色恋沙汰に神降臨(9)
とりあえずは鈴木・野上の両名の正体がそれなりに分かった所で、
トラブルだらけの週は終わり、あっという間に週末を越して、
さらに日が経って水曜日がやって来た。
そう、初回の委員会前、最後の執行部会が開かれる日である。
三年の菊池先輩、飯島先輩、渋谷先輩は堂々と落ち着いたもので、
二年の渡、勝村、翔ちゃん、綿華君らもその日までに準備をしてきており、
概ね委員会は滞りなく迎えられそうだ、という結論で、
花園会長の合図で無事執行部会が終わった、のだが。
「……あー渡ちゃん。一年前の文化委員会のデータが無いんだけど、知らないかな?」
「ああ、確かそこの戸棚の奥にあったと思いますが。」
「俺もそんな気がするんだけどさ、見つかんなくてさ。」
「仕方ない、僕が見てみましょうか。」
文化委員長の飯島先輩と、渡が二人で探し物を始める。
あまり他人と接点を作りたがらなかった渡が、
ああやって先輩と絡む(絡まれる)ようになったのは良い事かもしれんな。
さて、神は特に用事もないので、このまま帰るとするか……。
と、何気なく綿華君の方を見ると、さっきの二人を何やら変な目で見ている。
かと思えば、彼女は変な笑みを浮かべながら二人に近づいていく。
「無い。……おかしいな……」
「無いっしょ?どっかやったっけ……ん?綿華ちゃんどしたの?」
「……お二人が探してる書類、三年会議室で見たような気がします……」
「……僕の記憶では、誰かが持ち出した覚えは無いが。」
「渡ちゃん、とりあえず行ってみようよ。綿華ちゃんサンキュ!」
首を傾げる渡、迷わず歩き出した飯島先輩、
そしてそんな二人を不気味な笑顔で送り出した綿華君。
続いて彼女は後ろを向いて、帰る準備を始めていた渋谷先輩に近づいた。
「あ、渋谷先輩……この前教えてもらった資料なんですけど、自分で作ってみたので、良かったらチェックしてもらえませんか?」
「……なんだ、仕方ねェなァ。」
「それで、ちょっとこの後用事があるので、ダメなところあったら赤線引いて、あたしの席に置いてもらえません?」
「あ?別に良いけどよ。」
綿華君は一度頭を下げた後、すごい形相でこちらを見てきた。
訳も分からずその目を見返した神に、急接近した綿華君は、
そのまま神の手を取り、生徒会室の外へと駆けだした。
「ハッ!何なんだ君は!」
「シッ……始まるわよ。」
彼女は生徒会室のドア先で足を止め、鞄を置いて、
閉めたドアにもう一度近づいて、耳をピッタリと戸につけた。
……飯島先輩と渡を追い出して、渋谷先輩に無理矢理仕事を頼んで、
生徒会室に残っているのは、今もチェックを続けてくれている渋谷先輩と、
それから……イライラしながら何かを待っていた月山先輩?
また嫌な予感がした。綿華君の不敵な笑みが、不安を増幅させる。
『それで、話って何なのよ?』
室内の月山先輩と思われる声が切り出した。
その言葉で神は、ほとんどを理解した。
『……はァ?……別に、話なんて』
『サユから聞いたわよ。何か言いたいことがあるんでしょ?』
……綿華君、実に悪い女だ、君は。
その気がないなら、強引にその気にさせてしまおうという事か?
しかし今の言葉で、渋谷先輩も気づいたことだろう。
そう綿華君の思い通りに事は進まんぞ。
『……綿華か……余計な事しやがって。』
『あんた、他校の女の子じゃ飽き足らず、今度は下級生にまで手出すつもり?陰気で弱虫なはーちゃんが、やるようになったのね!』
……話を聞いてから疑問に思っていたのだが、
こんなに気が強く、綿華君以上に性格の悪い月山先輩を、
渋谷先輩はどうして幼いころから好きでいられたのだろうか?
『おいコラ……いつまで過去の事をちまちま言ってんだ?目の前に居るのは女ったらしのヤリチン渋谷様だぜ?』
『はぁ……馬鹿じゃないの?そうやって自分の価値を下げない方が良いわよ?どっちにしろ、私がアンタと幼なじみって情報は、大女優和佳子様のスキャンダルになるの。こうやって変な接触はしないでちょうだい。』
「ハッ!良くも悪くも似た者同士だな。」
「神様黙って!……でも月山先輩、帰る準備し始めたみたいね。やっぱり二人には、まともな恋愛は出来ないのかな?」
残念なような、悲しそうな、変な表情をしている綿華君。
先輩の事まで気に掛けるとは……どこまでお節介なんだ、君は。
『……たじゃねェかよ……』
『なに?』
『お前、言ったじゃねェかよ!「陰気な奴は嫌いだ」って……俺だってどうすりゃ良いか、分かんなかったんだよ!』
……意外な展開。神は綿華君と顔を見合わせた。
月山先輩の片付けの音も聞こえなくなった。
『……はーちゃん……』
『その呼び方、やめろよ……陰気で弱虫な自分を変えようとしてんだよ。そうでもしねェと……』
あと一言。それを言えば、また何かが変わる。
思わず神も、綿華君と一緒になって生徒会室内の状況を見守っていた。
『……そうでもしないと、何なのよ?』
『……月山に……お前に……振り向いてもらえねェんだろ!』
廊下の向こう側から、二人の男子生徒が歩いてやって来る。
どうやら飯島先輩と渡のようだ。やはり綿華君のあれは狂言だったか。
渡が怪訝な表情をして、生徒会室の戸に張り付いている神らを見ていた。
「三年会議室は一通り見たが、そもそも別の委員会のファイルを、無関係なはずの綿華が知っているとは思えないが……何のつもりだ?」
「いや、渡君、それは……その……」
「あまり僕をからかうのはやめてもらおうか。さて、引き続き生徒会室内を探させてもらうよ……」
「ちょ、渡君今は!」
「渡ちゃん、ちょっと待ってみようか?」
何も伝えていないはずの飯島先輩が、渡を止めた。やはり察しが良いな。
その言葉にはウインクが添えられて、渡も室内の状況を悟ったようだった。
長い静寂に包まれていた生徒会室。月山先輩が、その静寂を破った――。