光と影(6)
疲れている僕の身体にムチ打って、僕は鞄を片手に学校へと向かう。
柔らかな朝の日差しは僕にはちょうど良くて、
安らぎを得られなかった自分の身体を、無理にでも動かすことが出来た。
今日はいよいよ「新入生歓迎会」。奥野の待ち望んだ発表の日。
その準備に僕が素直に向かっているのは、一人一人の責任が重いからか、
それとも何となく、あの個人プレーな空間が居心地が良いからか。
「テル君おはよー!キーボード運んでもらえるかー?」
「あ、うん~。」
学校に着くや否や、譜面台を持って渡り廊下を走る奥野の姿が目に入った。
言い出しっぺの彼はやはり準備もいち早く来ているようだ。
かと思えば、織田や野上、なんと達也の姿まで部室にはあって、
時間を守ったはずの僕が軽音楽部の最終到着者だった。
「ようテル……朝からご苦労様だぜ。」
「え、達也もね~。」
達也の前髪が汗で額に張り付いていた。織田と野上も黙々と作業している。
僕もすぐに一団に加わって、まずは自分の担当楽器の運搬から始めた。
徐々に太陽は上がり始め、準備する僕らを照りつけ、
そして校門の辺りが徐々に生徒の声で騒がしくなっていた――。
「新入生歓迎会」の舞台は体育館のステージ。
毎週ホームルームにあてられている月曜の一限を使って行う。
三年生を含む全学年が参加し、多くの生徒は授業が無くなったと喜びつつ、
自分の部活がちゃんとアピール出来るようにと祈っている。
部活を盛り上げるためには、新入生が必要だからなんだろう。
……僕なんかは、面倒にしか思わないけれど。
体育館のステージという限られた場所での部活動紹介、
先に始まった運動部のアピールのほとんどが、
簡単なラリーやパス、キャッチボールをする部員らの前で部長が説明、
という形を取るようで、正直つまらなかった。
野球部、サッカー部、テニス部、バスケ部といずれも退屈だったけれど、
水泳部は、全員水着で肉体美をアピールする作戦で、
ゲイの多いうちの高校はそれだけで盛り上がったようだ。
現二年生であるうちの学年が活躍した場面も多く、
卓球部は、神を名乗る(達也談)上川が現部長と互角のラリーを繰り広げ、
弓道部は、「才女」城崎が見事全ての矢を異なる的の中心に打ち付け、
剣道部は、高校生最強と言われる六道が他を圧倒する戦いぶりを見せた。
「なーテル君!意外と盛り上がってるよなー!」
「そうだね~。あんまり興味ないけどね~。」
話しかけてきた奥野に、率直に答えた。
奥野だって軽音がナンバーワンと思ってるから、今の時間を楽しむよりも、
早く自分たちの出番が来ないかと待ち望んでいるに決まっている。
「そろそろ準備に行くか。」
織田が腰を屈めて近づいてきた。その隣には達也も居た。
くじ引きの関係で、文化部の二番目になった僕らの出番もそろそろだ。
姉和佳子率いる演劇部の、すぐ後にやるのは気に食わないけれど。
舞台袖に着くと、野上がベースを片手に準備を始めていて、
それで僕らを合わせて、軽音部メンバー五人がきちんと揃った。
少し横を見ると豪華なドレスに身をまとった和佳子の姿があって、
僕と目を合わせるなり、ドヤ顔で勝ち誇ったように笑いかけてきた。
はあとため息をつくと、横からポンポンと奥野が肩を叩く。
「姉ちゃんの後って緊張するよなー!」
「え、別に~?」
「あれ、何やんのかなー!テル君の姉さん美人だしなー!」
「何でもいいよ~。自分たちの曲に集中したいし~。」
「おっ、テル君の言う通りだなー!頑張ろうぜー!」
勝手に熱くなる奥野。こういう奴は扱いやすい。
彼と一緒になって、達也も片手を突き上げているのが馬鹿らしかったけれど、
野上は薄笑いし、織田はいつもと変わらない微笑を浮かべて、
二人とも目の前の舞台に、冷めた目線を向ける姿が印象的ではあった。
演劇部がアピールを終えると、舞台が暗いうちに僕らはセッティングを終え、
すぐにライトが点いて、ギターボーカルの奥野が爆音を鳴らした。
ワックスでカチカチに固めた髪を光らせながら、彼は叫ぶ。
「行くぜイチバンボシー!『ファースト★スター』!」
どうやらバンド名らしいその合図とともに、ドラムの織田がスティックを打ち、
先ほどの演劇部が作り上げた優美な雰囲気を打ち壊す。
元々乱暴な音楽は好きじゃない僕ではあるけれど、
僕らを見て、舞台袖で唖然とする和佳子が視界に入ったので心地よかった。
達也はコードを追うのに一生懸命だが、割と様になっている。
野上のベースや織田のドラムは完璧すぎて言うことが無く、
僕もバンドに一体となって、パンクロックのリズムにのめり込んだ。
気づけば数人の生徒は立ち上がっていて、体育館は激しい熱気に包まれ、
次に出てくる吹奏楽部が戦々恐々としている。いい気味だ。
あっという間に曲が終わり、奥野がセンキュー!と叫ぶと、
体育館はワッと盛り上がって、あっという間にライブ会場と化した。
特に話す事を決めていなかった奥野に代わって、織田がマイクを取る。
「軽音楽部は結成したばかりなので、新しい事にチャレンジしたい新入生を待ってます!初心者でも俺たちがサポートするから、どしどし来てくれよな。」
最後にニッと笑った彼の瞳が、何人かの生徒からの甘い歓声を引き出した。
――とりあえず、軽音楽部の「部活動紹介」は大成功に終わった。
部活動紹介が終わった直後から奥野のところに仮入部届が殺到し、
書類の苦手な彼に代わって、織田がそれを次々と処理した。
僕や達也らは、HRの残った時間で舞台上の片づけを始める。
横目で、他の生徒が体育館から次々と撤収し始めていたのを見た時に、
その中に洋次の姿を見つけた。
借りたキーボードは箱に詰めて、後は運ぶだけ。
声を掛けようと思えば、一歩踏み出せばそれが出来る。
毎朝僕らは顔を合わすけれど、今朝は会えなかった。
ちょっとでも良いから、声が聞きたい――。
「なあテル君ー!今日、大成功だったしー!」
それを遮ったのは、ほかならぬ奥野の満面の笑みだった。
僕は少し動揺したけれど、笑顔を作って奥野に答えた。
「……そうだね~。これから忙しくなりそうだね~。」
「確かになー!一緒に頑張っていこうぜー!」
すでに洋次の姿は見えなくなっていたので、僕はそっちに合流するのを諦めて、
奥野や達也らと一緒に楽器を片づけようと、軽音部の部室へと向かった。
……まあ、また洋次と話すチャンスはあるだろうし。
教室に戻ると興奮は冷めて、日常へと戻る。次は理科の教室移動だ。
二年生になって移動が増えたな、なんて勝手に思っていると、
急に後ろから肩を叩かれた。振り返った僕は、不意を突かれた。
「テル君ってあんなロックな音楽も弾けるのね!びっくりしちゃったわ。」
「……え?」
そこに立っていたのは、ふんわりパーマの長髪長身美女。
少しだけ、顔に覚えがあった。……確か、クリスマスに。
彼女は少年っぽい無邪気な笑みを浮かべ、口を開く。
「あ、ごめんね突然。あたし、綿華小百合。よろしく!」