ネガティブ・ニューカマー(7)
「ハッ!織田直樹?聞かん名だな。」
「転校生らしーよ。恒太のいる三組の。」
カツカレーを食べ終わりかけているうのぽんが、
神様とは目を合わせないまま、僕の代わりに答えてくれました。
「ハッ!ではその織田直樹とやらが、奇跡を引き起こすとでも言うのか?」
神様は眼鏡をクイクイと上げています。
面倒な事になかなか席についてくれず、僕らを見下ろしています。
なんか席に座ると、他の人に見下されるのが嫌だとか何とか。
「はたまた神に取って代わろうとするとでも言うのか!?」
「そこまでは言ってないんじゃね?」
「……でも、すごいのは本当ですよ……何をしてもほぼ完璧に出来てしまうので、テストとかでも全部百点ですし……」
「ハッ!……全部百点、だと?」
神様の目の色が変わりました。余計な事を言ったかもしれません。
見ての通り負けず嫌いな神様は、特に勉強面に自信を持っています。
現に、神様の成績はトップクラスなのです。優等生に名を連ねてます。
「……ふはははははっ!面白い、全部百点か……また一つ、神統記に記すべき戦いが始まるか!」
「でも全部百点なら勝ち目なくね?」
「ハッ!奇跡であろうと人は人……いずれミスを呼ぶものだ。神である神とは決定的に違う種類の生物なのだ!」
「神様も人間じゃね?」
「……直樹さんは本当に『奇跡』の人なので、ミスをするかどうか……」
「ハッ!面白いではないか、早くその顔を拝みたいと言うものだ!」
「俺のこと、呼んだ?」
その声と姿に、呼吸が止まるかと思うほど、僕は驚きました。
僕らの前に、噂の「奇跡」、イケメンスマイル直樹さんが姿を現したのです。
でもここは寮で、いつもは教室でしか会わなかったんですけど、あれ?
「恒太も寮生だったのか。改めてよろしくな!」
……いやいやいや。そんな軽い感じで言われてもですよ。
しかしよく考えたら、なんとか省から送り込まれている直樹さんは、
この寮から通う方が都合良いですよね。寮に居るのも納得です。
さて僕は、突然の来訪者をじっと観察しているうのぽんと、
急に押し黙って様子をうかがっている神様の二人に、彼を紹介しました。
僕の反応などを見て、この人が誰か言わなくても分かったようですけど。
「俺はいつも夕飯遅いから、タイミングが偶然合わなかったのかもな。剛司、大樹、よろしくな。」
「よろしくじゃん。」
そう返事した時には、うのぽんがカツカレーをちょうど食べ終わってました。
気付けば時間も経ち、周りに他の生徒はほとんど居なくなってました。
という事は、直樹さんはずっと、こうして人が少なくなった時間に、
やっと夕飯に取り掛かっていたという事でしょうか……。
直樹さんが僕らの事はお構いなしに注文を取りに行って、
ついでに僕らも自分の食器を片づけて、テーブルへ戻ると、
一人取り残された神様が何やらピクピク震えていました。
「……ハッ!そちらから出向いてくれるとは好都合!これほどまで早く対決が実現するとは思わなかったがな!」
「ん、何が?」
「神が神たるためには、須らく敵と戦い続けるべし!織田直樹よ、神が勝った暁には、落合君や宇野君、長瀬君同様、神徒の一人に加えてくれよう!」
神様のセリフ、初見さんバイバイで困ります★
それから当然のように僕らが「神徒」なる集団に加えられてるのも困ります。
「戦うって、如何にして戦う?」
「ハッ!……それは……ふむ……」
「仮に一定の基準を設けたとして、評価するのは誰?ここに居合わせた二人が確実な公平性を示せるとは思えないな。」
「ハッ!……はっ?」
「それに『神様』だっけ?自分の事を神だと思ってるって事か?それとも神の代行者とか預言者とか、一般的な宗教と同じ位置付けか?」
「い、いや……神は自らが神だと……一応……」
「それなら戦う必要ないよ。代行者なら気に入らない『敵』を排除する為に行動する必要があるが、神自体なら全ての必然性さえも自由に出来るから、不都合自体が起きないならば、戦うという行動に意味を見いだせないぞ。」
「は……えっと……」
「抑々前提として全を一にする事は不可能だ。『神』だって一でないのだから、エントロピー増大の法則に則れば、戦いに依って秩序を生み出す事自体非常に原始的だ。神様は戦いでカタルシスを得られるのか?」
「えーっと……それは……」
「ならば神様の思う『神』とは……(以下略)」
はい、皆さんお疲れ様でした。僕らも大変でした。作者も大変でした。
結果は言わなくても分かると思いますが、神様の不戦敗でした★
あ、神様ならいま足元に倒れています。ひゅーひゅー息をしてます。
「なんだ、対決するって言うからどんなものかと思ったが、戦う前から元気無くしちゃあ駄目だよな。」
直樹さんはイケメンスマイルを見せてくるものの、もはや恐怖すら覚えます。
要約すると、前提条件などを聞き出す段階で神様が力尽きたのです。
地に這いつくばった神様はげっそりしてます。僕もげっそりしてます。
「な、直樹さんはケンカとかも強そうですね……」
「……実際には、喧嘩をする前に離れていくものだけどな。」
目の前でラーメンをすする直樹さんは、どこか寂しげな表情をしています。
感情が無いと言っていましたが、僕には直樹さんの感情のようなものが見えて、
それが存在するとしたら、そのほとんどが「悲しみ」だと思います。
「で、なんか困ってんの?」
これまで黙って見ていたうのぽんが、直樹さんに聞きました。
直樹さんは無表情のまま、食事をする片手間の様に答えます。
「別に?ただ俺という存在は、周りにとっては迷惑なんだろうと思う。」
「いーじゃん。俺は最強だ、ってふんぞり返ってれば良いんじゃね?」
……また、何というかうのぽんは他人事というか……。
直樹さんも目が点になってます。
「俺はそれでも良いが、周りは「そういうの」嫌いなんだろ?よく分からないけどさ。」
「それで嫌われたとしても、別に気にならなくね?分かんないんならね。」
「…………」
あ、あの、初対面の人にビシバシ言うのやめて下さい……。
ほんと、うのぽんは物怖じしないっていうか何というか……
「まーともかく、周りはそこまで気にしてないんじゃん?深刻に考えてるのは、直樹くんぐらいだと思うけどね。」
……少なくとも僕は気にしてるんですが。
直樹さんは目線を下げたまま、ラーメンを食べ続けています。
慌て気味に口に入れた分だけ飲み込むと、イケメンスマイルを向けてきました。
「希望的観測だな。まあ、俺自身そうなる事を願ってるよ。」
「ま、応援はするからガンバレ。」
うのぽんが立ち上がったので、何となく居づらくて僕も立ち上がりました。
直樹さんにもうのぽんにも、思う事はあるようですね……。
あと誰かここに倒れてる神様片づけてくれませんか?あ、僕は嫌です。