ネガティブ・ニューカマー(10)
放課後。クラスメイトが続々と帰るので、僕も立ち上がったところ、
達也さんが帰る準備だけして、ボーっと机に座っているのが見えました。
そういえばお昼に話した時、さっそく今日楽器を見に行こう!
って話になってたような気がします。ちょっと話しかけてみましょうか。
「……あの、お疲れ様ですー……」
「おう恒太。ひょんなことから俺の軽音人生が始まるとはな……」
あれ?まだ部活の段階で、楽器も買ってませんよね?
なんか急に人生入ってるんですけど?きっとラノベの読みすぎです。
「あれ、正くんと直樹くんは……?」
「先に部活の申請書類出してくるってよ。来週に部活動紹介を大々的にやるとかで、早く申請しておかないとリハに間に合わないとか何とか……」
「な、なんか部活って大変ですね……」
「お前も野球部入ってるだろ。」
そういえば直樹さんの事は直樹くんと呼ぶことにしました。
その方がお似合いですよね、正くんと。
それは置いといて、正直僕がびっくりしたのは、
達也さんがあっさりと軽音楽部への入部をオッケーしたことです。
達也さんって案外閉鎖的な人なのかと思いきや、
かつて神様たちと僕やうのぽんが仲良くなった時にも思った事ですが、
こうして友人と積極的に絡み、新しい道に踏み込んでいく方なんですね。
……言っていいのか分かりませんが、ますます惹かれました。
「達也さん、すごいですね……僕だったらそんな風に、思い切って軽音楽部入部!なんて大胆な事できません……」
「そうか?……でも正が困ってたんだから、仕方ないだろ。俺もちょうど部活探してたところだったしな。」
書道部の幽霊部員だったころの達也さんを思い出しました。
やはりあれから考えても、達也さんはちょっと変わった気がします。
「いや、でも会って数日の人とこんなにすぐ仲良くなれるなんて……それはそれでうらやましい事ですね……」
引っ込み思案な僕には考えられない事です。
一年以上前になりますが、入学説明会で僕が資料を家に忘れた時、
隣に座って、見ず知らずの僕に資料を見せてくれたのが達也さんでした。
同じクラスにはなれなかったけど、素敵な人だったなって思ってた時、
寮で仲良くなったうのぽんから達也さんを紹介されて……。
それでも僕は、なかなか達也さんと上手く話せずにいました。
自分では自虐ネタをよく使う達也さんですが、純粋で真っ直ぐな人だし、
僕なんかと比べて、やっぱり遠い存在だな、って感じるし、
……この恋は、実らないまま終わるんじゃないかな、なんて……。
「何言ってんだ?正は直樹の友達で、もとはと言えば直樹は恒太の友達だろ?」
「……え?」
「……お前が仲良くしてたから、俺も輪に入ってみるか、って思っただけのことだろ……別に俺が特別とかじゃなくて、当然の事だと思うが。」
「……そ、そうですか?」
「俺はお前ともっと仲良くしたいし、そしたらお前の友達と仲良くしたいって思うのも当然じゃないのか?」
僕の瞳を真っ直ぐに見た達也さんは、急に僕から目を反らし、
ちょっと赤い顔をして「変な意味はないからな」と付け足しました。
……空いた窓からさわやかな春の風が吹いて、達也さんの髪がなびきます。
やっぱり僕は、いや……俺は……達也さんの事が……。
「よー達也ー!部活の申請終わったし、行っこうぜー!」
「あれ恒太、お前は部活行かなくて良いのか?」
正くんと直樹くんが到着しました★ま、分かってましたけどね!
なんか勢いに流されて告白しそうになりました!危なかったです!
○ ○ ○ ○ ○ ○
「……という事がありまして、達也さんは軽音楽部に入る事になったのです。」
「ただのノロケ話じゃん。受けるわー。」
寮の夕飯時に、うのぽんに今日の出来事を報告しました。
低いテンションで拍手をしながら、うのぽんは無表情でシチューを食べてます。
シチューを食べてるのか、シチューになりたいのか、分からない程食べ方汚い。
横に神様が立っていて、ふんぞり返っています。
「ハッ!落合君も少しずつ踏み出すようになったか!」
「いえ、そこまで踏み出すとかそういうんじゃ……」
「神も負けてられんな!この前の織田直樹との無様な対決!神はさらに尊大になるための試練を与えられたのだ!」
「神様は頑張んなくていいんじゃね?いろいろ迷惑じゃん。」
「ハッ!宇野君、あまりにも最近信心が足りておらぬぞ!」
「もともと信じてないじゃん。」
「何だと!」
……今日も平和です。
僕はなんだかお爺ちゃんみたいな顔になって味噌汁をすすります。
ちょっとまだ寒いものの、ぽかぽかして良い陽気ですね……。
「ハッ!しかし春は出会いの季節。様々なところで出会いがあるようだな!」
「……そういえば、テルくんも正くんに絡まれて軽音楽部に入ったそうですよ、それも出会いといえば出会いですよね……」
「ふーん。洋次くんは転校生の女の子に絡まれてたけど、大丈夫なんだろーね?」
雲行きが怪しいですね……あ、洋次くんというのはテルくんの彼氏で、
しれっとゲイカップルが居ることがバルガクの恐ろしい所ですが、
二人とも達也さんの幼なじみであります。
……えーっと、洋次くんもそこそこ変わった人でありまして、
根っから明るい人と最初は思ってたのですが、
僕がテルくんと絡むと異常に精神攻撃を仕掛けてくる、なんか怖い人です。
……同じクラスじゃなかったのでそういう印象しかないです。
「ハッ!そういう宇野君こそ、別の転校生の女の子と妙に親しげではないか。いよいよ宇野君にも春がやって来たという事なのかな?」
「ちげーじゃん。あれはそーいうのじゃなくね?」
「えっ、抜け駆けは良くないですよ!ちゃんと僕に報告してくださいよ!」
「恒太は何なの?保護者なの?」
そういえば確かに、見た目チャラ男で容姿に気を遣ってるうのぽんは、
別にゲイではないわけですし、彼女が居てもおかしくないのですが、
ここがバルガクであるがために、女子と出会う機会が少なかったわけです。
……転校生との恋。なんだか気になりますね。
「ハッ!しかし宇野君は実に強い秘密主義を持っているようだ。滅多に自分の事を話題にすることは無いではないか。」
「そーかな?偶然じゃね?」
「そ、そうですよ……そういえば、あれだけ仲良かったのに達也さんに一度も会いに来ないじゃないですか……」
「それは達也も俺のとこに来ないんだから一緒じゃね?」
「……そ、そうですけど……」
うのぽんはのらりくらりと僕らの質問を交わしながら、
のんびりとマイペースにシチューを食べ続けてます。
そろそろうのぽんの顔の九割以上がシチューに覆われてきてます。
……でも、直樹さんと接して分かったのですが、
「心の無い」人には何を言っても響かないものですが、
うのぽんに質問すると、響かないようで何か反応があるんですよね。
それって、僕が思ってるよりきっと大きな違いで、
飄々と生きているように見えるうのぽんは、きっと何か考えがあって、
僕たちにあえてこんな反応をしているのかも……なーんて考えすぎですよね?
「ハッ!ところで織田直樹に対抗するために、新たな神様崇拝歌を考えて」
「ごちそーさまー。」
「じゃ、うのぽんお風呂行きましょっか★」
とりあえず今日も良い天気でした!平穏無事が一番です!
バルガクの騒がしい一年は、こうしてスタートしたのでした――。