ネガティブ・ニューカマー(6)
「いやー、俺の両親はなんとか省?ってとこに勤めててさー。俺の小さいころから、『奇跡の子』に関わってたんだよなー。」
正くん、ペラペラと過去を語り始めました。
ところで、当たり前のように僕の席に座り込んでますが、
あの、邪魔なんですけど……着替えたいんですけど……。
「ナオキは成績良すぎるし、空気も読めないからさー。……中学は辛かったみたいだよ。」
元気いっぱい!というイメージだった正くんですが、
そう言ってちょっと何かを思い出すようにうつむきました。
まあ、人に言えない過去なんて誰にもあるものです。
僕も豚小屋時代は壮絶でした。いつもエサの奪い合いで……
「みたいだよ……って、中学は別々だったのか?」
「そだよ。俺はあいつみたいに成績良くないからさー。それに、ナオキは高校行ってなかったしねー。」
「……高校行ってなかった?」
服を脱ぎだそうか迷っている僕を見もせずに、
達也さんが正くんと会話を進めていきます。
まるで僕は露出狂です。恥ずかしいけど、気持ちいいみたいな……
「コミュニケーション能力の再教育とかなんとかでさー。中学の頃にナオキが失敗したのは、教育委員会も予定外だったみたい。」
「……『奇跡』も大変だな。」
「まあ、こうしてナオキと同じ高校になったし、あいつが楽しんでくれれば一番良いんだけどさー。」
遠い目をして語る正くんは、直樹さんの良き友達ですね……。
こうやって思ってくれる方が居れば、大丈夫なんじゃないかと、
ちょっと甘いかもしれませんが、僕は思いました。
「みんな揃ってるな。なんかあったのか?」
そうこうしている内に、直樹さんが戻ってきました。
話の雰囲気には当然気づかず、いつも通りイケメンスマイルです。
「おせーよナオキ!用事あって来たのに、もう時間ないじゃんかー!」
「悪い悪い、それで用事って何だ?」
「ん?……えーっと……忘れたしー!」
気づいたんですけど、直樹さんのご友人とは言え、
正くんって結構おバカさんではないでしょうか?
僕もどっちかと言うとバカなので、こんな事言うのはおこがましいですが、
ポリポリと頭をかく様子がなんともおマヌケです。
「……ま、いいかー!それじゃまたなー!あんまりナオキを甘やかすと調子乗るから気を付けろよー!」
「おう、ありがとな正。」
「……何だ何だ?何話してたんだ?」
走っていく正くん、手を振る達也さんと僕たちの顔を見ている直樹さん。
なんかこの三人の関係性が面白いと感じるのは僕だけでしょうか?
「ってか、お前らもう正と仲良くなったんだな。」
「あ?……あいつが人懐っこいだけだろ。まったく。」
直樹さんが驚いてますが、僕は少なくともまだ打ち解けられてないので、
達也さんのコミュ力が高いからだと思いますぅ。はい。
さて、正くんも居なくなって僕も着替えられると思った所で、
担任の水郷先生がホームルームで帰って来ました。
「ホームルーム始めるぞ!ん……あれ、まだ着替えてない奴いるのか!何やってたんだ!」
す、すいませええん。こんなのばっかり。
さて、HRを終え、達也さんと簡単な会話を交わした後は、
ベンチ入りという叶わない夢を見ながらバットを振り、
キャッチボールで暴投して相手に嫌な顔をされつつ、
先輩に頭を下げていると、みるみる日が落ちていきました。
もし直樹さんが野球部だったら、こんな練習しなくても、
あっさりレギュラーを勝ち取って、得点王とかになる勢いなんだろうなあ、
……たぶんその嫉妬心から、みんな彼を避けていくのだろうなあ、
なんて事を思ってしまいました。
まあ僕の場合は、常人より出来ない事が多すぎるので、
日頃から嫉妬する気持ちさえ無くしてしまいましたけどね。あはは。
「あきらめたら、そこで試合終了じゃん。」
「……いや、あの何かそんな低いテンションで名ゼリフ言われても……」
寮の夕食時間。カツカレーを食べるうのぽん。本当に食べ方汚い。
直樹さんの……『奇跡の子』の事について、ちょっと伝えてみました。
あんまり言いふらすのって、良くないんですかね?
「完璧超人、俺は友達になりたいけどね。直樹くんだっけ?」
「……ええ、話せるようにはなれると思いますよ。ただ、話してて不思議な感じというか……」
「不思議な感じ?」
「うーん、何言っても響かないというか、ちゃんと聞いてるけどそうじゃないっていうか……」
「恒太の話がつまらんだけじゃね?」
「うっ……」
「つまらんくてリアクション取れないとか。苦笑いで精一杯とか。」
「や、やめて!もう恒太のHPはゼロよ!」
「古くね?」
「と、とにかく……多分心が無いって事なんだと思います。」
「ふーん。でも、カンタンに他人の言葉で心動かされるよーな人間もそれはそれでつまんないと思うけどね。」
うのぽんはそう言って一瞬僕の目を見た後、また手と口を動かし始めました。
え、何ですかそれは僕が簡単に心動かされるっていう事ですか?
確かに僕は達也さんに簡単に心奪われましたけど、でもそれとこれとは……
そもそも運命が……(略)出会った時……(略)それで……(大幅に略)、
ところでうのぽん、カツカレーを素手で食べてるんですけどインド人ですか?
「……別に恒太の事言ってるわけじゃないじゃん。」
「あ、そうなんですか。安心しました。じゃあスプーン使って。」
でも僕が思う心に響かないっていうのは、うのぽんが思ってるのと違って、
本当に聞いた耳から逆の耳へ通り抜けていくような感覚というか、
……うーん言葉にできないですね。
少なくとも、あんまり感情を出さずブレる事のないうのぽんとは、
また異質な反応をするのが直樹さんなわけです。
「奇跡か……おもしれーじゃん。」
「フハハハハハハハ!奇跡か!それすなわち神の二つ名であるぞ!」
…………。はい。来ましたね。
うのぽんも僕も、非常に落ち着いて食事を続けています。
真横から高らかな笑い声が、意外と小声で聞こえてきました。
眼鏡をクイクイ上げながら確実に距離を詰めてくるあの男。
「ハッ!神を奇跡と呼ぶとは!宇野君も分かってきたようだな!」
「呼んでねーじゃん。」
「ハッ!強がるでないぞ!神の前では体裁など無力!」
「そもそも神様の話なんてしてなくね?」
うのぽんの冷めた口調もさておき、無駄なハイテンションで僕らを襲うのは、
みんな大好き★自称神様こと上川大樹さんです。
「ハッ!ならばどこだ!奇跡を起こす異教徒の神は!落合君、答えたまえ!」
「ど、どこでしょうね……よく分からないですが……」
「地球の裏側とかじゃね?行ってらっしゃーい。」