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姫騎士物語  作者: くるー
第三章 抱えゆく選択
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暗然に並ぶ墓標その2

「なんだお前達は?」「どういう事だっ? なぜ、我々以外の人間がこの通路を使っているっ!?」「情報はデマだったという事かっ!」


 侵入者達は思い思いの言葉を口にする。手に持つ松明を此方に向けて掲げる彼等の顔は、どれも同じような頭巾を被り、目元を残して鼻から下を布で覆って隠していた。ほうきでも持ち歩いていれば、あるいは掃除夫に見えなくもない装いだったが、生憎あいにくとここは使用の少ない隠し通路で、彼等は腰に剣を携え、空いた片手に銃型装具を握っているので、その可能性は少ないだろう。


「随分賑やかだな、オースティン。俺はここを王族しか知らぬ隠し通路だと聞いていたんだが……この様子じゃ明日には露店でも並ぶんじゃないか?」


「笑わせるな。俺がいる限り、並ぶのは死体だけだ」


 オースティンの発言に、侵入者達は彼等2人が敵であるという事を、ハッキリ認識したようだ。松明を地上に置いて、各々が装具を構える。先頭に立っていた男が続けて口を開いた。


「我等は暁の血盟団っ! 理力に傾倒したこの国を変える為に、参上したっ!」


「暁の……なんだって? 知ってるか?」


「知らん。リネカーは敵の名前など覚えない。1人の例外を除いてな」


 オースティンの視線の先が自分に移った事に気付いて、マテウスは渋面を浮かべる。


「痺れる告白だな。時と場所とシチュエーションとお前の性別と……その他諸々が全部違っていたら、もう少しマシだったんだろうが」


「えぇーいっ、ゴチャゴチャとっ! 此方は5人だぞっ! 邪魔をするなら分かっているのかっ?」


 先頭に立つ男が武器を掲げて1歩前へと進み出るが、マテウスはその様子を白けた眼差しで眺めていた。武器を持つ手は僅かに震え、踏み出した足の重心が定まっておらず、攻撃に移れるような体勢ではない。


 台詞の威勢はいいようだが、大人2人並ぶのが精一杯のこの通路で、互いの射線が重なり合ったまま、棒立ちの陣形を組んで、どう数の利を活かすつもりなのか疑問だ。そもそも訓練された者ならば、会話に興じる前に即座に撤退するか、マテウス等を最初から全力で排除するかの選択するべき場面である。


 総じてマテウスは、彼等は素人と大差なく、カナーンの戦闘員達の方がよっぽど訓練が行き届いていた存在だと見抜いた。しかし、王宮への隠し通路を知り得る妙な情報網を持っている。彼は出来ればこのまま計画の全容であるとか、誰の手引きであるかを零すのを期待して会話を引き伸ばそうと考えたが、オースティンはそんな彼の思惑を無視した行動に出る。


 彼は、姿が掻き消えたと見間違う程の移動速度で前進。先頭で最も口を開いていた男の下顎に掌底を見舞う。男の顔が大きく歪むが、その瞬間を目に出来た者は少ない。


 仰け反った彼の顔に、すぐにオースティンの右手が覆いかぶさり、地面へと投げ付けられたからだ。男の後頭部は、地面へ投げ付けられたトマトのように赤い花弁を散らして全壊した。


 事態の急変に、生き残った4人が身構えようとした瞬間には、オースティンは4人の後ろに姿を現していた。彼は後ろから両手を伸ばしてそれぞれで2人の顔を鷲掴み、それを力任せに引っ張る。それだけの事で、身体は前を向いたまま、首から上だけが後ろを向いた異様な死体が2つ出来上がり、それは膝から崩れ落ちて地面へと倒れた。


「……はっ? えっ?」


 恐怖に声を漏らそうとした男が、たじろぎ、後ろに下がろうとするが、いつの間にか彼の左胸には彼自身が右手に持つ剣が突きたてられていた。勿論、恐怖の余り自殺したわけではなく、オースティンによって右肘から上を誘導されてそうなったのだ。


 オースティンは驚きに痛みが追いつかない男の首の根を、正面から掴んで引き込み、足を払って男をうつ伏せに倒す。そうする事によって、男は自らに更に深く剣を突き立てて、床に突っ伏すようにして絶命した。


「このっ! くそぉっ、なんでっ!? 壊れたのかっ?」


 最後に生き残った男は、銃型装具の引き金を何度も引くが、一向に理力解放インゲージされずに、戸惑っていた。見た目にも粗悪な出来の銃型装具ではあったが、別に壊れた訳ではない。銃型装具と、彼が右手に持つ剣型装具とが理力解放の相干渉そうかんしょうを起こしているだけだ。


 装具を複数で身を固めた方が強いと考えがちの、素人が起こしやすい初歩的なミス。装具を多く携帯すれば携帯するほど、指定の装具だけを理力解放させるのは意外に難しい。


 緊張、恐怖、興奮……様々な感情に晒される実戦においては、尚更だ。未熟な者ならば大人しく、1つの装具に複数の理力倉カートリッジを用意するのが、最適解となる。


 そんな基本的な事も教わらずに、この場に立つ事を命じられた彼等は、背後に誰かの影があったとしても、捨て駒程度にしか考えられていないのだろう。


(捕らえても、大した事は知らんだろうし……そもそもオースティンが見逃す訳もあるまい)


 マテウスが尋問を諦めた時、オースティンは無様にうろたえる男を前にしてなにも手を出さずに直立していた。そもそも彼が本気を出せば、引き金を引く隙すら与えなかっただろう。一体なにをするつもりなのかとマテウスはいぶかしんでいたが、男の方が武器を投げ捨ててマテウスへと向けて走り出す。


「邪魔だぁっ! どけっ、どけぇっ!」


 男はオースティンには敵わないと判断して、標的をマテウスに変更したらしい。オースティンも動く様子はなく、どうやらマテウスは処理を押し付けられてしまったようだ。


 マテウスにとっては色々と不満の残る展開ではあるが、自らの身は守らなければならないので、オースティンに割いていた警戒を向かってくる男へと少し向けた。


 その瞬間を狙い澄ましたかのように、事態は起こった。突然に見えないなにかが男の胸を貫き、大きな風穴を開けて、マテウスへと強襲してきたのだ。


 男の動きに呼吸を合わせていたマテウスは、完全に意表を突かれたが、それでも反応して見せる。彼が、左手に持ち替えていたカンテラを突き出しながら身を屈めると、拳大の見えない塊がカンテラへとぶつかり、一瞬にしてそれを破砕する。


 そして、その事態によって見えない塊の位置と、大きさをある程度把握する事が出来たマテウスは、そこから更に顔を反らして対応した。


 彼の耳元を風切り音が走り抜ける。第1射をやりすごしたマテウスだったが、一呼吸置く暇もなく、第2射への対応を迫られる。マテウスは男の腹を貫いた第2射の軌道を予測。屈んだ体勢のまま流れるように右半身を後ろに下げて、からだを薄くする事で回避し、更に次へと備えて身体を起こす。


 しかし、次は訪れなかった。大きな風穴を2つ開けた男は絶命し、マテウスの目前で前のめりに倒れる。男の刺客の影に姿を隠していたオースティンは、マテウスへと向けていた右手を降ろして、小さく鼻で笑った。


 その様子から見ても、2つの見えないなにかは間違いなくオースティンが放った物なのだが、マテウスが注意深く観察しても、彼が装具を身に着けているようには見えなかった。義妹のパメラ同様、服の下に隠せる事の出来る装具なのかもしれない。


 なんにせよ……最後の男に手を出さずに泳がせていたのは、初めからマテウスを巻き込んで攻撃するつもりであった事は明白。どう非難してやろうかと考えているマテウスの目に、壊れたカンテラが止まって、彼は思わず愚痴を零した。


「おい、お前の所為でカンテラが壊れたぞ。結構な値打ち物だったんだがな?」


「そうか。壊れたのがカンテラだけで良かったな。身代わりになってくれたそいつに感謝しておけ」


 マテウスの言葉にも、全く悪びれる様子のないオースティン。マテウスに、これ以上この件についての糾弾きゅうだんは無意味だと判断させるには、十分過ぎる態度だった。

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