光と影(7)
結局、教室移動中に話しかけてきた変な女子、綿華は、
「私のことを覚えてる?」、「気になる人はいるの?」なんて、
変な質問を僕にしてきて、それから女子のグループに消えていった。
以前、達也の家で行われたクリスマスパーティに、
同じクラスだった落合に誘われて行ったけれど、
確かそこに唯一来ていた女子が彼女だったように思う。
また、何の因果かしらないが執行部に入っている姉和佳子が、
ショッピングと言いながら、たまに荷物持ちに連れ出す女子が一人居て、
それがまた、あの綿華小百合だった覚えがある。
僕の事はある程度認識していて、これをきっかけに接近してきたのだろうか。
……深読みしても仕方ない。確か相当騒がしい女子だ。
面倒なのに絡まれた。しばらくは目立たず気配を消そう……。
なんて思っていると、また別の移動教室から戻って来たお昼、
今度は自分の席の真ん前に、綿華が位置取っていた。
……こんな事なら深読みしておくべきだったか。
「お帰りテル君!あ、テル君って呼んでも良い?」
「……良いけど~。」
「良かった!あ、あたしの事は綿華さんでも小百合ちゃんでもお姉さまでも何でも好きなように呼んでね!」
「う、うん~。」
「でもテル君にはうっとうしい、なんて言ったら失礼だけどお姉さまが居るわよね?じゃあお姉さまはダメか……」
「……和佳子の事は、別に家族なんて思ってないから~。」
「あ、やっぱり?テル君うるさいお姉ちゃんの事嫌いそうだもんね!あ、もしかしてあたしもうるさいから嫌かしら?」
……何なんだろう、この人は。
僕が出している嫌な雰囲気を感じ取ってもなお、話しかけてくるのか。
「……そ、それで何の用なの~?」
「え?あっはっはっ!用とかじゃなくて、ほらあたし、友達作るの苦手だからさ!ちょっとでも顔見知りの子が居ると、甘えたくなっちゃうわけよ!」
さっき女子グループにあっさり溶け込んでいたように思えたので、
どうやら嘘をついてでも、彼女は僕と話がしたいらしい。
豪快に笑う彼女は、僕の目の前から離れてくれそうには無かった。
「あ、でもテル君が一緒に食べる人が居るなら迷惑よね、大丈夫?」
「……僕には居ないから、大丈夫だよ~。」
「あ、そうなの?あれ、でも……確かテル君って……」
「……恋人とは一緒には食べないよ~。」
釘を刺しておいた。綿華は、僕と洋次が二人で居る所をパーティで見ている。
恐らく恋人関係だという事も、達也や落合たちの口から洩れているだろう。
……だからこそ、白々しく近づいてきたのが不審なのであって。
「あれ、何で恋人と一緒に食べないの?」
僕が困る事を知っていて、こんな風に心から不思議そうな、
純真な目を、彼女は僕に向けてくるのだ。
「……絶対迷惑だし~。向こうは向こうで友達が居るだろうからさ~。」
「あら!そんなの僕は恋人です!って主張してやればいいのよ!」
「それが出来れば苦労しないよ~。」
「そう?テル君の言う事なら何でも聞いてくれそうじゃない?」
「そんな事ないよ~。」
……もしそうだとしても、主張する自分にはなりたくないからであって。
僕らの関係が上手くいってたら、最初から悩む事なんて無いんだろうけれど。
「案外、テル君我慢してるでしょ!」
「……!」
「我慢は体に毒だから、どんどん発散しちゃった方が良いわよ!」
「そ、そんな事……」
「よーテル君!なんか盛り上がってんなー!」
すごいテンションで僕らの間に身体を乗り出してきたのは、奥野だった。
さすがに綿華も驚いて身を引く。……助かった。
やっと僕も弁当を食べることに集中できそうだし、
……不意に本心を突かれて、どうしようかと思った所だ。
「あら、奥野君だったっけ?軽音部盛り上がってたわね。」
「ありがとなー!それで、お前はー?」
「ああ、綿華よ。奥野君、転校生だからちょっと話しかけづらかったんだけど、明るい人ね!よろしく。」
「変な名前だなー!よろしく!」
二人の話が盛り上がり始めたところで、僕は箸を動かし、
やっと少しずつ食べることが出来……。
「ところでテル君ー!助けてくれよー!」
「な、何なの~?」
「いや、入部希望者が部室に殺到してさー!メシどころじゃ無いしー!」
「……え~?」
「織田と達也が必死で対応してくれてるけど、正直人手が足りなくてさー!今慌てて戻って来たってところなんだしー!」
「あ、そ、そうなんだ~。」
「いや、来てくれよー!よし、行こうぜー!」
僕の手を強引に取った奥野は、僕が食事中なのはお構いなく、
全力で僕の手を引っ張って、教室の外へと走り出す。
抵抗するのも諦めた僕は、そのまま奥野に引っ張られ後を追った。
○ ○ ○ ○ ○ ○
その背後に、月山和輝に会いに来た住田洋次が偶然立っていて、
疑わしい目つきで見ているとは知らず。
「軽音部が忙しいらしいわよ。なんか慌てて飛んで行っちゃった。」
そんな住田の怪しげな表情を読み取った綿華が、
ドアの所まで出て来て、彼に一言添える。
ハッと我に返ったらしい住田は、慌てて弁解した。
「べ、別に……俺は何とも。」
「そんな恨めしい顔をしておきながら、何ともはないでしょ……たっちゃんの苦労もちょっと分かった気がするわ。世話が焼けるんだから。」
「……たっちゃん?お、お前は……」
住田が怪しげに綿華を見たところで、彼女はひらひらと手を振った。
「あたしはただの通りすがりよ。クリスマスパーティでお会いしたかしら?
テル君を追っかけるのに必死な、住田洋次君?」
「……!」
「ああ、あなたちょっと気を付けたほうが良いわよ。このままだと、テル君に変な誤解されちゃうと思うけど。」
「何のことだ?」
「何のことかは、あたしの親友があなたのクラスでちゃんと見てるわ。どういうつもりか知らないけど、誰にでもお節介焼くのはやめた方が良いわよ?」
「……!」
「気にするもしないも自由だけど、あたしは善意で忠告してるんだから、ちょっとは聞き入れた方が良いんじゃなくて?」
綿華が不審な表情で彼を見つめる。
どうやら彼女は、住田洋次の『何か』を知っているらしい。
そしてそれが、恐らく今後テルとの関係に傷を入れる物である事も。
「……俺は俺の思った通りに動く。誰かの言いなりにはならない。」
不敵な表情を返しながら、住田はそのまま自分のクラスへと戻って行った。
綿華は意味深な目をして、その後姿を見つめた。
「その考えが、どれほどテル君を傷つけるのかしら……?」