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姫騎士物語  作者: くるー
第三章 抱えゆく選択
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小心翼々とした共有その4

「なんですか? 私の悩みはマテウスさんにとって、同情する価値もないって事ですか? 随分、酷い物言いですね」


「それは違うな。十分辛いんだろうとは思うよ。男の俺には想像する事しか出来ないのが、情けないところではあるがな」


「じゃあ、どうして?」


「同情ってのは、死にゆく者や、自らの不幸に浸ってすでに諦めた敗者にするもんだろう。君はそのどちらでもない……まだ諦めていないんだろう? 子供の事を」


 ロザリアはマテウスの言葉に答えを返さずに、顔を背けて視線を反らした。


「そう考えれば君があんな真似を続ける理由が、少しだけだが理解できる。妊娠にも相性があるという話は聞いた事があるからな……」


 この世界での不妊治療は進んでいない。人工授精も体外受精もないが、それでも伝承程度の話は残されていた。それは、どういった食事をした方がいいだとか、どういった生活をした方がいいかだとか、どんな薬草が効果があるかなど、である。男女間による相性の問題もその1つだ。


「男に慰めを求めているんじゃなくて、男を利用しているだけなんだろう? 君は。こうして言葉にしてみると、なるほどこっちの方が君らしいじゃないか」


「その質問に、素直に答えてあげる必要はないですよね?」


 ベットから腰を上げて振り返ったロザリアの顔には、昨晩のような男を意識した時に浮かべる作り笑顔が張り付いていた。前屈みになって胸の谷間を見せる立ち振る舞い、あざとく小首を傾げる仕草、口元に指先を1つ立てる動作。全てが男に見せる為、男を魅せる為に作られたものだ。


「でも、昨夜みたいに逃げ隠れしない所は評価します。だから1つだけ」


 ロザリアはマテウスに振り返ったまま後ろ足に部屋の出口へと移動する。扉のノブを掴んで、初めて背を向けた。だから当然、彼女がどんな表情をしていたかマテウスには知る由もない。


「私、本当は男の人なんて大っ嫌いなんです」


 ロザリアから発せられたとは思えない硬く冷たい声音と、部屋の扉を閉める音が重なるのを聞きながら、マテウスはよく似た姉妹だな、と感想を抱き、余計な事を口走ってしまったと反省した。同時に、人のベッドでよろしくヤッていた女にそこまでの気を使う必要はないか、と仕切り直すように両足を自ら叩いてベットから腰を上げた。


 それからのマテウスは予定通りに自身の布団を洗い、並べて干すとその足でレスリーの部屋へ向かった。ちょうど部屋の前で朝食の準備に出ようとしていた彼女と鉢合わせになる。彼女は普段通りに女使用人メイド服に身を包み、居住まいを正しながらマテウスを見上げた。


「お、おはようございます、マテウス様。そ、あの……レスリーになにか御用でしょうか?」


「傷口を見せてくれ。ついでに交換をしようと思ってな」


 マテウスの掲げられた手には治療具の入った医療キットがあった。レスリーはそれを確認して、少し迷った様子を見せた。余りマテウスに傷を見られたくないと直感的に思ったからだ。


 だが、そんな理由でレスリーがマテウスを断れる訳もなく、すぐに部屋へと彼を招き入れる。椅子に2人向かい合って腰掛けると、包帯をするすると解いていった。


「まだ、傷口が痛むか?」


「……す、少しだけ」


 マテウスが傷を見つめると、レスリーは視線を反らした。怯えと気恥ずかしさが混ざった居心地の悪い感情に、馴染めずにいたからだ。


「仕事をしてくれるのは助かるんだが……もう少し丁寧な仕事を頼みたいものだ」


 闘技場の医務室で出会った医者は、あの体格の良さや口調の粗さから察するに戦場上がりなのだろう。腕は確かなようなのだが、荒々しい性格が治療にも反映されている。


 1度開いて確認した時と同様、傷口の縫合が雑で開いたままになっているのだ。戦場の男達にはこれで十分だろうが、レスリーをそれらと同じにされては困るというのが、マテウスの感想だった。


「さてと。治療の手直しをしたい。本当なら専門に頼みたいところだが、俺達にはそういう時間も伝手つてもない。俺が触る事になるが、それでもいいか?」


「えと、その……マテウス様のしたいようになさっていただければ。ただ……その、1つだけ……朝食の準備をしたいのですが……そ、それには間に合うのでしょうか?」


 頼りないレスリーの返事にマテウスは苦笑いを浮かべた。同時にマテウスは手に持った医術書を掲げて見せる。


「安心しろ。これでも縫合や抜糸自体は何度も経験がある。丁寧に傷を塞ぐのは初めてだが……時間は取らせない」


 不安しか募らない交渉が成立。レスリーは己の命運を預けるように瞳を閉じて顔を差し出した。目を開いていれば怯える癖に、こういう場面での彼女は身を晒す事を迷わない。


 そんな彼女に応えるべくマテウスは、医術書を確認して抜糸と縫合を手早く済ませていく。この世界において医学……特に外科分野に関しては余り進んでいるとは言い難い。何故ならば、大体がその場で治癒系の理力付与エンチャント製品で処置されてしまうからだ。


 再生不可能な人の臓器までもその場で再生してしまう治癒系理力付与製品は、大きなリスクを残してはいるものの、まさしく神の奇跡といって差し支えなかった。それでもマテウスが治癒系理力付与製品に頼らないのは、それなりの事情があっての事だ。


 ゼノヴィアから借り受けた医術書に時々目を落としつつではあったが、手先の器用なマテウスは手早く抜糸と縫合をし直していく。どんなに彼の手際が良かったとはいえ、かなりの痛みであった筈だが、レスリーは小さく声を漏らして汗をにじませるだけで、他に反応を見せなかった。


「我慢出来なかったら言ってくれ」


「はい」


 結局、縫合の間、レスリーはそれだけしか口を開かなかった。マテウスは縫合痕も残らないであろう綺麗な出来と、閉じられた傷口を見て、良しと一言漏らす。そして取り出した軟膏なんこうを傷口に塗った。痛みを伴う作業が終わって余裕が出来たのか、レスリーが軟膏に興味を示す。


「あ、あの。それは……」


「あぁ。昨日塗ったのモノと同じだ。ルナディノスという異形アウターから取れるんだけどな……少し匂うがよく効くぞ」


「は、はぁ」


 異形から取れると聞いてレスリーは少し複雑そうな顔を浮かべた。ルナディノスという異形が、酸性の沼に好んで生息する、トカゲとカエルの合わさったような見るも醜い中型爬虫類生物だと知ったら、更に顔色を悪くするかもしれない。


 だが、効果は折り紙付きで、傷口が開いたままの雑な縫合でも治ってしまうぐらいの効果はあった。このように様々な異形から便利な薬品が作り出されており、それもまた外科分野の発展が遅れる原因の一端になっているのは、皮肉な話だ。


「あ、あの……これ……」


「なんだ?」


「えと、調理中に匂いが移ったりしないでしょうか? そ、その、皆様に食べて頂くモノに粗相そそうがあっては……」


「あぁ、それで軟膏の事を気にしていたのか。あれだけ縫合されながら一言も不平をこぼさなかった癖に、君らしいといえば君らしいが……」


「す、すいませんっ。すいませんっ」


 マテウスは別に責めてはいない、と言葉を返しながら少し考える。確かにレスリーの言うように、このまま料理に入れば少し風味を損なうかもしれない。だが、ここは料理学校ではなく騎士団寮だ。どちらが優先か、比べるまでもない。


「治療が優先だが、それだけでは君が納得しないだろうし……そうだな……これを機会にスパイスを効かせた風味の強い料理に挑戦してみたらどうだ? エステルが君の料理を楽しみにしていた。趣向を変えて彼女を驚かせるのも悪くないだろう?」


「は、はいっ。レスリーにお任せくださいっ! そ、その期待にえなかった場合、レスリーの身体をマテウス様が御自由に味付け(意味深)して、フィンガーボールで濡らした指先で……」


「あーはいはい。頭の中も元気そうでなによりだ」


 レスリーが健全なら、マテウスが頭を張り倒している場面ではあるが、流石に今回は自重して背中を押して部屋から一緒に出ることにする。早く復調してもらわねば延々とこれが続くのだ。治療を優先する理由などこれだけでいいではないか。マテウスは1人そう考えた。

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