ネガティブ・ニューカマー(5)
こっちが困るほどに質問攻めされた時、
好きな人をきかれてごまかした時、
達也さんと一緒に人の波に突っ込んでいくのを見た時、
……色んなタイミングで、何となく感じていました。
僕には直樹さんが苦しそうに笑っているように見えますが、
そんな感情も、無いという事なのでしょうか?
僕が何を言ったらいいか困っていると、達也さんが口を開きました。
「そうか……でも感情が無いと楽だろ?色んな悩みから解放されるのは羨ましい限りだぜ。」
「まあ、そんな単純な話なら良いんだけどさ。複雑な経歴とこの能力のせいで、軽蔑されることも多いわけよ……それも別にどうって事はないけどな。」
こんな直樹さんの表情を見て、僕は何も言えなくなりましたが、
達也さんは、めげずに向かっていきます。
「それは関係ないんじゃないか?おせっかいな奴の多い学校だしな、変な苦労はしないと思うぞ。」
「……そのうち分かるさ。『奇跡の子』なんて居ない方が良かったってな。」
いつの間にか日替わりランチを完食していた直樹さんは、
僕らが食べ終わるのも待たず、席を離れていきました。
僕と達也さんは顔を見合わせましたが、とりあえずお互いにまた食べ始めます。
「……『奇跡の子』か……まったく、おとぎ話みたいな話だぜ。」
「そうですね……でも、直樹さんは苦しんでいるみたいでした。」
「あいつが困ってるんなら助けてやりたいけどな。とりあえず、様子を見るか。」
そう言ってうどんを食べ続ける達也さんですが、
……空気を読めない達也さんですが、ただ純粋なだけではなくて、
とても友達思いだって事を、僕はよく知っているのでした。
「あ、握力75kg!」
「すげー……どうなってんだ?」
昼休みも終わって、四組と合同の体育です。
今日は新体力テストをやっているのですが、直樹さんの成績が圧倒的です。
僕はペアで記録を測る係なので、それを次々と書き留めているのですが、
シャトルラン140回、上体起こし45回、ハンドボール投げ56m……
「奇跡の子」っていう言葉が、ようやく現実味を帯びてきました。
「勉強も出来て運動も出来て、そのうえイケメンとか勝ち目なさすぎだぜ。」
達也さんが横から記録を覗いてそう言ってますが、
そもそもなんで達也さんは直樹さんと戦ってるのか分かりません。
ただ、さすがのクラスメイト達も、「奇跡の子」の事情を知らないためか、
ちょっと遠巻きに直樹さんを怪しむような目で見ているようです。
「恒太。次はお前の番だ。」
直樹さんはそんな周囲を見ることなく、僕に握力計を手渡してくれました。
……あまり気にしすぎても仕方ないのかなあ、なんて思いながら、
ふんと僕は力を込めてみました。41kg。
落ちこぼれの僕ですが、野球部をやらせて頂いてるので、
さすがに体力テストは平均レベルにまで持っていけますかね……。
「まあ、なかなかだな。」
直樹さんは毎回そんな感想を言いながら、記録用紙に数字を書いていきます。
うーん……人によってはこれがイヤミとかに感じるんでしょうけど、
日頃見下されてきた僕にとっては、この程度なんとも……
ところで、達也さんが顔を真っ赤にして握力計を握っていたので、
何となく見に行ってみました。数値を見ると23kg。
「くはっ!……まったく、これが俺の限界だぜ……」
達也さんがカッコつけていた上、息を切らしていらっしゃったので、
僕は何ともコメントできず、苦笑いするしかありませんでしたが、
体育の先生がとても温かい目で達也さんを見てました。つらたん。
「文化系インドア派の俺に体力テストは拷問すぎるぜ……」
「そ、そういえばそんなに運動得意じゃなかったんでしたっけ……」
「あ?まあな。最低限生きていければ問題ないだろ?」
チラッと記録用紙を見せていただくと、
ハンドボール投げ8m、上体起こし14回、シャトルラン31回……。
うーん……これほど体力が無いと、さすがに最低限生きていけないのでは?
そこで、僕がペアの直樹さんの所へ戻ろうとすると、
直樹さんはひとり遠くの山を見つめていました。
……やっぱり優秀すぎる人は避けられてしまうんですかねえ?
と思ったら、四組の人の方を見ていたようで、
(ちなみに、四組にはテル君らおなじみメンバーは居ないようで、
代わりに花園優希を始め、学年の中心級のド級メンバーが揃ってます)
誰かなと思ってみると、見覚えのないマスクの方でした。
さすがに遠いから顔がハッキリ見えないなと、少し近づいてみると、
マスクの方は別の方向を見ており、直樹さんも普通に振り返ったので、
なんだ気のせいかーなんて軽く考えていると、
「なるほど、恒太は達也ともっと話がしたいんだな?」
なんて事を急に直樹さんが言うもので、赤面してしまいました。
そういうのは思っても言わないでください……。
体育が終わって、達也さんと直樹さんが早々と教室へ戻って行く中、
僕はそこに何となく居たという理由だけで、片付けを押し付けられて、
究極に疲れを感じながら教室へ戻りました。
この後さらに部活もあって、グラウンドを走り回る事を考えると、
運動大好き★とは思えない僕は軽く死ねます。
特に今日は普段使わない筋肉を使ったので、いつもより疲れました。
やっとの事で教室に戻ると、独特の汗臭いニオイが僕を襲い、
その瞬間にもう息絶えそうになったものですが、
少し遠目に達也さんが上半身裸でタオルで汗を拭いてるのを見て、
……ちょっと元気を取り戻しました。色んな意味で。
達也さんってほんとにスリムなんですよね。
色白でスラッとしてて、悪く言えばヒョロくて弱っちいのですが、
かといってそこまでガリガリでも無く……。
一年の時は、運が良くなければ達也さんの裸を見ることは叶わず、
同じクラスになって見放題になったのは嬉しいのですが、
あんまり凝視しすぎて怪しまれたら即110番なので気を付けます。
「よー!ってあれ、ナオキいないなー。」
そんな挙動不審な僕に、そばのドアから声をかけてきたのは、
確か直樹さんの幼なじみだという……えーっと奥野正さんです。
「お前、ナオキと一緒に居たよなー?ナオキ知らねー?」
「……そういえば姿が無いですね。トイレでしょうか……」
「誰かと思えば、いつぞやの正くんか。」
いつの間にか僕の隣に達也さんが立っていました。
シャツのボタンがまだ留めきれていなくて、へそチラしてます。セクシー。
ところで達也さん、すごい上から目線ですね。びっくりしました。
「ちょうど良かった。直樹の過去……いろいろ教えてもらおうか。」
「へ、いきなり何言ってんのー?」
……達也さんお願いです、空気読んでください。