」
「さっき言ったじゃない」
困ったな、と言って彼は珈琲に口をつける。それは頭の痛むほどに甘い珈琲だということをわたしは知っている。
「軌跡を辿ることは、愛を語ることに匹敵する」
「それは、どこからの引用なの?」
「僕が昨日着ていた、パーカーだ」
ああ。わたしはため息をする。昨日洗濯をしたあのグレーのパーカーがそんな哲学を背負っていたのか、とわたしは思う。
「どんな身近なものにもそこには哲学があるということだな」
満足そうに微笑む彼に、わたしは敗北感を否めない。
「そろそろ止めない?こんな、名言ごっこは」
「僕が始めたつもりは無かったんだけどな」
わたしたちは多分いつからか、静寂に怯えてあらゆる一節を英訳し、あるいは日本語に訳し、その隙間を埋めてきた。毎日がちいさな哲学と悟りで積み重なった。楽しんでいるわけではなく、そうでないと居られないふたりがそこにあるのだ。
「愛は累積の結果である」
わたしがそう言うと、まだ続けるのか、と彼が笑った。
「それは、どこからの引用なんだ」
「わたしはいつも、わたしの中に哲学を持つのよ」
なんだそれは、という声がした。静寂が打ち破られ、等しく湯気がおさまっていく。
わたしは彼が、彼だけの世界を持つことを知っている。わたしには知り得ない、深い宇宙があることを知っている。わたしたちは別々に生きていながら、同じ場所で生きているのだ。
完全な愛が存在しないという事実に、わたしたちは同じように打ち負かされそうになっている。
彼はそのために時々、わたしを閉じ込めようとする。わたしはそのために時々、彼から逃げ出そうとする。一言聞けば良いのかも知れない。わたしを愛してる?と。
「Traceability refers to the love comparisons.」
「それ、本当に、軌跡を辿ることは愛を語ることに匹敵する、っていう意味なの?なにか間違っていない?」
「知らない」
「なによ、それ」
「多義だからこそ、ロマンがあるんだ」
あと一時間経ったら、パスタを買い足そう、と思う。きっと今日の夕食分には足りない。
それに今日は南瓜のスープを作ろう、と閃く。強い愛の狭間で、わたしたちはちいさな悟りを続ける。そこに生活がある限り、きっとまだ負けることはない、とわたしたちは帰着する。
引き出しには、まだ白紙のままの届け出用紙がある。名言ごっこの陰に隠れたわたしたちの真実が、ひっそりと仕舞われている。
「そういえば今日の夕食、なに?」
わたしはそれを聞いて思う。次に静寂が訪れたら、きっと話そう、と。
ふたりで紡いでいく真実について。逃げないでいよう、と。
「その答えは確かに、どこからも引用し難い」
彼はお手上げ、という感じで呆れている。
わたしたちはちいさく笑い合った。こんな風にして、わたしたちの名言ごっこは止まないのかも知れない。




