色恋沙汰に神降臨(10)
『なーに言ってんだか。』
『……は?』
『その程度で、和佳子様のハートを射止められるとでも思ってたんなら、アンタもとんだ幸せ者よね。バカバカしい。』
……月山先輩がその性格を崩すことは無かった。
長い事付き添って来た幼なじみの渋谷先輩が、
彼女のためにこれほどまで変わっていたというのに。
『ま、ただ勘違いして欲しくないのは、私はアンタの事なんか手に取るように分かってたって事よ。』
『……え?』
『十年以上の幼なじみの事なんて分かるって言ってるの。ただアンタが高校デビューして、色んな女に手を出し始めた時は、私が高嶺の花だって気づいて、諦めたのかとは思ったけどね?』
『高嶺の花……って……』
『でもさすがは和佳子。弱虫はーちゃんの心はバッチリ掴んで、私を振り向かせるために色々と頑張らせたって事ね!私の美貌は留まる事を知らないわ!』
『……お前ほんと……変わんねェよな……』
『さて、めでたくはーちゃんが私にフラれた所で、ギャラリーの皆さんには退場してもらおうかしら?』
……マズイ!と思ったその瞬間には、生徒会室の戸が開き、
女王のような出で立ちで、月山和佳子がそこに立っていた。
神、綿華、渡、飯島の四人が、隠れる暇もなく彼女に見下される。
それから少し遠くに座っている渋谷先輩も、驚いてこちらを見ている。
「……てめェら……人の不幸がそんなに面白ェか!!」
真っ赤な顔をした渋谷先輩が、今にも殴りかかろうとしてきたため、
聞き耳を立てていた四人は一斉に散らばった。
神も一生懸命走った。ああいうチャラ男は敵に回すと面倒だ!
全力疾走なう!北校舎に逃げ込むぞ!
「……はーちゃんの……いや、渋谷の頑張り、認めてあげなくもないけどね。」
「あ?フラれ続けてもまだ好きでいる程、俺は……」
「そんなんで諦めるような男なら、初めから一緒に居ないわよ。……もし渋谷が私に相応しい男になったら、もう一度チャンスをあげなくもないわ。」
「……おい、それって……」
「じゃ、高嶺の花を目指して、せいぜい頑張る事ね。」
月山和佳子は一つ投げキッスして、渋谷を残し立ち去った。
渋谷隼人は一大イベントを終えて、力なくそこに座り込み、
そして飛んできたキスの意味を、考えるのだった――。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「……ハッ!これに懲りて、少しは大人しくなる事だな。」
「何よ?煮え切らなかった渋谷先輩に、決断させてあげただけじゃない!」
「ハッ!人の決断を勝手に変えておいて、図々しいにも程があるぞ!何人この騒動に巻き込んだと思ってるのだ!」
「ちゃんと飯島先輩と渡君には謝ったんだから良いでしょ?神様ったらグチグチうるさいんだから……」
こっちは君の為を思って言っているのだぞ。
誰かのために思い立ったらすぐ暴走!なんて性格、
今後もずっと誰かに迷惑をかけ続けるに違いないではないか。
その「誰か」が神であるから、今はまだ良いものを、
一般人では彼女のエネルギーに気圧されて、トラブルが大きくなりかねん。
とにかく、生徒会室から一目散に逃げた神らは、
二年のフロアのある北校舎を息を切らして歩いていた。
ただ、もう用事もなく、帰るだけなので、
そのまま真っ直ぐに階段を下りることにした。
生徒会室にまだ未練のある綿華君を引っ張りながら、だが。
「……あ……」
階段を降りたところで、見覚えのある生徒が向こうから歩いてきた。
神と同室の石川君だ。か細い声を出して驚いている。
「ハッ!石川君ではないか。どうした、わざわざ北校舎に?」
「……いや、忘れ物を取りに来て……」
そうか。……いや、待てよ?
北校舎は二年生フロアだ。一年生フロアはここでは無く、東校舎のはずだが。
すれ違いざまに、寮ではあまり見たことのなかった制服姿が目に留まった。
学校指定の彼のネクタイピンは赤かった。神や、綿華君と同じ色だ。
すぐに神はどういう事かを理解した。それを口にしたのは綿華君だった。
「ねえ、石川君って、もしかしてあたし達と同じ二年なの?」
「ハッ!……そのようだな。確かに今年は一年生の入寮者が少なく、わずかに二年生同士一緒にいる部屋もあるとは聞くが……」
「神様、自分がそうだって事気付かなかったってわけね。洞察力なさすぎ。」
「し、仕方なかろう!あんな挙動不審な子が二年生だとは思わん上、神は同じ学年の生徒くらいすべて把握している。ただ石川君の事は……」
そこで神はまた事情を把握すると同時に、
振り返って、彼が二年五組の教室へ入っていくのを見た。
……今年は二年生に転校生が七名居る。
一組に二名、二組に二名、三組に一名、四組に一名、五組に一名だ。
中でも三組の転校生、織田直樹に関しては、寮生活をしているし、
転校生が寮に入るケースは決して珍しくない……。
「……ハッ!どうやら彼も、転校生の一人の様だな……」
「あら……じゃあ新入生同様、学校の事を知らなくても当然って事ね?」
「ハッ!だとしたら腑に落ちん事がある。彼は何かに怯える風にして、わざと気配を消しているように見えたのだ……我らが学年ならそんな事は……」
「……神様と綿華。こんなところでどうした?」
遠くの方から、ギターを背負った長瀬君が近づいてくる。
とうとう自分で買ったらしいギターを見せびらかしたかったのかは別として、
客観的に見れば、五組の方を見つめて立ち止まっている神らは不審だ。
ふと長瀬君も神らと同じように、五組の方を見つめた。
「一組から四組までは二階にあるのに、五組は一階にあって接点がないな……良助の姿をあまり見なくなったのはそのせいか、まったく……」
良助。脇坂君だな。強面な彼は何度も落合君を脅かしたという。
……まさか同じクラスの彼が、石川君に何か……
いや、そんな事はありえんか。落ち着いて考えてみれば分かる事だ。
彼は、何の接点もない生徒に、手を出すような非道な人間ではない。
ぼんやりしていると、石川君が五組から出て、こちらへ戻って来る。
「……まだ居たの?……ていうか、同じ学年だったんだね……エラそうにしてるから上級生かと思ってた……」
「ハッ!ひと言多いぞ。では寮まで帰りつつ、石川君の事を教えてもらおう。」
「ちょっと、あたしに注意するなら、神様も強引なマネはやめなさいよ!」
「……し、慎悟……?」
その言葉は、長瀬君の口から発せられたものだった。
長瀬君と石川君、二人はお互いの顔を見合わせて、驚いているようだった。
「……達也……元気そう、だね……」
「何でお前、ここに……ってか、お前ら知り合いだったのか?」
「ハッ!……長瀬君こそ、というより『慎悟』とは……」
「ああ、こいつは『石川慎悟』。俺の最後の幼なじみだ。」




