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姫騎士物語  作者: くるー
第二章 過ちばかりの道すがら
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エピローグその2

「マテウスさん、来ていたんですね」


 そう告げたロザリアは膨れっ面をしていた。ぷくーっと両頬を膨らましたまま、ヴィヴィアナのベットに腰掛ける。


「どうした? なにかあったのか?」


「また、看護師さんに怒られちゃいましたっ。エステルさんはちっとも安静にしないから病状が悪化するし、他の病室からは騒がしいって苦情が入るし、パメラさんは勝手に病室から抜け出すしっ」


「あぁー……その、ごめん姉さん」


「そ、それは迷惑を掛けてしまって申し訳ない、ロザリア殿。私も早く治したい一心であんな事を……」


「もうっ、いーんですっ。皆、私の言う事なんて聞いてくれないんですからっ、私、拗ねちゃいますっ。看護師さんには保護者なんだからしっかりしてくださいって……そんなに歳が離れたように見えたのかしら? 失礼しちゃうんだからっ」


「それは酷い。災難だったな」


 ロザリアが保護者認定されたのは、間違いなくマテウスの言葉が原因なのだが、彼はしれっとロザリアに同情する素振りを見せた。ベッドの端に腰掛けて、足をパタパタとさせる様子は、確かに保護者というより子供のような姿だ。


 だがそれも過剰にそう見せているだけであろう。実際、改まって怒られるよりは、エステルもヴィヴィアナも反省しているように見えた。こういう反省の促し方もあるのだろう。


「はぁ、それは置いておくとして、外で見ましたよ。彼女を」


「彼女?」


「私が答えなくても、もうすぐ来るんじゃないかしら?」


 普段通り、悪戯いたずらな笑みを浮かべたロザリアはベッドから腰を上げてマテウスに近寄った。マテウスが席を譲ろうと立ち上がった所で、皆が廊下を歩く複数の足音に気付いた。そして自然と視線が、入り口扉へと集まる。


 最初に入ってきたのはパメラだった。いつもの無表情は変わらずだが、顔色は少し青白くて調子の悪さが伺える。それでも普段通りにスラリと背筋を伸ばして、女使用人メイド服を着こなす凛々しい姿は健在だった。


 そして彼女の後ろから病室へ入ってきたのは、アイリーンだった。病室の外に多くの護衛を残しながら入ってきた彼女は、金糸のようなブロンドの長髪、うっすらと化粧を施して、胸元の開いた白いドレスを楚々として着こなしている。そのさまは、王宮から抜け出した別世界の麗人れいじんであった。


 マテウスとロザリアとレスリーの3人は、そうするのが当たり前のように膝を着きながらこうべを垂れる。エステルは魂を奪われたかのようにアイリーンの顔を見詰めて、ヴィヴィアナは逆に顔を落として視線が合うのを避けた。


「えっと……初めましては、可笑しいよね? でも、こっちだとやっぱりそうなるのかな? アイリーンです。王女やってます……なんて……」


「はっ!? 申し訳ありませんっ! こんな体勢でっ。ヴィヴィ殿も、はやくっ!」


 意識を取り戻したエステルは慌ててヴィヴィアナまでも急かしながら居住まいを正そうとするが、アイリーンが両手を振ってそれを制止した。


「だ、大丈夫っ! 大丈夫だからっ! 私、そういうの気にしないから。エステルもヴィヴィアナも、怪我をしてるんだし。楽にしてていいよ。ほら、皆も。顔を上げて?」


「し、しかし……」


「いいよ、エステル。本人が言ってるんだし、楽にしてよ? それに私達……この娘の所為せいで巻き込まれて、こうなったんだよ?」


「ヴィヴィ、貴女はまたそんな言い方をして。それにあれはマテウスさんの……」


 ヴィヴィアナのアイリーンに対する態度を見かねて、ロザリアが口を挟もうとするが、それを手をかざして制止したのはマテウスだ。ロザリアは視線でマテウスになんのつもりかと問い掛けたが、彼は黙ってアイリーンの言葉を待った。


「その事に関しては、ごめんなさい。私が勝手な事をした所為で、貴女達まで危険な目に合わせた事……とても反省してる」


「王女殿下が気になさる事はありません。私共は貴女の親衛隊騎士。兵舎に足を踏み入れたその日から、貴女の盾となる覚悟は出来ております」


「はっ……なによそれ」


 エステルの言葉にヴィヴィアナは、完全にアイリーンから視線を逸らして、失笑する。その様子にアイリーンは声もなくうつむいて、ドレスのスカートをキュッと両手で握り締めた。


「ヴィヴィアナ。言いたい事があるなら、ハッキリ言っていいぞ」


「別に……なんでもないから、話続けなよ」


「どんな発言であっても、君とロザリアの立場なら俺が保証する。その事で悪いようにはしないし、させないから、思った事をそのまま言ってやれ。そうだな……俺にしてるぐらいでいいぞ」


 マテウスがなにを考えているのか、発言の意図を推し量るような眼差しでもって見詰めるヴィヴィアナ。だが、口許だけを歪めて笑う彼からそれ以上のなにかを引き出せない事に気付くと、その目力のある瞳をエステルへと向けて、腹に渦巻いていた怒りを吐き出すように声を放った。


「じゃあ言わせてもらうけどさ……エステル、それは貴女の勝手な理屈であって、私はそんな覚悟なんて出来てない。あの兵舎に住む事になったのも、オジサンの口車に乗せられて、お金と貧民街より安全な住居って言葉に釣られただけ」


「先程から無礼が過ぎるぞ、ヴィヴィ殿。それにそれは貴女の認識が甘いだけではないのか? そんな甘い認識で王女殿下の親衛隊騎士になると首を縦に振った、ヴィヴィ殿自身の問題だ」


「私だけならそうかもね? でも、姉さんは違うじゃない。それに私達、まだ見習いでしょ? 正式に叙任じょにんも受けてない時点で、なんの事情も知らされないまま、いつの間にか危険な役目を背負わされて……それを覚悟だとか認識だとか、無茶にも程があるでしょ」


 たがが外れてしまったように、ヴィヴィアナの言葉は続く。彼女の怒りの原動力となるのは、自身が死に掛けた事よりも親愛すべき姉であるロザリアを危険な目に合わせた事実だ。そしてそれは、全ての事情を知っていれば、アイリーンが宿泊している間はロザリアを兵舎の外に避難させるなりなんなりして、防ぐ事の出来た事態だった。


「王女様が私達より特別な事ぐらい、私にだって分かるわよ。本当は直接こんな事言える立場でもないし、アンタの命の価値が高い事も知ってる。でも、やっぱり姉さんを巻き込んだ事を、私は許せない。私にとっては、知り合ったばっかりの王女様よりずっと大切な人だから。ねぇ、そろそろ教えてよ。私達にはどうして事情を話してくれなかったの? 身分を偽って私達に近づいて、アンタは一体なにがしたかったの? それ相応の理由があったんでしょ?」


「私は……」


 ロザリアは何度もヴィヴィアナを制止しようと腰を上げたが、その事如くをマテウスは制止した。彼が顔を上げた先。アイリーンが口を金魚のようにパクパクと開け閉めしながら言い淀む様子は、マテウスにとって珍しい光景だった。


 なにを考えているんですか? と、耳打ちするロザリアの小声を一瞬聞き逃す程に、彼はその光景に目を奪われていた。しかしすぐにマテウスは、しばらく彼女達に任せよう、とロザリアに対して小声で返す。


 そうしたやりとりの中でマテウスがもう1つ気になる存在は、ずっとヴィヴィアナに対して殺気を放っているパメラの存在だ。


 だが、パメラは動かなかった。彼女とて、この場にいる人間が傷つけばアイリーンが悲しむ事ぐらい理解していたからだ。マテウスは、さぞや悔しいだろうなと、彼女に対して心の中で苦笑いを送った。


「大切な人を守る為に、強くなりたかったから」


「アイリーン王女殿下。この場で隠し事は頂けませんな」


 誰よりも早く届いたマテウスの言葉に、口を開こうとしたエステルとヴィヴィアナの動きが止まる。アイリーンは顔を真っ赤にしてマテウスを睨んだが、彼は膝を着いたまま視線を返そうとはしなかった。


「なに? 王女様は私達には本当の事、話せないの?」


「そんな事ないっ! その、強くなりたいってのも理由の1つだから、嘘じゃないし……ただ、それと私は……私は、貴女達と友人になれたら嬉しいなって」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがり、何度もつっかえながら懸命に声を上げるアイリーン。彼女の表情とは対照的に、ヴィヴィアナは勿論の事、エステルもレスリーもロザリアも、冷め切ったような、呆気にとられたような、そんな表情を浮かべていた。


「友人って……私達とアンタが?」


「そう。変、かな?」


「いえっ、変とは申し上げませんし、大変光栄な事ですが……それと身分を偽る事とがどう繋がるのか、不肖の私には理解できません」


「いや、変でしょ。エステルもハッキリ言ってあげなよ。強くなるのも、友人作るのも、アンタなら王宮で出来るじゃない。身分を偽って、私達を危険に晒す理由がないよ」


「ヴィヴィ殿。王女殿下のお言葉に対して、貴殿はどうしてそのようなっ……」


「その、王女殿下のお言葉ってのが嫌だったのっ! 特別扱いされて手に入れたモノじゃなくて、私は私個人の力で、本当の意味で味方になってくれるような人が、欲しかった」


「その、あの、レスリーは少し分かる気がします」


 エステルとヴィヴィアナの会話に割り込むように告げられた、アイリーンの言葉に賛同したのはレスリーだ。おずおずと顔と片手を上げるが、注目が集まっているのに気付くと、ビクッと身体を震わせて手を下げる。


 マテウスは、そんなレスリーの背中を叩いて先を促してやる。力加減を間違えたようで、しばらく彼女は涙目で背中を気にしていたが、そこは勝手に許して貰う事にしよう。


「は、初めから王女殿下だと仰られたら、その……レスリーでは、恐れ多くてお話すら出来なかったと、お、思います。だから、その、あの……」


「ありがとう、レスリー。マテウスと知り合った時ね、私、始めて自分の身分を明かさないで話をしたの。その時の会話は……思い返しても酷い内容だったけど、でも、マテウスも私も、有りのままで話す事が出来たような気がして。だからね? 身分を偽って貴女達に近づけば、またあの日の会話が出来るかなって思って……それが理由の全部。だから、私の我が儘で貴女達を危険に晒してしまって、本当にごめんなさい」


 そう告げたアイリーンが深々と頭を下げると、レスリーは釣られて頭を下げる。エステルは困ったように後頭部を掻いて、ヴィヴィアナは気まずそうに視線を逸らしながら首元を掻いていた。そしてしばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのはロザリアだった。


「ヴィヴィ? 聞きたかった事はもういいの?」


「もういいよ。正直あんまり納得出来ないし、理解出来ないけど……それは私が王女様じゃないからだし。王女様からすれば、それが大切な事なんでしょ? だから、もういい。王女様に直接謝ってもらうなんて、貴重な体験もしちゃったしね」


「なら、これまでの話はここまでだ。次はこれからの話をしようか」


 立ち上がったマテウスへと、皆の視線が集まった。

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