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姫騎士物語  作者: くるー
第三章 抱えゆく選択
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最上たる誉れその3

 医務室の外へとエステルを連れ出して、廊下で彼女を降ろしてやるマテウス。エステルは床に足が着いた瞬間、弾かれたように動き出してマテウスを掻い潜って医務室へと戻ろうとするが、マテウスの太い腕が彼女の後ろから伸びて、今度は頭を引っ掴まえた。


「何故だ? 邪魔立てするなっ、マテウス卿」


「君こそ、いい加減諦めろ。これ以上、話をややこしくしてくれるな」


「あうっ!?」


 頬を打つ激しい音が廊下に響く。振り返ってマテウスに掴み掛からんばかりの勢いで見上げてきたエステルの両頬に、マテウスの両手が打ちつけられたのだ。マテウスは膝を落としてエステルの顔に顔を寄せ、そのままグリグリと両頬をこね回す。意外にもそこは柔らかだった。


「エステル。俺との約束を覚えているか? 揉め事を起こす前には?」


「おもえてふっ。ふぃんこしゅうわっ!」


「なにを言ってるのかさっぱりだが、まぁやってみろ」


 エステルが大人しくなったのを確認してマテウスは両手を離してやる。彼女の両頬は真っ赤になっていて少しやりすぎたか? とも思ったが、エステル本人は痛みなど気にならないようで、両腕を大きく広げて深呼吸を始めた。マテウスはそれが終わるのをジッと待ち、終わったと同時に再び話しかけた。


「落ち着いたか?」


「うむ、落ち着いた。では、行って来るっ!」


「行くな、馬鹿」


「何故だっ? あの医者は、騎士であり、私の仲間であるレスリー殿の事を侮辱し、不当な扱いを与えている。改めさせなければ、気がすまん」


「君の言い分も分かる。だが、先に仲間であるレスリーの安否だ。こんな状態で、この場所に置いたままにしておく奴があるか」


「その為にも私はあの医者にだな……」


「その結果がこれではな。何事をするにも目的を明確にしておくべきだ。君が守りたいのは本当にレスリーなのか?」


「当然だ」


「それならば、今は黙って手伝ってくれ。彼女を移動させて傷の手当をする」


「……むぅ。分かった」


 全く納得のしていない渋面を浮かべたまま、首を縦に振るエステル。そんな彼女をよそに、マテウスはレスリーを両腕で抱えた。下に敷いた毛布をエステルに持たせて、医務室の中へ。医務室に入ると他の負傷者達から奇異の視線と、声を殺した苦笑いを浴びせられるが、それを避けるようにして室内の隅へとレスリーを寝かせた。


「これは思ったより深いな」


 包帯を外して、レスリーの顔をみると左頬全体に赤い傷口が広がっていた。出血は止まってはいるから、今すぐに死に至る事はないだろう。しかし、所々だが真皮まで抉れてしまっているこの傷口は、自然治癒に任せるには深すぎる。


「どうだ? 治癒系理力解放を使ったほうがいいのではないか?」


「使った事のある君なら分かるだろう。治癒系理力解放は、激しい痛みを伴うし、入院を強いられる程に体力を削る。それに、繰り返せば抵抗力が上がって、治癒系理力解放自体が利きにくい身体になる。いざという時以外は使わない」


「しかし、この傷は……」


「そうだな。もしかしたら、残ってしまうかもな。この状態のレスリーを放って、医者に喧嘩を売る奴があるか。もう1度聞く。君が守りたいのはレスリーか? それとも名誉か?」


「うぅ……」


 押し黙ってしまったエステルを置いて、マテウスは薬品棚へ。成分表を確認して軟膏と包帯を手に戻ると、自らの両手を清潔にした後、再びレスリーを前に腰を下ろした。


「真っ直ぐなのは君の美徳の1つだが、時と場合によって頭を使う事を覚えるんだな……まぁ、苦手なんだろうが」


 エステルの頭を拳で軽く小突くと、彼女は両手で頭部を押さえた。視線をレスリーに落としたまま、口を開こうとしない。彼女なりに考えているのだろう。深くは追求せず、マテウスはレスリーの傷の手当を始めた。


「レスリー殿の傷は私の責任だ。私がワイルドバイソンを抑え続けていればこんな事には……」


 自らを責めるように呟きながら、悔しそうに拳を握り締めるエステル。やり方こそ不器用ではあったが、彼女なりに責任を背負って、真剣にレスリーを助けたかったのだろう。ただただ、あらゆる場面で彼女は無知であり、やり方を知らないのだ。


「それについては、俺も気になっていた所だ。事前の訓練で何度も繰り返した筈なのに、なんであのタイミングで理力解放インゲージを解除したんだ? 理力倉カートリッジにも余裕はあった筈だし、体力にも余裕があった筈だが」


「確かに、もっと長丁場を想定した訓練を繰り返しはしていたが……私が見る限り、あの時体力に余裕が残っていたのは、ヴィヴィ殿だけだった。すでにフィオナ殿もレスリー殿も……恥ずかしい話だが私もいつまで抑え続けていられたか」


 どんなに実戦に沿った訓練を繰り返そうとも、実戦の緊張感は人の体力を余計に削いでいく。ましてや、異形狩り経験者のヴィヴィアナを除く面々は、これが初陣であった。マテウスも当然それを想定して、厳しい訓練を彼女等に課して送り出したつもりだったが、それでも見込みが甘かったらしい。


 それに、マテウスの予想を覆す、大きな誤算があった事も原因の1つだ。だがそれはエステルの責任ではなく、ヴィヴィアナに関する事だったので、彼はこの場では口にする事は控えていおいた。


「あのままジリ貧になるよりはと思っての行動だったんだが……マテウス卿の言った通り、殲滅の蒼盾(グラナシルト)の理力解放を解除したまま抑え込めるほど、甘い相手ではなかった」


「……そういう理由があったのであれば、仕方がない。だが、団長としてあの場に立っていたのであれば、まずは声を出して指揮をしろ。君は頭に浮かんだらすぐに動く傾向が……いや、先に身体が勝手に動くタイプだな」


「くぅっ! なんという辱めっ! 殺せっ!」


「勝手に死のうとするな、馬鹿。まったく、とことん指揮官向きではないな。君が連携をとっていたのであれば、レスリーが慌ててフォローに入る必要はなかった。当然、こういった事態も防げたかもしれない。まぁこれに関しては君を団長に指名した俺の責任でもあるか……」


「いや、これは私の責任だ。それとも卿は団長である私に、レスリー殿にマテウス卿こそに責任がある伝えろと言うのか? そんな恥ずかしい事をさせてくれるな」


 マテウスが軟膏を傷口に塗りこむ度に、顔を歪めて苦悶の声を漏らすレスリーを見下ろしながら、エステルは唇をきつく噛み締めた。


「レスリー殿を助けるつもりが、逆に危うい所を助けられ、しかも彼女を傷つけてしまうとは……返しきれぬ程のこの恩義。いつか必ず報いてみせねば」


 その使命感の行き着く先があの医者とのやり取りだと思うと、口にはしなかったが改めて彼女をどう教育したものかと、頭を抱えたくなるマテウスであった。


「とりあえず話は終わりだ。控え室に戻って装備を着替えてこい。ヴィヴィアナとフィオナも待っている筈だ」


「せめてレスリー殿が目覚めるまで傍に……」


「君の装備の配送を頼んである。彼等を何時までも待たせて、大会の進行を妨げれば騎士団としても評価が下がるだろう。それに気付いてないのだろうが、いつにも増して泥まみれで酷い顔だぞ? レスリーが見たら身体に障るレベルだ」


「くぅっ! それでは、毎日私の顔が泥まみれのようではないか」


「嫌味に気付いてくれてなによりだ。すぐに控え室に戻って、少しはフィオナを見習うんだな。それと最後の一撃の事だが……」


 マテウスの言葉にたじろぎ、顔をペタペタと両手で気にしながら外へと出ようとしていたエステルが立ち止まって振り返る。彼女が次の言葉を待つ様子を見て、結局マテウスは本来伝えるべき続きを、口にしなかった。


「よくやった。君の選択が騎士団を危険に晒したかもしれないが、騎士団の窮地を救ったのも間違いなく君だ。君の入団を教官として誇りに思うよ」


「……っ? !? あ……あぁっ! 私は必ずもっと成長する。王女の騎士の名に恥じないくらい成長して、卿に並ぶような活躍をしてみせるからなっ! うおぉぉぉーっ!!」


 手放しの賛辞に意表を突かれて声を失っていたが、すぐにお菓子を前にした幼女のような笑顔を顔全体に浮かべて宣言し、気合の雄たけびを上げて、激しくおさげを揺らしながら廊下を駆け抜けていくエステル。


 結果、残されたマテウスは、静まり返った部屋で嘲笑ちょうしょうを一身に浴びる事になったが、これには流石の彼も、少しばかりの羞恥しゅうちに苦笑いを浮かべるより他なかった。

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