光と影(2)
新設された東校舎が、太陽の光を浴びて白く輝いている。
昨日、部活動申請が通って、この新校舎の一番奥に部室を獲得したんだ、
と、向かう途中に奥野が話してくれた。
確かに彼は転校生だが、あれだけの熱意を込めて懇願する姿を見ると、
教師も情にほだされて部室提供を許したのだろうと思う。
「もう中でナオキとタツヤが準備してるからさー!はやく行こうぜー!」
「そうだね~。」
僕は基本的に、他人を自分の内側にまで受け入れたくはない。
多くの同級生はそれを分かっているのか、無理に入ってくることはないけれど、
奥野はひたすらに、そして強引に、踏み込んでこようとする。
階段を上がりながら、奥野の横顔を見た。
髪の毛は長い。その右側をかきあげてピンで留めており、
一見チャラ男系のスタイルにも見えるが、その目は純粋でキラキラして、
不純なものや後ろ暗いものは感じられない。
「ん、テル君どうかしたー?」
「……何でもないよ~。」
思わず奥野と目が合ってしまったため、僕は前を向き直る。
階段を一番上まで上がって、それから奥へと向かっていく。
僕は、強引に踏み込んでくる人への拒絶をするのが苦手だ。
だから、今でこそ洋次に恋をしていると分かっているけれど、
昔は僕が拒絶できないが為の、腐れ縁の延長だと勘違いしていた。
……考えてても仕方ない。
音楽が続けたいと思って、軽音楽部を選んだのだから、
そこに……洋次への言い訳は、必要ないはずだ。
奥野は軽音楽部部室と表示されているドアに手をかけると、
一度こっちに笑顔を振りまいてから、横へ一気に開けた。
「皆の者ー!テル君の到着だー!」
「おっ、ようテル……早く手伝ってくれ。」
HRとほぼ同じサイズの教室には、数個机や椅子が置いてあるものの、
基本的には何もない。この部屋は元々多目的室にする予定だったらしい。
そんな部屋に、目的が与えられたのなら、それは本望だと思うけれど――。
達也が大きな装置を段ボールから出して運んでいる。
恐らく「アンプ」だ。ギターやベースの音を増幅する装置。
簡易的なアンプなら、そこまで値が張るものではない。
どうやら奥野とその友人が、わざわざ買いに行ったもののようだ。
「力仕事は苦手なんだけどな~。」
「俺だってそうだよ、まったく……ギターに触れる所からかと思えば、まずは力仕事だとはな……」
「大事な下準備だからさー、もうちょっと頑張ろうなー!」
奥野の号令をもとに、僕もそのメンバーに加わって、
達也と二人で楽器運びの手伝いをする。
吹奏楽部時代に無理矢理やらされていた事を思うと、そこまで苦では無い。
ひと通り今できる事が終わった時点で、部屋の隅から、
ドラムの組み立てをしていた男がこちらに向かってやって来た。
どうやらこの人が、奥野の友人で……誠実で良い人そうな男だった。
「正から聞いてるかもしれないが、織田直樹。ひとまずよろしく!」
「あ、月山です、よろしく~。」
織田がじっと僕の顔を見てくるので、何か言うべきか少し考えたけれど、
ちょっと経って目を反らしたので、特に意味はないようだった。
「さて、準備が出来たところで、最初の目標を伝えるなー!」
奥野の合図で、僕らは彼の方を向いた。
前に備わっている黒板に彼はその「目標」を書き始めた。
「『新入生歓迎会』で10人獲得ー!これが俺たちの目的さー!」
「……前も言ってたな、『新入生歓迎会』。俺たちも一年の時にやってもらったやつだな。」
ハンカチで汗をぬぐっている達也が少し説明を付け足したけれど、
僕にはそんな記憶はない。どうでも良かったから寝てたんだと思う。
「全校朝会の時間を取って、各部活がPRをするんだー!その日の放課後から新入生の入部が出来るようになるから、かなり影響力は強いしー!絶対やるしかないよなー!」
奥野が力を込めて話すたびに、留めてない片側の髪が揺れる。
最初から音楽をやるつもりだった僕にとっては、
歓迎会という名の部活動紹介は意味のないものだったけれど、
迷っている新入生にとっては、確かに良いチャンスなのかもしれない。
ずっと腕を組んで聞いていた織田が、考えをまとめて口に出した。
「歓迎会は来週の月曜なんだろ?今日は金曜日だから、ほぼ練習する時間はないと思うぞ。曲だって決まってないし、そもそもパートもまだだろ?」
「うるせーぞナオキー!その辺、いろいろ考えてるしー!」
奥野はまたホワイトボードの方を向いて何か書き始めた。
リードギター、サイドギターと続いて、それは楽器リストらしく、
しかももう丁寧に担当の名前まで入っていた。
「部員は五人だから、リードギター、サイドギター、ベース、キーボード、ドラムでやるからなー!でもって、ピアノ経験のあるテル君はキーボードに、それから俺はギターやってるからリードギターで、ボーカルもやるわー!」
「……さて、初心者の俺は何をすればいい?」
「タツヤはサイドギターだー!つまり伴奏ギターの方で、後々ソロとかもあるリードに移ってもらうけど、最初はひとまず伴奏なー!」
「お、おう……二日で間に合うとは思えんが……」
「最初は雰囲気だけでも問題ないしー!」
「くっ……ハードルの高さを実感するぜ……」
他に、織田の名前はドラムの隣にあって、
それからベースには野上という名前が書かれていた。
「俺がドラムなのは良いとして、この野上って奴はまだ来てないのか?」
「うるせーぞナオキー!……ちょうど、来たんじゃねーかなー?」
多目的室のガラスに人影が移る。それからドアは控えめに開いた。
僕らの視線はドアの外に集中して、……その姿は、僕たちを驚かせた。
「ごめんなさあい。なんか迷っちゃってえ。」
二つ結びにした髪をふわりと垂らし、たれ目に泣きボクロが印象的な、
おっとりした雰囲気の……女子。
「野上結衣ですう。皆さん、よろしくお願いしますねえ?」
「こいつも転校生だしー!ベースの経験者って事で、協力してもらうぞー!」
奥野は気にせず野上の肩を取って、ポンポンと叩いている。
すると何を思ったのか達也が奥野を引っ張り、部屋の隅へと連れて行った。
「おい……テル君可愛いとか言っときながら、ちゃっかり女子誘ってるとはどういう事だ!」
「えー?別に女子にそんな興味ないしー。経験者として誘っただけだしー。」
「む……まあ良い。次はちゃんと言っておいてくれよ、まったく……」
急に女子を意識したらしい達也の声は、僕の所まで聞こえていたが、
野上はそれに構わず、自分の髪を手櫛で梳いている。
彼女が女子であるという点で、非常に面倒な存在だと思ったけれど、
男子四人女子一人の構図の中では、大した意味もなさないだろう。
とにかく、メンバーは揃った。下校時間も迫る中で、奥野が号令をかける。
「それじゃー、今日は顔合わせで解散だー!明日には楽器用意するから、はりきって練習始めるぜー!」