光と影(1)
――太陽。
それは大空の頂に一つ輝き、その光で全てを照らすもの。
まぶしい日差しが、まだ眠りから覚めきっていない僕を貫く。
思わず目を閉じてしまう程の、強い春風を身に受けた後は、
視界に男二人、肩を並べて歩いているのが映る。
新学期になったけれど、多くの事は変わらないんだ、
そう思いながら、僕は後ろから二人に声を掛ける。
「おはよ~、洋次、達也~。」
「おっすテル!」
「ようテル。」
二人は小学校からの幼なじみで、あれから容姿も性格も変わらないものだ。
住田洋次は小麦色の肌をしたスポーツマンで、
流した黒髪の先に、少し垂れた目と鼻は整い、キラリと歯が光る。
長瀬達也は対照的に、透き通るような白い肌をした文化系タイプで、
顔立ちは端正ながら長めの髪に隠されている。
二人のうち、僕は洋次と……交際を、している。
洋次の見せる太陽にも似た輝きにひかれて、内に秘めた思いを告げ、
「俺も好きだ」という甘い言葉に、身を委ねてしまった。
「どうしたテル?なんか考えてんのか?」
洋次は今日も僕を真っ直ぐに見ている。
……それでも僕の全てが、視えることは無い。
――僕の名は月山和輝。
月を名に冠する僕は、太陽の光を受けながらも、常にその裏側を隠し、
太陽さえも欺き、そっと影に消えていくのだ。
「おい、吹奏楽部やめて軽音楽部入ったって本当か?」
俯きがちな達也も、今日は珍しく僕を見ていたかと思えば、
彼はどこかでこの話を聞いていたらしい。
一から説明するのも面倒だけれど、
仕方がないので、少し間を置きつつ僕は口を開いた。
「ちょっと、疲れちゃってね~。」
「疲れた、だと?」
「なんか先輩後輩とか、そういうの~。」
僕はあくびをするついでに空を見上げた。太陽がまぶしい。
一瞬、僕の視界が白く染まったその時に、
思い出したくもない、先輩たちの姿が浮かんできた。
「月山君、二年生になるんだからもっとしっかりしてよ!」
「男の子の相手は頼むわ。女は女同士で上手くやるから、月山君に任せるわ。」
吹奏楽部の中でも僕の所属していたクラリネットパートは大所帯で、
二つ上の先輩が卒業してからというものの、いよいよ一つ上の代が幅を利かせ、
バルガクは男子が多いけれど、数少ない女子社会であった吹奏楽部、
しかもクラリネットの一つ上の代は女子しかおらず、
新入生を迎える前にして、パート唯一の男子であった僕の運命は決まった。
部活という特殊な空間は、趣味の世界とはまた違っている。
自分だけの世界は許されず、嫌いな人間が次々僕の世界に踏み込んでくる。
音が合わなければ、いつも先輩に合わすよう強要されるし、
音楽以外のつまらないルールにも、僕は付き合わされた。
大嫌いな先輩たちが隣に居て、自分の音楽をやる時間が、少なくなる。
その理由だけで、吹奏楽部をやめるには十分だった。
「……テル?」
「あ、何でもないよ~。」
手で太陽の光を遮った僕は、不思議そうに見つめてくる達也を見返した。
細かい理由をここで語ったところで、何かが変わるわけではない。
それを知ってか、隣を歩く洋次は、僕がやめた理由をほとんど聞かなかった。
……少しは気に掛けてくれてもいいのかな、と思ってしまったけれど。
「軽音部って、あんまテルのイメージに似合わんよな!誰が誘ったんだ?」
突然黙っていた洋次がこちらを向いて、目が合った。
その輝く瞳の奥に、僕は……歪んだ何かを感じていた。
「奥野っていう転校生だよ~。なんか困ってたみたいだし、僕も音楽はやりたかったから~。」
「案外テルも優しいんだな!見ず知らずの男を助けるなんて……」
あまり僕に関心が無いのかと思えば、時折こうして、
僕に近づこうとするもの全てを排除しようとするような……。
……洋次はまっすぐ前を見て、ニコニコと笑っているから、
きっとそれは僕の取り越し苦労で、考えすぎなんだろうとは思うけれど。
バルガクの校門をくぐった。先ほどから達也の反応が無い。
ちらりと横顔を見ると、何か言いたそうにしている彼と目が合った。
「……テル、言いにくいんだが……」
「ん、何~?」
「俺も奥野に誘われて、軽音部に入ってみようかという事になってだな……」
……達也も、軽音部に?
今までの彼からは、音楽をするイメージはあまり無かったので、
僕は素直に驚いたし、そして達也が言い淀んだのが不思議だった。
「奥野の話だと、しばらくは部員も少ないだろうから、初期メンバーは同じバンドで活動しよう、という事になってな……いや、初心者がガチ勢に混ざるのは申し訳ないと思うんだが……」
「なるほどね~。……何とかなるでしょ~。」
まず達也と同じバンドに居ることがイメージ出来なかった僕は、
達也の言い分まですぐには気付けなかった。
……空気を読めず、自分中心で物事を考える達也だったけれど、
最近は……高校生になってから、少しずつ変わってきているようで、
僕に対して遠慮のような感情を抱いている事には驚いた。
だからと言って、達也が苦手だという事に変わりはないけれど。
「二人が同じバンドになんのか!面白そうだな!」
「……傍観者が面白がってんじゃねえよ……まったく。」
「いや、ライブとかやるなら見に行くぜ!絶対誘ってくれよ!」
「なんか恥ずかしいよ~。」
まだちゃんと部員同士で顔合わせもしてない状態だから、
一つのバンドで、それも誰かの前で演奏するなんて考えられないまま、
色々と思いめぐらせている内に、下駄箱にたどり着いた。
洋次は一組、僕は二組、達也は三組。一年の時と同様、見事にバラバラで、
とりあえず一緒に階段を上って、それぞれの教室へと別れた。
今日の放課後が軽音楽部の初顔合わせになる。
自分を誘ってくれた奥野以外に、達也が居る事は分かったけれど、
他のメンバーは知らない。ただ、そこまで多くないらしい。
大勢集まって吹奏楽部と似たような状況になっても困るため、
それはそれで好都合だと思う事にした。
クラスに特別話す友人も作らず、授業に対しても興味のない僕は、
英語や国語で実力別クラスの最底辺に組み入れられ、
やる気のないクラスメイトに紛れ込んでぼんやりと時間を過ごすと、
あっという間に放課後がやって来た。
「テル君ー!案内するから、一緒に行こうぜー!」
「あ、分かった~。」
僕の返事を聞く前から、手を引っ張って連れて行こうとする奥野。
自分の目標のためには、多少強引でも、手段を選ばない男。
……誰かに似ているな、と思った――。