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姫騎士物語  作者: くるー
第三章 抱えゆく選択
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在るがままにその2

「覗いたら、めっ! て言うたのにっ! アホっ、変態~っ!」


「効かん。そんな叩き方をすると、逆に手首を痛めるぞ」


「こんな時まで教官面で誤魔化そうとしてっ」


「そもそも上を見なければ、君に潰されて2人共怪我をしていた……いや、待て。君を受け止めた両腕が痛む。あぁ、咄嗟とっさに受け止めるしかなかった所為で、痛むなぁー」


「白々しい……でも、助けてもらったのは確かやし、それでおあいこって事にしといたげるわ」


「それはどうも」


 フィオナはジト目を作ってマテウスの背中を見据えるが、前を向いたままのマテウスは、彼女に隠れて少しだけ舌を出した。そんな彼は反省するどころか、まだアイリーンには及ばないが、意外にも揶揄からかいがいのある反応をする奴だと、口元を緩めた。


「……だって変やろ? こんなバルアーノなまり」


「ん? あぁ。確かに、王都では余り聞かないな」


 マテウスは、フィオナの話の内容が急に本題に入ったので反応が遅れた。しかし彼は、前述した通り、フィオナがなんとかバルアーノ訛りを抑えながらたどたどしく話していた事に薄々気づいていたので、すぐにその意図を理解する。


「しかもウチな、田舎の色々な土地にいったりしてて……なんか色々混じって変な事になってもうてるし。こんなん皆に知られたら、絶対笑われる」


「笑うような奴がいるか? ここに」


「そ……そんなん、マテウスはんには分からんやん」


「試してないならば、君にだって分からんだろ」


 マテウスの言葉にフィオナは返答をきゅうして、それはそうやけど……と、下を向いていじけてしまう。社交界……貴族社会というべきか。選民意識の高い彼等は、実に排他的だ。


 それは言葉遣いに対してもそうで、こういった警戒をする彼女は、既にそうされた経験があるのだろう。フィオナが田舎を転々とするようになった経緯、そもそもどうしてこの騎士団に入団する事になったのか……マテウスはそれが気にならない訳ではなかったが、ロザリアのような場合もあるので、余り深入り出来ずにいた。


 そうしてマテウスが言葉を選んでいる内に、用具置き場にたどり着く。梯子を立てかけると、マテウスはそのまま予定にいれていた整理を始めた。当てもなくヴィヴィアナを探すよりはマシだと判断したのだ。


 その姿を見てフィオナが、なんか手伝おうかー? と、声を掛ける。マテウスは、君の服が汚れるから止めておけと答えて作業を続けるが、フィオナは入り口付近に背を預けて、まだなにかを話したそうにしていた。そんな彼女を見て、あえてマテウスは自分から話しかける。


「笑われるのは辛いか?」


「……めっちゃ辛い。恥ずかしいやら、悔しいやら……だって、ウチにとってはこんなん普通やもん。今更、そんな事言わんといて欲しいわ」


「それでも直すのか? 普通なら直さなくてもいいだろう」


「でもそうしたら、また笑われる。あんなんもういやや」


「なら、話すしかないんじゃないのか? 直すにしても、直さないにしても……笑わないでくれって自分でそいつに伝えてやればいい」


「そういうんやなくて……なんや、冷たいなぁ」


 フィオナは愚痴を零したかっただけだ。本来のフィオナはお喋り好きで、そんな彼女に切っ掛けが事故だったとはいえ、久しぶりに自然に話せる相手が出来たのだ。少しでも会話を引き延ばしたくもなる。


 ただ、今回の場合は相手が悪い。マテウスは基本的に合理的で淡泊な男なので、そういう機微きびには疎かった……というより、分かりながらも、敢えてそういう機微を無視しているといった方が正しい。


「俺が練習相手になってやるー、とか、言わへんのん?」


「言わないな。俺では、練習相手に不適切だろう? 西よりだから堅苦しいし、なにより男だからな」


 エウレシア国内では同じエウレシア語が使われているが、地域柄の訛りというのが田舎の方にいけばいくほどに出る傾向にあった。東部ではフィオナのような訛りが多く、酷い者になると聞き取りにまで影響が出てくる。


 西部ではマテウスがいうように大仰おおぎょうで堅苦しい言葉遣いが多い、北部では実に粗野で乱暴な言葉遣いが多い等々……もちろん例外もあるが、喋り方で出身が知れる事は多い。


「本当に直したいのなら、ロザリアに相談してみろ。彼女はあれで面倒見はいいからな。笑わずに聞いてくれると思うぞ」


「ロザリアねえさんっ! 言葉遣いもそうだけど、あの人、ホンマに綺麗やんなぁ~。仕草っていうの? もう歩き方からなんか違う~って感じひん? それに香水とかの選び方も上品なんよねっ。その日によって変えてるのは分かるんやけど、あれは何処のブランドなんかなぁ? マテウスはん、聞いた事ないんっ? それと、服なんかもなんでも着こなすっ! あれが凄いんよっ。胸があれだけっきいとな、服選びとか太って見えて大変なんよっ? なのにそれを気にせーへんというか……ヴィトールのワンピ着てた時の綺麗な背中っ。そんでなっ? 谷間を見せながらも、下品にならん程度に日焼け避けのストールで上手く隠してんっ。多分ライン見る限り、胸も少し抑えてたんやろうけど、どういうテクニック使つこうてんのかなぁ? アクセにしてもそうやっ。最近よく着けてるネックレス見たっ!? あれ、出たばっかりのべルローザ王都アンバルシア本店限定品やんねっ? めっちゃ数が少なくてめっちゃ高いやつなんよっ? 絶対、いい男の人にプレゼントされてん! あぁ~、本当あんなんなりた……」


 フィオナによる怒涛どとうの独り語りに、マテウスが作業すら忘れて、呆気に取られながら凝視していると、ようやく自分がなにをしでかしたかを理解したフィオナは、口を両手で塞いで沈黙する。しばしの静寂の後、フィオナは赤みの差した両頬をパタパタと手で仰ぎながら口を開いた。


「えーっとなんの話やったかな。ロザリア……さんなら、笑わんで聞いてくれるって話やったっけ?」


「笑いはしないだろう。ただ、声を失ってしまうかもしれないが」


「ちゃうねんっ。その、あのな。久しぶり過ぎて色々溜まっててんっ。普段はこんなんちゃうねんってっ」


 パタパタと仰いでいた両手をマテウスへと向けて、ブンブンと左右に振る。マテウスはその様子が可笑しくて、口元だけを緩めて笑った。


「なら適度に発散した方がいい。あれだけ早口のバルアーノ訛りだと、流石に聞き取りにくいからな。練習は難しいだろうが、発散程度なら付き合ってやるよ。俺でも壁に向かって話すよりは、役に立つんじゃないのか?」


「……マテウスはん」


「本当のところ、別に会話なんて伝わればいいと思うがな。ただ、細かい行き違いが出るのも会話だ。直してしまうのに、越した事はない。だから君がそうしたいのであるならば、発散して、相談して、とっとと直してしまえ。ただ、肩の力は抜いた方がいい。君は今みたいに自由に話している方が活き活きしている」


「直してしまえって、そんな簡単に……でも、その、おおきにな。そんなん言われたん初めてや」


 後ろ頭を掻きながら、はにかむような笑顔を浮かべるフィオナ。普通という言葉が孕む暴力には、マテウスにも覚えがある。馬丁ばていの男が騎士など普通じゃない。あんな下賤げせんに爵位を与えるなど異常だ。公爵家の息女の相手に平民出へいみんでの男など相応しくない……出生やその経歴。マテウス自身ではどうにも出来ない部分を、否定され続けて来た人生だった。


 結局マテウスはそれと向き合おうとはせずに、背を向けて、耳を貸さず、己の信ずるを信じて、その腕1本で道を切り開いてきた。その結果が、今の全てを失った自分だ。


 そこに後悔はないが……もし、否定するばかりではなく、直したいと向き合おうとする彼女と同様、ほんの少しでも理解を得ようと動く事が出来れば、もう少しなにかを残せたかもしれない。


(はたして、どっちが大人なんだろうな……)


 そう思うと、はにかむようなフィオナの笑顔が、マテウスには少し眩しく映った。

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