ネガティブ・ニューカマー(4)
また新しい朝がやって来ました。僕は教室のドアを開けます。
今日は特に休み明けテストが帰って来る日でもあるので、
余計に気が重いです。朝普通に三吐きしま……
「よく眠れた?」
直樹さんが食い気味で話しかけてきました。
僕が教室に入ると気配を察知して振り向いてくるので、
正直気が休まる暇もありません。
ただ、ふんわりセットしてある薄茶髪モデル系ヘアスタイルや、
ちょっと上がった口角から繰り出されるイケメンスマイルには慣れてきました。
そういえばここに上がってくるときに変な噂を聞きました。
超絶優等生で連続一位を取り続けている花園優希を抜いて、
休み明けテストにおいて何と全教科満点で一位を取った男が居ると。
しかもどうやらその男は転校生だという話です。
転校生は全部で七人いるそうなので、直樹さんや、昨日の奥野君以外にも、
不思議な雰囲気を持った方がそれぞれいてもおかしくはないですよね。
「直樹さん、他にも転校生の中に知り合いは居るんですか?」
「ああ……居ないよ。」
「そうですか……奥野君と一緒に転校して来たって、すごい偶然ですよね……」
「まあそうだな。」
……優等生の世界なんて、僕には縁のない世界ですし、
目の前のイケメンを相手取るだけでも精一杯です。
しかし本当に直樹さんはイケメンだと思います。
肌なんてきめ細かくて、鼻も高く、顔立ちも整っていて……
思わずそんな直樹さんに見とれていると、僕の左肩に後ろから手が置かれ、
その高い体温で、振り向かなくても達也さんだと分かりました。
「よう恒太。テストって何で俺たちの手元に戻ってくるのか……まったく。」
「当たり前の事だと思いますけど……おはようございます。」
僕は入り口そばの席に居るので、達也さんが教室に入って来る時に、
僕に声をかけてくれるのは日課になっているようです。嬉しい限りです。
そんなこんなで軽く言葉を交わしていると、担任の水郷先生が入って来て、
朝のホームルームが始まりました。間髪入れずにテスト返しです。
「よりによって一気に返って来るんだぜ……」と絶望していた、
達也さんの横顔が浮かびました。
名前順に次々とテストを受け取りに行くわけですが、
僕の前の直樹さんが席を立ち、先生の前に立った時に、
……「その事実」が明かされたのです。
「おう織田、お前すごいな!全教科100点で300点満点だぞ!よく頑張ったじゃないか!」
「ああ、ありがとうございます。」
非常に落ち着いている直樹さんとは対照的に、クラスは一気にざわつきました。
少し離れた達也さんが僕の方を振り返って、目を真ん丸にしています。
僕はゆっくりと帰って来る直樹さんの顔を見上げます。
「……な、直樹さん……すごいですね……」
「ああ……そう思うか?」
その一瞬でした。直樹さんの目が不思議に光ったように見えたのです。
見たことのない表情に、僕は金縛りにあってしまい、
そのまま直樹さんが前を向き直っても、僕は身動きが取れませんで……
「おい落合!何してる、早く来い!」
「あ、すみませんすみません」
なかなかテストを取りにいかなかった為、先生に怒られました★
……まあ、気のせいですよね、きっと。
HR後には、直樹さんの周りに人が群がったのですが、
しかしながら直樹さんは、彼らに冷めた目線を送るばかりでした――。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「『奇跡の子』って知ってる?」
お昼の食堂で、直樹さんが突然ポツリと言いました。
もちろんそんな単語を訊いたこともない僕や達也さんは首を横に振ります。
「国家規模で行われている、人為的に『奇跡』を作り出すプログラム。遺伝子操作をして生まれた子供に、ありとあらゆる教育を施すことで、作り出された『完璧』……それこそが『奇跡の子』だ。」
少しうつむきがちで、目の前の日替わりランチに手を付けることも無く、
直樹さんは淡々と語っていきます。
構わず僕はカレー、達也さんはうどんを食べてますが、
ちょっと僕ら空気読めてないですかね?箸を止めたほうがいい気が……
「で?直樹、それが何なんだよ?」
「『奇跡の子』第一号、織田直樹――それが、俺の正体だ。」
……正直、話の展開は読めましたが、
さすがに驚いた一方で、何となく納得してしまいました。
全教科100点というのは、どう考えても『奇跡』としか思えません。
それを人為的に引き起こせるのが、目の前に居る直樹さんなわけです……。
「昨日会った、正の両親は『奇跡の子』プログラムに関わっている。今まで施設に居た俺が、普通の学校でどのような取り組みを見せ、どう適応していくか。それを観察するのが彼らの役目だ。」
「……奥野君もですか?」
「まあ一応。俺がこの学校に転校することが決まった瞬間に、正の転校も決まった。……切っても離れない『腐れ縁』だな。」
それは腐れ縁とは少し違う気がしますが、
一緒に転校、という珍しい出来事の裏には、そんな事情があったんですね。
僕は思ったままに、また「あの言葉」を言いました。
「……すごいですね、直樹さん……」
それと同時に、また直樹さんの表情が変わりました。
鋭い目線。凍てつくような、そのオーラ。
テストが返って来たあの時も、僕は「すごいですね」と言い、
今と同じ目を、向けられたのでした。
「そうだよな。世の中は不平等だぜ、まったく……イケメンにそんな『奇跡』の才能があるなんてな……」
この冷え切った空気に気づくことなく、達也さんがストレートに言いました。
僕もちょっとそう思って、でも言わないでおいたので、
それを素直に言葉にする達也さんはある意味すごいと思います。
……ある意味。ここ大事です。おかげで直樹さんの表情はひきつるばかり★
「……なあ、何にも副作用が無いと思うか?」
「え?」
「『奇跡の子』実験に、どんなデメリットがあると思う?」
直樹さんは笑って見せましたが、その目は全く笑ってはいませんでした。
……デメリット。奇跡を引き起こせる天才になれるのならば、
どんなデメリットがあったって良い気もしますが、
どうやらそのデメリットが直樹さんを苦しめているようですね。
「見当もつかんな。何だ?……特に困ってるようには見えんぞ。」
達也さんは首をかしげてそう言いました。
……正直に言うと、僕は少しだけ、答えが分かっていました。
まだ数日とはいえ、この学校で恐らく一番直樹さんと接して、
彼の今までの行動を思い出すと、ある事に気づいたわけです。
直樹さんはふうとため息をつき、逆にあっさりした様子で、
それもとびきりのイケメンスマイルをつけて、言いました。
「感情が……心が無いんだよ。」