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姫騎士物語  作者: くるー
第三章 抱えゆく選択
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最上たる誉れその1

 ―――同時刻、バンステッド闘技場内、選手控え室前


 バンステッド闘技場では、関係者席から直通の階段を地下まで下った場所に、選手控え室が用意されている。今回の査定では、大会当日の騎士団毎にそれぞれに個室が用意されていて、当日中は更衣室やウォームアップなど、思い思いの用途で使う事が許可されていた。


「マテウスだ。入っていいか?」


 複数並ぶ個室の中、マテウスは赤鳳騎士団の控え室の扉をノックしながら声をかけた。小さな部屋の中にいる筈の人物達は、まだ若いとはいえ一応女性だ。着替え中の可能性も配慮して、暫く間返事を待つが、返ってこない。


「マテウスだ。誰もいないのか?」


「はいっ……開けっ、ます」


 最初の時より大きく声を張り、より強くノックを重ねるとようやく返事が返ってきた。中から扉を半開きして、覗くように顔を出してきたのはフィオナであった。


「ごめんな、さい。反応が、遅れて」


「構わない。入っても大丈夫か?」


 強く頷いて、部屋に戻るフィオナ。彼女は既に装備を外して、私服に着替えを終えていた。マテウスは、そんな彼女の背中を追って控え室の中へ入るが、室内には彼女の姿しかない。


「他の者は?」


「……みん……医務室。レスリー、さんの……様子を見に」


 フィオナ・ゾフ。約1ヶ月前の事件以降、赤鳳騎士団が正式に結成した直後に入団してきた、バルアーノ領領主、ゾフ伯爵家の長女である。丸く垂れた大きな瞳、特徴的な丸顔でふっくらとした女性らしい丸みを帯びた体型で、綺麗と例えるよりも可愛らしいと例えられる事が多いであろう、温和で穏やかなイメージを抱かせる15歳の少女だ。


 そんな彼女が、長椅子へと腰掛けながらマテウスの質問へと答えを返す。彼女が何度も口を手で覆いながらたどたどしく話すのは、別に戦闘後の緊張感が残っているからだとか、マテウスの前だからといった理由ではなく、普段からだ。


 最初は彼女と話した時、マテウスはまた自分の風貌が怖がらせているのかと思った。冷たく厳しい彫りの深い顔立ち、いつも皺の寄った眉間、これに190cm以上の筋骨隆々とした巨躯が加われば、人類よりも霊長類に近い。大抵の女子供は二の足を踏む。


 だから他の者と話すのであれば普通になるのだろうと思っていたのだが、そんなマテウスの予想をひるがえして、彼女は誰に対しても、どこか喋りにくそうにたどたどしく、自分の言葉を確認しながら話す少女であった。


 テンポの遅いのんびりとした性格なのだろうかともマテウスは考えてが、それも事実とは異なるようだ。ロザリアとの座学では成績優良、マテウスの剣術の教えに対しても飲み込みは早く、要領がいい部類なのである。


 では、寡黙な性格であるのかといえば、そうでもない。会話は少ないが喜怒哀楽をハッキリと表現する表情は、騎士団の中の誰よりもやかましい。今もマテウスを前にして、おっかなびっくりながら、どこかもどかしそうにした表情をしている。よって、現状マテウスが抱いた彼女に対する評価は、そんなどうにも捕らえ所のない物となっていた。


「レスリー。そうか、最後に気を失っていたな。悪いのか?」


「あぁっ、違う……ます。多分、大丈夫。詳しくはまだ知ら、知りませんが」


「君はどうしてここに?」


「それは、その……」


 マテウスは質問を投げかけた後、するまでもなかったかと反省した。このようにたどたどしく話す彼女は、まだ騎士団の中でも孤立しがちなのである。前述した通り、フィオナはマテウス以外の者が話しかけても話辛そうにし、困惑を露にした表情を浮かべるので、皆が彼女の扱いに困ってしまい、遠慮する。


 悲しいかな、フィオナ自身もそれを察する事が出来てしまうようで、皆が集まる場所を自然と避けるようになり、入団当初から現状のように孤立する場面が多くなっていた。


(違う……ます、ね)


 フィオナがなにを嫌って話し難そうにしているのか……マテウスは少しだけ心当たりがあったが、外れている可能性もあるし、相談されてもないのに口を挟むのははばかられるな、などと考えて様子を見ていた。騎士団の雰囲気が悪くなるようなら……とも考えていたが、現状ではそのような傾向はない。


「君に怪我はないか?」


「ない、です」


「そうか……怪我もなく、よく生還したな。ワイルドバイソンへの最後の一撃も、見事だったぞ」


「ありがとう、っです」


「だが後半、疲労が色濃く出てしまっていたようだ。基礎体力が足りないからだろうが、まだ君が入団してから1ヶ月。それは追々つけていけばいいだろう」


「はい、です」


「です、はいらない。明日の訓練はオフにしておこう。ゆっくり休養を取るといい」


「はい」


 短い言葉のやりとりではあったが、休養という単語を聞いた瞬間、フィオナに分かり易い笑顔が浮かんだ。目元を緩ませて横髪を弄りながら、どうやって過ごそうかと妄想を膨らませているようだ。こういった瞬間の彼女は、騎士団の中で最も女らしい反応を見せる。


 彼女がいま着る衣服にしてもそうだ。膝上のスカート、大人しめな配色ながら、袖や襟に小さなフリルをあしらったアフタヌーンドレス。ロザリアの話によると、貴族や富裕層の女子が普段着として好んでする、いま流行のファッションらしい。(勿論、マテウスは知らなかった)訓練しかない日でも軽い化粧を欠かさないし、訓練後の汗の臭いも人一倍気を使っているようで、香水を使っている姿を何度か見かけた事があった。


 入団当初から騎士団に出資出来る程に家が裕福で、残りの団員とは経済的に格差があるのも理由の1つと言えるが……他の団員達は、いずれもが女性としては壊滅的なので、マテウスにそれが新鮮に映った。


 レスリーは女性というより、女使用人メイドとしての印象が強い。頭の中でなにを考えてるか分からない上に、零れる独り言は耳年増で煩悩ぼんのうまみれな女に、女性を感じろとは無理な相談だ。


 エステルに至っては、訓練直後の汗だく衣服を着たままに、頭から井戸水を被って、犬猫のように身体を震わせた後に、「服が乾くまで走ってくる」と、笑顔で言い残してランニングを始めるような奴だ。女性である前に、人間であるのかも疑わしい野生である。


 ヴィヴィアナはこの2人よりも大分マシになる。化粧や香水、ファッションに興味もあるようで、それらに関してフィオナとかなりぎこちない会話しているのを目撃した事が、マテウスにはあった。(孤立しがちなフィオナの事を、最も気に掛けているのも彼女だ)


 だが、彼に対してヴィヴィアナは未だに刺々しく、訓練中の事務的な会話が唯一といえるコミュニケーション。関係からして女性を意識するような間柄になかった。だから、マテウスにとってフィオナは人一倍女性らしく映って、それゆえにこんな環境では苦労が多そうだな……程度には感心していた。(感心というには少し適当でないかもしれないが、えて)


「他の者とレスリーの事が気になるな。医務室まで様子を見に行って来る。君には装備を引き取りに来るに者をここで待ってもらいたい」


「えぇっ!? そんなん……いえ、はい」


「そんな嫌な顔をするな。すぐ他の者をここに合流させるから、少しの辛抱だ」


 マテウスに表情を指摘されると、丸顔が少し潰れるまで強く押さえながら下を向いて、表情を完全に隠した。ただ、両手で隠せてない耳まで真っ赤なのでなにを思っているかは察する事が容易だ。


(本当に分かり易い。誰かに見習わせたいな)


 仮面を顔に着けたかのような無表情な女使用人を思い浮かべて、誰にも聞こえぬように皮肉を頭の中で呟いたマテウス。それ以上のフィオナの返事は聞かぬままに、控え室から退室して、言葉通りに医務室へと足を向けた。

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