色恋沙汰に神降臨(1)
神だァァァァァァ!!神だ神だ神だ神だ私は神だァァァァ!
上川大樹とは世を忍ぶ仮の名!人間に化ける名でしかない!
そう上川とは神の御名!さあ叫べ、神の名を叫ぶのだァァァァ!
「ちょっと静かにしてもらえないかな……?」
クリクリした目が印象的な同室の生徒が、ポロリと零した。
神のお告げを邪魔するとはいい度胸!しかも下級生が!
「ハッ!この部屋では神が規律!人間がそれを破っていいルールはどこにも存在しないのだよ!ふははははははははは!」
「神様うるせーじゃん。下級生イジめんなし。」
「そ、そうですよ……可哀想です……」
そんな神の部屋に立ち入ったのは、同じ二年の宇野君と落合君。
もう春だというのにカーディガンを着てお洒落に余念がない男の方が、
うのぽんと呼ばれることも多く、神に信心深い宇野君で、
坊主頭で見るも哀れな下がり眉、腰の低い男の方が、
神が作りし教団の幹部で、布教に励む落合君である。
「今変な紹介したんじゃね?」
「神様の事だから信心深いとか布教とか言ってそうです。」
「ハッ!心配に及ばぬ!神はいつでも正しく、物事を捉えるからな!」
「どうでも良いんですけど、まだうるさい……」
怪訝な顔をしてベッドの上からこちらをうかがうのは、
先ほど神におそれ多くも食って掛かった下級生、石川君だ。
「おのれまだ言うか!神の制裁を……」
「神様うるせーじゃん。君、良かったら夜一緒に食べねー?」
宇野君の好意で部屋にこもりがちな石川君を部屋から連れ出し、
そのままついでに夕飯を一緒に食べることになった。
勿論神は!下界のものをやすやすと食べ、見下されるわけにはいかんから!
あくまでついて行くだけであって、食事中は立って待っておるがな!
「神様立ってると邪魔じゃん。ホント要らなくね?」
「ハッ!最近宇野君が辛辣すぎて涙が出るぞ!」
「でも、なんかますます過激になってて怖いです……下級生イジメなんて良くないですよ……」
「ハッ!イジメてなどおらんわ!」
「イジメられてなんか無いよ……今日はちょっと上川さんが騒いでて、ちょっと文句言っただけ……」
石川君は澄ました顔をして、うどんをすすっている。
しかし……石川君は見るからに細くて、虚弱そうな子だ。
このような子は普通、入学してすぐこんな神のような人物に出会ったら、
仰天して叫びまわり、神がために泣き叫ぶような……
「石川君だっけ?学校にはもう慣れたんじゃね?」
「……変わった人が多くてビックリする……」
「あ、神様の事は忘れたほうが良いじゃん!」
「ハッ!宇野君?ちょっとそろそろ神様傷つく。」
「でも、学年の違う生徒が寮の同じ部屋になるってルール、なくなりませんかねえ?……僕も去年、先輩に相当気を遣いましたし、石川君も神様相手だと大変だと思います……」
「それは恒太がビビりなだけじゃね?」
「ならお前菊池先輩と一年過ごしてみろよ。即死するぞ。あ、そんな事ないと思いますよ★」
たまに落合君は心の声が漏れるから恐くて敵わんぞ。
確かに、落合君は去年同室だった菊池先輩に、かわいがられたようだったがな。
ハッ!石川君はお構いなしに澄ました顔でうどんを食っている。
バルガクだから良いものの、他校では本当に虐められてしまうぞ?
「そういうの慣れてるから大丈夫です。……イジメなんて、今に始まったことでは無いから……」
「……石川君……」
落合君が何かを察したようだ。なるほど、本当にイジメ経験者だったか。
……何やら宇野君が神を見て何かを促している。
仕方ない、ここは神が一肌脱ぐしかないか。
「ハッ!ならばなおさら石川君、君を神徒に加えてやろうじゃないか!」
「……え?」
「神を信じる代わりに、神がいつ何時でも守ってやろう!ふははははは!神の援護は心強いぞ!どうだ?」
「……遠慮しときます。迷惑かけたくないし。」
「む……は、ハッ!強がりは良くない!神が君の事を」
「気持ちだけで十分です。それじゃ……」
石川は神の手を取ることなく、自分の部屋(神の部屋)へと帰っていった。
それと同時に溜息をつく宇野君、落合君。
「ハッ!な、なんだその溜息は!」
「神様不器用すぎじゃね?もうちょっとやり方あったじゃん。」
「そうですよ……あそこまであからさまに言われると、石川君だって困るっていうか……」
「し、しかしだな……」
「まーでもバルガクは特殊な学校じゃん?あんなちょっと暗いだけの子、色んな頭おかしい奴らの中では霞んじゃうだろうし、最悪の事態は起こらないんじゃね?」
「……そうですね……もしバルガクじゃなかったら僕なんて今頃豚小屋で飼育されて豚肉を搾取されてそのままのたれ死んで」
「ちょっと恒太エグすぎじゃね?いつもそれ考えてるなら引く。」
宇野君と落合君の団欒はともかくとして、
石川君のあの態度は気掛かりであるな……。
まあ神と石川君は同じ部屋。異変があったらすぐ分かるか……。
「そういや綿華さんが動き出したらしーじゃん。テル君を助けるんだっけ?」
「あ、そうなんですか?……いやあテル君にとっては頼もしい味方でしょうね。テル君はすぐに自分で抱え込んじゃうので、いい相談相手が居ればとは思っていたのですが……」
「ハッ!彼女は少々お節介すぎる。月山君に余計なことまで言わないか心配ではあるがな。」
……綿華小百合はハイテンションで少々頭のおかしい女子に見せかけて、
実は思慮深く、色々な物事に敏感な、スーパー女子だ。
神の幼なじみでもある。小さいころからお互いに支え合ってきたものだ。
残念ながら神も綿華君も同性愛者であるために、恋愛対象にはなりえんが。
「確かに、洋次君最近『お嬢』とつるんでばっかで、テル君が見たら勘違いしちゃいそーじゃん。」
「……『お嬢』?何ですかそれ新しい豚肉の種類ですか」
「ハッ!うちのクラスに居るのだよ。何処やの財閥のお嬢様が転校してきてな。名前の近かった住田君を突然『召使』に任命した強者だ。」
「……洋次君、よく言うこと聞いてますね……僕だったら恐ろしくて洋次君をこき使うなんて……ひいい」
「ハッ!所詮奴も男。『お嬢』の巨乳に目が眩んだんだろうよ。」
「ま、仕方ないんじゃね?テル君より柔らかそーじゃん。」
「ちょ、うのぽん何言ってんですか!」
落合君と一緒になって、噂話に花を咲かせる宇野君だが、
そんな彼についても、気になる事が一つあるのである。
「ハッ!そんな宇野君こそ、野上結衣とかいう女子と親しげにしているではないか。彼女は出来たばかりの軽音部員、他に友人も少ないようだが……?」
「え、うのぽんもこっそり女の子とイチャイチャしてるなんて何それ許せない」
「ああ、あれは何でもねーじゃん。気にしなくていーよ。」
カラッとした表情で笑ううのぽんが、逆に怪しく思える。
ふふふ……神の包囲網から逃れられると思うなよ!
春は恋の季節!色恋沙汰に首を突っ込んでみようではないか!