1話 山で拾われた少年は
よろしくお願いします。
「うう……。」
俺、ドンカは今日こそ、己の生まれの不運を呪ったことはない。
昨晩、山で激しい音が鳴り響いた。
村中の人間が慌てて飛び起き、何人かが外へ出て山の方を見ると、遠い山々の先に“太陽”が出来ていた。
村は昼間のように明るくなり、それに気付いた残りの村の人間も、恐る恐る出てきて皆その“太陽”を呆然と見つめた。
俺もその一人であり、皆が呆けてみている間に太陽はゆっくりと消えていった。
皆が不安で眠れない夜を過ごした翌朝、山を見ると朝日に照らされて、山の一部がごっそりとなくなっていた。
村中で大騒ぎになり、祟りだ天災だと大騒ぎになり、村で狩人であるドンカに様子見の役割が与えられてしまったのだ。
「なんでいつも俺ばっかり……」
ドンカとしては、危険な山に行くのだって嫌なのに、あんなことがあった所に近づくなんて絶対に御免だったのだが、村長や村のみんなから頼まれて、気の弱いドンカとしては否とは言えない。
結局、押し切られて恐る恐る山に入ってる次第だ。
「いつも俺が貧乏くじ引かされるんだ」
ドンカは恐怖心から独り言を呟きながらも山を登る。
昔から、体が大きいせいもあって、よく力仕事に駆り出された。
その巨体に反比例して気の弱いドンカはできれば、田畑で野菜を育てて生活したかったが、村一番の巨体と力のせいで、村の田畑や人を害獣や魔獣から守る狩人の役割を押し付けられてしまった。
いつだって、獣に怯えながらも狩人の役目をこなしてきたが、こんな貧乏くじを引かされるのなら、本気で役割を変えてもらうように訴えた方がいいかもしれない、そんな風に考えながらも魔厭樹の山を登る。
魔厭樹は危険な魔獣の嫌がる匂いを常に放出し、魔獣を寄せ付けず、また、低位の魔獣であれば生存も困難な環境を作り出すという、すごい樹だ。
ただ、魔獣ではなくただの獣には全く効果がない。
魔獣どころか、獣だって怖いドンカとしては、周囲の警戒を怠らず、慎重に山を登っている。
と、ふと前方に黒い塊が見える。
(獣か!?)
まだ、魔厭樹の山を抜けていないので魔獣ではないと見切りを付けつつ、素早く樹に隠れて様子を伺う。
背中から弓矢を取り出してつつ、慎重に様子を伺う。この臆病さが狩人として、成功している秘訣なのだが、ドンカは全く気付いていない。
しばらく、じっと様子を見るが動く様子はない、それでもとりあえず、自作の鳥笛を吹いて、鳥の鳴き声に似た音を響きわたらせる。
何の反応もないので、周囲を警戒しつつ、慎重に慎重に近づく。
矢はいつでも撃てるように構えつつ、近づいていく。
正直撃ってもよかったのだが、それがなにか分かるまでは無闇に攻撃するのはまずいと思い、恐怖に心臓がバクバクと鼓動しつつも一歩一歩近づいていく。
(ボロ布?)
自分の弓の必中距離まで近づいて見てみると、それはボロボロの布の塊のように見えた。
もしかして、どこからか飛んできた布が岩か何かに被さっているのかと、さらに近づいてみる。
すると、どこからか強い山風が吹いてきて、そのボロ布をはためかせる。
「子供!?」
はためかされたボロ布の下からは10歳ぐらいの子供が、すすけた顔を覗かせていた。
慌てて近づいてみると、ボロ布はローブで、あちこち煤けて焼け焦げたそのローブを着た少年が蹲っていた。
「……こりゃ大変だ!」
「あの子は化け物よ」
お母さんが恐れる。
「ひっ!? 来るな化け物」
お父さんが怯える。
「化け物」「ばけもの」「バケモノ」
周りの皆がそう呼び、恐れ怯える。
けれど、一番恐ろしいのは、そう呼ばれても何も感じない俺自身が一番恐ろしい。
「……夢か」
昔の夢。
あの町に暮らしていたころ、陰で周りから怯えられ恐れられていたあのころの俺の夢。
あのころの俺は、何よりも、自分自身が恐ろしかった。
「懐かしい……」
けれど、あのころとは何もかも俺は変わった。
かつては思い出すこともなかったが、今では懐かしめるようになった。
「年を取った……というのは若すぎるか」
何せまだ俺は12歳だ、さすがに年月を感じるほど生きちゃいない。
「……ところでここはどこだ?」
目が覚めた場所は知らない天井、知らない場所。
少なくても、意識を失うまではあの森にいたはずなんだが……。
とりあえず周囲を見渡せども、記憶にない場所。
ここは狩人の家かな?
壁に掛けられている獣の毛皮や弓、それに周囲の物から推察されるに、狩人の家のような気がする。
と、誰か来たな。
「気が付いたかー、ボウズ」
家に入ってきたのは、熊のような巨体の男。
髪がぼさぼさで髭が生えてるので老けても見えるが、意外と若そうだ。
「どちらさん?」
「おらーこの家のモンで、ドンカっていうんだ」
「それはどうも、ユレンです」
とりあえず、名乗っておく。
「それでボウズ、体の方は大丈夫かー、服がボロボロで心配だったが、見たところ怪我はなさそうだったんだが」
ふむ、どうやらこの人が森で気を失っていた俺をここまで運んできたみたいだな。
「ええ、体調の方はあまりよくないですけど、特に痛いところはないですよ」
まあ、体調というか、ストックが少ないのは困り者だが、代わりに傷の方は治してあるから健康だ。
「ほうかー、それはよかった」
どうやらいい人そうだ。
ごつい顔をほころばして喜んでいる。
「とりあえず、飯でも食うかー」
どうやら水を汲んできたらしく、水瓶に水を補充すると、窯に置いてある鍋をこちらに持ってきた。
そのまま、囲炉裏に鍋を引っ掛けると、鍋からいい匂いが漂ってくる。
「獣鍋だー、精がつくぞ」
そういうと、お椀によそってこちらに差し出してくる。
正直、結構空腹だったので助かる。
「ありがとうございます。……いただきます」
とりあえず、遠慮せず食う。
味の方はいい方ではなかったが、空腹のせいでそれでもおいしく感じる。
「……おいしいです」
「あはははー、気を遣わなくていいだ」
少しの本音と大半の社交辞令で言ってみたが、味の方は当人が一番よく知っているようだ。
「おかわりはいるかー?」
「……できれば」
「ふう」
味はともかくとして、お腹は膨れて一息がついた。
「あはははー、まーよーく食べたな」
ドンカさんが笑っているのもわかる。
何せ、鍋の半分は俺が食ったのだ。
巨体のドンカさんとその半分以下の子供の俺が同じ量食えば、まあ、あきれるか驚くかはするだろう。
「腹も膨れたとこだし、ちょっと聞きたいんだかいいだか」
「はい」
きた。
まーあんな山の中に倒れてたら、事情の1つや2つは聞きたくもなるだろう。
「おめー、親はどうしただー?」
少し意外だ。
あそこで何やってたか初めに聞かれると思ったが、俺の心配をするとは、
「親はいません」
「親はいないって、……もしかして捨て子か?」
「いえ、ただ一人で生きてるだけです」
あの町にいる両親にはもう会うことはないだろう。
「おまー、そんな小さいのに一人で生きてるのか」
どうやら驚いているようだ。
まあ、無理もないか、こんな子供が一人で生きてるのは珍しい。
まあ、スラムなんかじゃ珍しくもないが、こんな山の辺境で子供が一人で生きてるのは普通ないだろう。
「まあちょっと、一人で旅など少々……」
5歳の時に旅に出て、気がつけば12歳、思えばあちこちに行ったもんだ。
感傷にふけってると、ドンカさんは不審そうに俺を見ている。
まあ、当たり前だろう。
普通の子供が一人旅などありえない。
普通のこどもなら、だが、
「俺は魔法使いですから【火】」
そういって、手から火を作り出す。
「おったまげたー、魔法使いだったんか」
魔法使い、マナというエネルギーを使い、超常の現象を引き起こす人の総称だ。
大概は、魔法使いの両親から生まれ、まれに一般人からも生まれる。
「おら、魔法使いなんて初めて見ただ」
「まあ、辺境だとめずらしいね」
魔法使いは絶対数が少ないし、ほかにもいろんな理由から、辺境では見たこともない人間は多いだろう。
「まあ、マギア様なら子供でも一人旅でも平気かー」
まあ、普通はマギアでも子供が一人旅なんて危険なんだが、
「そういうことです、マギアは強いですから」
魔法使いはマナを操り、超常の現象を起こす、それゆえに強い。
実際、戦場では上級のマギア一人で戦況を変える力もあるほどだ。
「んでも、マギア様がなんであんなところに?」
「……あー、ちょっと山越えを……」
「あの山をか!?」
かなり驚いているけど、まあ、そうだろう。
山というか山々の連なる山脈は普通に超えるにしても厳しい、おまけに、
「まさか、あそこまで魔物がいるとは思いませんでした」
「あそこの山奥は魔物の巣みないなもんだからなー」
ドンカさんは笑っているが、正直、魔物の巣どころではなかった。
「そういえば山超えたんなら、マギア様知っているかー?」
「あの、できればマギア様はやめてくれません?」
正直、大の大人に様付けされるのはこそばゆい。
「じゃあ、ユレン様かー?」
「ユレンでいいですよ」
「だども……」
「ユレンです」
「……おう、ユレン」
「よろしい」
ちょっと、プレッシャーかけすぎたかな?
少し引いてる。
「それで、何を知っているんですか?」
とりあえず、話をもどそう。
「ああ、昨日お山ででっかい火の玉ができてなー、村中大騒ぎでおら、山に見に行くことになってな、山から来たユレンはあれについてなにかしってねーか?」
……ヤバイ、それ俺だ……。
「どうした? 顔色悪いぞ?」
「いやいやいや、なんでもありませんの事よ?」
「???」
ドンカさんが首を傾げているが、さすがに知られるわけにはいかんだろう。
大騒ぎになったっていうし、とりあえず知らないふりして話題をそらそう……。
「いやー、俺もびっくりしましたよあれは、怖くて慌てて離れてったからよくはしらないなー」
「そうかー」
ばれてないよね? ドンカさんは残念そうにしているが、特に疑ってはいなさそうだ。
「ところで……」
ドンドン
「ドンカー、居るかー?」
「おう、居るぞー」
返事と同時に入ってきたのは、粗末な衣服を着た、ボサボサの髪の若い男。
「お? そいつがおめえさんが山で拾ってきたボウズか?」
「どうも、ユレンといいます」
とりあえず、挨拶しとく。
「おお、俺はダンカだ」
ダンカは名前を返すと、ドンカに近寄っていく。
「ドンカ、わりぃんだがおめえも力を貸してくれ」
「なんかあったか? ダンカ」
「ああ、ちょっと崖が崩れたみたいでな、川の水が止まっちまった」
「なんと! そら大変だ!」
「つうわけだから、道具もって村の広場まで来てくれるか?」
「ああ、わかっただ」
と、ドンカさんがこちらを向くので、
「俺も一緒に行きますよ?」
「しかしな……」
「困ったときはお互い様、助けてもらった恩返しですよ」
「おいおい、こんな子供連れてってどうするんだよ」
と、そこにダンカさんが割り込んでくる。
まあ、そうだよな、けど、
「ただの子供じゃないことを見せてあげますよ」
とりあえず、明日続きを書きます。
キリがいいところでまた投稿します。
のんびりとお持ちくださいませ。<(_ _)>