暗然に並ぶ墓標その3
「面白い冗談だ。弁償は無しにしといてやる。それにしても躊躇がないな……少しはこいつ等から情報を引き出そうとしたりしないのか?」
「愚かな質問だな、マテウス。主の敵なら誰であれ殺すのに、情報など必要か?」
「少しは頭を使ったほうが、仕事は楽になるぜ?」
「まだ物足りないぐらいなのにか? どうせなら、貴様が俺に苦労とやらを教えてくれてもいいのだぞ?」
遠慮しておくよ……最後にそう答えたマテウスは静かに溜め息を吐いた。言葉とは裏腹に、オースティンにはゼノヴィアに仕えているつもりがない。だから、彼女が誰に狙われようと興味ないし、彼女の敵を減らそうと自ら動くような真似はしない。マテウスはそれを理解して、それ以上の問答を諦めたのだ。
対してアイリーンに仕えるパメラは、オースティンと同様に攻撃的で、殺戮に対する躊躇はなかったが、それと同時にアイリーンへの高い忠誠心を宿していた。同じリネカーでも考え方が1つという訳ではないようだ。
勿論、どちらがリネカーとして正しい姿なのか、マテウスには分からなかったが。
「それに、このような輩はこいつ等だけではない」
「どういう意味だ?」
「言葉通りだ。このような侵入者は、今日に限った事ではない。最近は数ばかり増えて質が落ちる一方だが」
オースティンの言葉が本当なら、エウレシア王国の落ち着いていた治安は、どうやら再び悪化の一途を辿っているようだ。それと同時にマテウスは、ゼノヴィアの言葉を思い出す。
『手に着いた職を奪われ、教会に異端の罪を問われ……こんな状況にまで追い詰められれば、どんなに誠実に生きてきた者でも歪んでしまうのは無理からぬ事です』
教会に追い立てられて、本来は彼等を守る筈の商会と国に見捨てられた者達の不安や不満。それを利用する者達がいるのだろう。それはまだ小さく、水面下での出来事ではあるが、いずれ大山鳴動するような事態にまで発展するかもしれない。
ドレクアン共和国という、まだクレシオン教への改宗を済ませていない国家を使った大規模な献金不正……教会はどれまでを異端とみなし、どこまでを理力の光で燃やし尽くそうというのだろう? その機運がどう転ぶのか、マテウスには予想がつかなかった。
だが、そうなった時のゼノヴィアの悲しみと、なによりその原因の一端が自分であるという事を思い、マテウスは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。
「貴様が犯したヤブヘビだ。楽しめよ、マテウス。俺はそこそこに楽しませてもらっているぞ」
「……どこへ行くつもりだ?」
王宮とは逆方向。マテウスが向かう先へと歩き始めるオースティンの背中に向けて、思わず質問を投げる。彼はもう1度振り返り、出口を指差しながら口を開いた。
「出口に後3人、気配が残っている。露払いをしておいてやろう。それではな。次に会う時は、あの女が玉座から下りた後にしてくれ」
不吉な言葉を言い残すと、オースティンは再び姿と共に気配を消した。どうやら暁の血盟団は、素人ながら退路を確保しておくぐらいの知恵は回っていたようだ。マテウスとしては、手間が省けるのでなにも口にせずにオースティンを見送る事にする。
残されたのは5つの死体と松明。その松明の1つを手に取ると、マテウスは死体を調べ始めた。手がかりになるような物が見つからないかを期待してだ。隅々まで調べては見たが、明確な収穫は少なかった。
ただ、先頭で良く喋っていた男の名前はオイゲンというらしい事は分かった。彼が懐に遺書を隠していたからだ。特徴的に角張ったくせ字の羅列。
内容は何処にでもありそうな遺書で情報は得られなかったが、誤字脱字がない所を見るに、この遺書を書いた者には、ある程度の教養を有していた事が分かる。(代筆の可能性があるので、オイゲン自身がどうであったかは分からないが)
他にあるとすれば、オイゲンはこんな時にも懐に、半分ほど飲み掛けになった革製水筒を忍ばせていたという事ぐらいだ。中身は安物の葡萄酒。景気付けか、ただの依存か……なんにせよ、戦闘を前にアルコールに頼りたくないものだと、マテウスは独り言ちた。
また、オイゲンという名前。覆面の下の顔立ちや体型を見てエウレシアでも西部付近、もしくは更に西のドレクアンの出身である可能性が高そうだな、という感想をマテウスは持った。
マテウスがドレクアンの内戦の事を初めて耳にしたのはダグからだったが、あれから彼は内戦の理由を個人的に調べていた。先の事件にそれが深く関わっているような気がしたからだ。
調べた結果、現政権の東ドレクアンと、軍部が主体となった西ドレクアンとの争いの主な原因は、エウレシア王国との同盟との他に、クレシオン教への改宗問題だという事が分かった。現政権の東ドレクアン側は、自国のクレシオン教への改宗を推し進めたいと考えているのだ。
改宗する事で得られるメリットは多くある。教会の庇護下におかれる事で異形討伐の支援が約束されるし、教会が保有して管理されている、理力付与の最先端技術が開示される。
エウレシア王国がそうであったように、国内のインフラを整えるのに、これ程心強い味方はいない。改宗による国内清浄化こそが東ドレクアンの真の目的であり、エウレシア王国との同盟はその足掛かり程度にしか考えてない。
だが、当然デメリットはある。その最たるが今回問題になった献金だ。これは鉱山の採掘から装具を含めた理力付与製品全ての製造に発生する税金のようなものだ。
およそ理力に関わる全てに圧し掛かる献金の総額は、膨大な数字になるが、1度教会の庇護下に置かれた上でこれを避けようとする行為は、異端とみなされ世界中に勢力を拡大する教会の暴力(教会側の言葉を借りるならば神の威光や神の意志)に晒される事になる。今現在、ゼノヴィアを悩ませる種がこれである。
このデメリットに晒される事に反発して、クーデターを起こしたのが西ドレクアン革命軍である。エウレシア王国よりも広大な土地に、幾つもの理力石の鉱山を持つ彼等のドレクアン共和国は、このデメリットによって生活が苦しくなる者も多く、それがそのまま支持層となって国を真っ二つにしてしまったのだ。
その上、軍部が中心の彼等は、当然長年に渡って戦争を続けていたエウレシア王国に対しても、いい感情を抱いていない。これだけ意見が違えれば、彼等が和解する日が訪れるに、まだまだ長い歳月を要するのは火を見るよりも明らかだ。
そんな激しい戦火を逃れてきたのが、ドレクアンの難民だ。元々敵国であった彼等にエウレシア王国でまともな居住が得られる筈もなく、貧民街で燻った生活を強いられているのである。その心の内に秘めた憎悪は、今回の事件で行き場をなくした人達と遜色ないだろう。
(同情ぐらいはしてやるよ)
マテウスは彼等の瞳を閉じてやる。祈りは捧げない。彼等が祈る神を知らなかったからだ。後は、さっさと使えそうな装具や金目の物を剥ぎ取ってその場を立ち去る事にした。
マテウスは死体に対する感傷など持ち合わせてない。どうせ検分されずに闇に葬られるであろう、彼等にとって必要ない物を、自分が引き取って有効活用するだけだ。
その姿は騎士などではなくただの野盗のようであったが、それを指摘する者はいない。といっても、彼は松明の他にも本を数冊書庫から持ち帰っていたので、大した量は剥ぎ取れなかったが。
それから出口付近まで移動したマテウスは、持ってきた松明をその場に捨てる。残党を警戒しての行為だったが、出口には入って来た時にはなかった3つの死体が並んでいた。どうやらオースティンは言葉通りの仕事をしたらしい。
表向き寂れた空き家として姿を残す屋敷の外まで出ると、星々の輝きと大きな月の光がはっきりとマテウスを映し出す。ここに入っていた事を誰かに見られるのは面倒だ……そう考えたマテウスは、新鮮な外の空気を吸い込むのも程々に、足早にその場を後にした。