光と影(5)
明るい日だった。けれど、僕の心の影までは、照らしてくれなくて。
「おっすテル!そんじゃ、行くか!」
玄関先で僕が出てくるのを待っていた洋次は、元気よく笑っていた。
春になったばかりなのに、もう日に焼け始めている肌が、
太陽の日差しを浴びて、いっそう輝いていた。
電車に揺られて少し離れた動物公園に向かう。
足を組み、窓の外を眺める洋次の目は、どこか冷たく映って、
会話のない時間が、やけに長く感じた。
「……軽音部、どんな感じなんだ?」
僕の方を見ないまま、洋次がそう尋ねた。
一瞬、僕の頭に奥野の顔が浮かぶ。
「……そこそこ頑張ってるよ~。」
「でも、転校生中心の部活によく入ろうと思ったよな!」
「う~ん、それはなんとなくかな~。」
交差している僕の指の隙間から、少し汗がにじむ。
吹奏楽部は、女子がそれなりに多い場所だったからか、
たいして洋次も興味を示さなかったものだけれど、
軽音楽部は男子中心の社会だから、雰囲気は変わって、
そして洋次も、洋次の知らない男子に僕が囲まれている事に、
少なからず違和感のようなものを覚えているらしかった。
洋次の目は電車の窓の外を追い続けていて、どこか上の空で、
僕をちゃんと捉えることはなかった。
……思っていることがあるなら、言ってくれたって良いのに。
そんなことを考えるのが間違っているのだろうか。
洋次はそんな風に考えていなくて、ただこのデートを楽しんでくれていて、
僕のためを思って、色んなことを思いめぐらせてくれているのかもしれない。
……疑心暗鬼で、掴みどころのない僕の影が、嫌になる。
「テル、あんまり動物好きじゃなかったよな?」
「……まあ、どっちかというとね~。」
「そしたら遊園地の方行こうぜ!お化け屋敷とかさ!」
僕らが訪れた動物公園は、動物園と遊園地が一体になったテーマパークで、
混んでいるという程ではないものの、客はそれなりに入っており、
見たところ、家族連れが多いようだった。
洋次が先々進むので、導かれるままに洋次の後をついていく。
……そんな自分は、客観的にはどう映っているのだろう。
周りに男二人の客は居ないようだ。
こんな時、自分が女だったら、何も考えずに洋次と一緒に居られるのか。
「テル、なんか今日元気ないか?」
「えっ……、そんな事ないよ~。」
「そうか?軽音楽部でもし何かあったなら、言えよ?」
「いや、そんなんじゃないってば~。」
やはり洋次の口から軽音楽部、というキーワードが度々登場するのは、
きっと僕の気のせいでは無いのだろうけれど、
洋次の言葉を僕がさらに追及する事は出来ないから、
その先に踏み込んでこない洋次の事を気遣って、僕も言わないでおく。
……良助いわく図々しい部分もあるらしい洋次だけど、
そんな彼は僕を質問攻めにする事は、決してなかった。
遊園地の中へと足を踏み入れた途端に、洋次がまっすぐ前を指さした。
「とりあえず、あれだろ!」
ジェットコースター。僕はあまり得意ではないけれど、
どうしても無理、という程には苦手ではないから、
僕はちょっと困った顔をしてうなずいた。
あまり会話の無いまま、順路をたどって乗り場へ向かう。
……こうしてひたすら歩いていると、文化祭の時の催しを思い出す。
僕たちはお互いの関係を模索するのに一生懸命で、
あまり催しに意識が向かず、心から楽しむことは出来なかった。
……僕らの関係は、あの時から何か変わったのだろうか。
「日曜なのにそんなに客が居ないよな!」
「……そうだね~。」
「あんまり並ばずに済むからラッキーだろ!」
そんな会話をしながら、コースターに乗り込んだ僕らは、
少しずつ胸が高鳴るのを確認しつつ、座り込んで安全バーを下ろす。
いつしかコースターは高い坂道を上がり始め、僕らに高揚感をもたらす。
「この瞬間が一番楽しいよな!」
いつもと同じテンションで洋次が笑う。
徐々に最高点へと近づくコースター。それは恋愛に似ていた。
――片思いの純粋なドキドキする気持ち。
僕には無かったけれど、それが一番楽しいのかもしれない。
……だから、いま僕は恋愛を楽しめていないのかもしれない。
コースターが角度を変える。勢いを伴って降下し、
それから縦横無尽に宙を駆け巡る。
最初の勢い以外は正直拍子抜けで、進む先の見えている「恐怖」に、
僕は笑い出したくなる気持ちでいっぱいだった。
……僕が恐れている「恐怖」は、先の見えない「それ」だから。
「ま、子供にも楽しんでもらえるくらいのレベル、って感じだったな!」
「……そうだね~。あんまり怖くなかったかな~。」
「お、じゃあ今度はもっと怖い所行ってみようぜ!」
ジェットコースターから降りた洋次が、元気なまま僕に話しかける。
「今度」を作ってくれるのは嬉しいけれど、
きちんと僕がそれに、楽しさを伴って応えられるかは分からなくて、
それがまた僕を、少しずつ苦しませていた。
それからお化け屋敷や迷路、とひと通り回ったけれど、
カップルが楽しめそうなアトラクションだったにも関わらず、
僕はあまりそれを楽しむことが出来なかった。
洋次にも僕の憂うつは多少伝わったのかもしれなくて、
彼の口から、ちょっとずつ僕を気遣う言葉が増えてきた。
遊園地内で夕飯を食べ、少し夜景を楽しんだ後で、
僕らは帰る電車へと乗り込んだ。
夜の光は淡くて、今にも消えそうで、僕はその儚さが好きだった。
「……なあテル。」
あまり元気のない声で洋次が僕を呼んだ。
僕は精一杯の笑顔を作って、彼の横顔を見つめ返した。
「なんか知らんけど、あんまり抱え込むなよ!」
「……気を遣わせちゃって、ごめんね~。」
「何でも相談しろよ!そのために俺が居るんだからな!」
結局、我を忘れて盛り上がる、なんてことは出来なかった僕は、
洋次とちゃんとデートを楽しめた自信が全くない。
もうさすがに時間も遅いし、どちらかに家に行くことなく、
このままそれぞれの帰路へと着くのだろう。
肌を重ねることでしか、気持ちを実感できないという僕の悩みは、
きっと洋次には永遠に伝えられないな、と思った。