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姫騎士物語  作者: くるー
第二章 過ちばかりの道すがら
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罪業形成さずとも心蝕むその1<挿絵アリ>

 マテウスがその場所へと辿り着いた時、初めて目に留まったのは通り中央に倒れる馬車だった。追跡石の反応もパメラが近い事を示していたので、足を止めて辺りを見渡す。


 ここに来るまでも交戦の痕は幾つか残っていたが、未だマテウスはパメラは勿論、敵の姿も確認出来ずにいた。(注意深く探せばパメラが倒した4つの死体を確認できただろうが、移動中なのでマテウスは気付かなかった)故に敵がどんな武装で何人残っているのか、把握どころか想定すら出来ていない。


 身を低くして追跡石の反応を信じて先ずはパメラの姿を探す。屋根の上から通りへと降り、その巨体を屈めて十分に警戒しながら移動した先で、家屋の瓦礫がれきに身を潰されているパメラを発見した。


「パメラ」


 呼びかけながら近づくが反応が無い。敵の姿が近くに無いのを確認して、黒閃槍シュバルディウスを脇に置いて瓦礫を除去してやり、パメラの容態を確認する。脈拍もしっりしているし、呼吸がある事に先ずは一息。しかし、右肩部と大腿だいたい部には風穴と、横腹に残る深い傷痕を見て顔をしかめた。このまま放置していては命に関わるのは明白だ。


「我等の忠義を見せろ、<ランスロット>」


 マテウスは迷う事なく、騎士鎧ナイトオブハートを展開した。端末デバイスである剣を横に寝かせて握り、掌で剣身に触れながら文言もんごんを唱えれば、彼の忠義が形と成って顕在けんざいする。


 最初に剣と彼の左肩の刻印が強い光を放ち、足元から立ち上った白い輝きがマテウスの身体ごとそれを包んだ。白い光が鎧として形を成すまでに数秒。眩い光が消えた時、白銀の騎士と化したマテウスがそこには立っていた。


 マテウスはパメラの治療をしようと手を伸ばすが、それは突然投げかけられた呼びかけによって中断される。


「はーいっ、ショーグン。ショーグンがお探しなのはー、こっちではなくて?」


 呼びかけに膝を落としたまま両手剣ツヴァイハンダーを構えるマテウスが振り返ったその先には、屋上から彼を見下ろす黒衣の騎士鎧がたたずんでいた。その様子は朝の挨拶を交わすような、余裕に満ちた態度だった。


 この時マテウスが冷静であったならば、彼は直ぐに敵の分析を行っただろう。騎士鎧のタイプはドレクアン製第5世代騎士鎧<パルミデス>。中身は20代付近の女性。騎士鎧の増援の可能性も考慮……そうやって1つ1つを一瞬で確認して、最善解を探していたに違いない。


 だがマテウスは、その全てを放棄して、黒騎士が右手から吊るしている物体に目を奪われていた。薄暗い中、月明かりで照らされたソレは、マテウスの両目に鮮明に焼き付いた。


 乱暴に捕まれて毛先の乱れた髪、生気を失った肌、半開きの口と喉から滴る血液……それは見間違う事もなく、アイリーンの生首だった。


(嘘だろう?)(コ)(どうして殺した?)(コロ)(また間に合わなかったのか?)(コロス)(コイツがやったのか?)(ころす)(アイリ)(殺す)(すまないアイリ)(殺してやる)(痛かったのか?)(殺してやるぞ)(ゼヴィ俺は)(必ず殺してやる)(今すぐ殺してやる)

復讐だ殺せ死を撃て斬れ潰せ殺せ殺殺殺殺殺殺殺殺!!!!!!!!


 だが次の瞬間マテウスは、黒騎士に両手剣を向けて警戒を強めながらパメラの治療を行っていた。パメラが痛みにうめいて身体を動かすが、それを半身を乗せて押さえ付けながら続行。肩と脚の風穴を肉を再生して塞ぎ、腹部の止血を施すだけの処置。これ以上、繊細な身体の内部を治療するには、自らの精神状態と状況がそれを許さないと判断したからだ。


「アハハハハッ、ハハッ、アハハッ……はぁ~ぁっ。本当、ショーグンってパーパの言った通りの人っ。面白ーい。私を殺したいんでしょっ、ねぇー、バラバラにする? ボコボコにする? グチャグチャにする? コナゴナにする? ねぇ、どーするの? ねぇ? ねぇ? ねぇ? 私感じちゃったよ、ショーグンの強い殺気。は、じ、め、て……ほんとーに死んじゃうかと思っちゃった」


「どこの誰かは知らんが、君に将軍と呼ばれるいわれはない筈だが? ……そしていい加減、悪趣味な茶番はよせ。大人しく依頼主を明かして、今後の捜査に協力するなら、生かしておいてやる」


 そう言いながらマテウスはパメラから距離を取って、理力解放を行う。それは視界をクリアにする為のものだ。何度か繰り返し、自らに掛けられていた幻覚から晴れてもう1度黒騎士を見上げた時、彼女が右手に携えていた生首はアイリーンから誰とも知らぬ男の生首に変化していた。


 パメラに注意を奪われ、背中を晒している際に幻覚系理力解放を浴びたのだろう。こんな初歩的な罠に掛かって幻覚に陥るなど、マテウスは自らの失態に呪いの言葉を残したくなる気分だった。


 アイリーンを生首に変えたいのであれば、親衛隊兵舎の時点で可能だ。それをしないという事は、彼女の命に価値がある事を示している。次にアイリーンが殺されたとすれば、パメラがこうまでして騎士鎧と正面から闘う理由はない筈だ。パメラが倒れるまで闘ったこの姿が、行方はともかくとして、アイリーンの生存の可能性を物語っている。極めつけは角度を変える事によって見つける事が出来た、馬車の陰に隠れていた成人男性の首なし死体だ。


 これらの理由と、幻覚から開放された視界から、落ち着きを取り戻したマテウスは、両手剣を剥きだしのまま腰に吊るして、黒閃槍を拾って構えながら、黒騎士を静かに見上げた。


「俺を将軍と呼ぶという事は、その頃の関係者か……だが、君のように若そうな女の知り合いはいないし、騎士鎧ナイトオブハートを市街戦に持ち出すような馬鹿にも身に覚えはない……さて、君は誰なんだろうな?」


「本当はー、私の事ー、殺したくて殺したくて仕方ないのにー。そうやって感情を押し殺して、先にまだ息のある役立たずの女を治療しちゃう……ふふっ」


 2人の会話は初めから噛み合いを見せていなかった。黒騎士の女が生首をマテウスに向かって放り投げる。誰とも知らぬ男の生首はゆっくりとした放物線を描いてマテウスの足下へ落ちるが、彼はそれに見向きもせずに黒騎士を問い質した。


「アイリーン王女殿下はどこだ? 大方の予想はついているが、君が正直に話すのならば罪は軽くなるだろう」


 嘘だ。予想などつかないし、彼女の罪は死を免れない。


「私の名前はドミニクよっ、ショーグン。冷静を装ってー、そうやって私とその裏まで情報を引き出そーとする……ほんとーにしたい事は違うんでしょ? ねぇ? ねぇ? 私には分かるわ、ショーグンの事。王女殿下にもー、そこに転がってる女にも分からないー、ショーグンのひ・み・つ」


「依頼主がいるんだろう? 吐いたらどうだ? こうなってはどうやっても君達に勝利はない」


 勝利はない? 勝負に確証などありはしない。次の瞬間この場に倒れているのは自分である覚悟がとうに出来ているだけだ。


「ショーグンはね、もうねー……心が壊れちゃってるのっ。そうやって、ずっとずーっと感情を殺して、殺して、殺し抜いてってしてる内にー、正しさの奴隷になっちゃたんだよねー? もうねっ、それはー、異常なんだよ? 気付いてるっ? 気付いていて、まだソッチにいるつもりなのー? 私達とー、なーに1つ変わらない癖にー」


「私達……それは、カナーンと君とを指す単語なのか? 違うな。君の若さで騎士鎧を操り、パメラを倒す。そこまでに育て上げた俺を知る存在、パパと呼ばれる男との事……の方が正しそうだ」


 テロリスト達を対象にした戦闘インストラクター……教官の真似事をする集団。そんな想像をして背筋に冷たい物が走った。


「王女殿下の生首を見てー、本物の殺意に焼かれて、焦がされて、私を殺して、殺してっ、殺したい癖にー、それでもそれをー選ぶ事が出来ない、悲しい悲しい正しさの奴隷。人間じゃないよ、貴方。正常なフリしてないでさー……こっちに来なよー。楽になれるよー?」


「…………どうやら、語り合おうとする事は無意味なようだな。騎士同士の決闘ではあるが、お互い名乗りを上げる程、上等な血は流れてはいまい。それに俺は、連戦で疲れていてな。とっとと終わらせて、帰らせてもらうとするよ」


 マテウスはそう告げて、黒閃槍シュバルディウスを右手に構えて一拍の間を置く。その仕草だけで空気が変わった事が、ドミニクにも伝わった。彼女が両手剣ツヴァイハンダーを構えた瞬間、黒閃槍が彼女の眼前に飛来した。


 ドミニクはマテウスを注視していた筈だった。だと言うのに、黒閃槍が眼前に現れるまで、それを投げ付けられた事に気付けなかったのだ。身を引きながら両手剣を使って黒閃槍を打ち払うドミニク。大きな音を響かせて宙へと弾き飛ばす。


 だが、両手剣を振り抜いく事でがら空きになったドミニクの左脇を、マテウスは狙っていた。マテウスの巨体がドミニクの視界の外から突然現れて、下から左わき腹を狙って両手剣で切り払う。


 理力の装甲は機能して、マテウスの両手剣の刃を食い止めはしたが、ドミニクの身体に響いた衝撃は彼女の肉体を壊した。騎士鎧の下で苦悶の表情を浮かべながら治療を待つが、その隙すらマテウスは与えてはくれない。


 市街上空30mまで打ち上げたドミニクに対してマテウスは追いすがり、2人の斬撃がぶつかり合う。騎士鎧同士のそれは、1合2合とぶつかり合う度に空気が裂けたかのような轟音が響き渡る。そして打ち合う程にドミニクの劣勢が浮き立った。騎士鎧としての完成度は間違いなく<パロミデス>の方が上である事を考えれば、このドミニクの劣勢には技巧の差が浮き立っているとも表現できた。


 堪らずドミニクは両肩から生えた触手を鞭のようにしならせてマテウスを叩きつけようとするが、それすらも回避して放たれたマテウスの前蹴りによって地面へと逆に叩き落される。


 フラムショットガン/ドラゴンイェーガー/レイグレネード/グリージョサイクロン……並列理力解放インゲージトゥー


 路面に亀裂が走る程の勢いで叩きつけられながらも、跳ね起きたドミニクはマテウスへと向けて理力解放を行使する。騎士鎧同士の戦闘では理力の装甲に阻まれるので、大凡おおよその理力解放は牽制程度の効果しか得られないが、その時間すらを求めてドミニクはソレらを放った。


 だが、その攻撃の全てをマテウスは回避せず、理力解放の荒らしの中を真っ直ぐに突き進む事によって、潜り抜ける。その上で、マテウスが身に纏う鎖帷子くさりかたびらで出来たような腰巻が、マテウスの意志で彼を包んでその被害を最小にまで防ぎきっていた。


 <パロミデス>両肩の触手。<ランスロット>の腰巻。これらは<ランスロット>以降の騎士鎧に搭載された補助機構だ。使用者が動く事を許可するだけで、有効射程内の対象へ、鎧自身の意志で攻撃ないし防御を行使する事が出来る。それは騎士鎧同士での戦闘を想定して作られた、騎士鎧の個性とも言える従者スレイブと呼ばれる理力付与技術エンチャントテクノロジーであった。


 想定される隙すらも作る事が出来なかったドミニクは、自らを覆う腰巻から再び姿を現したマテウスの突進を、打ち払う事も出来ずに正面から受け止めるより無かった。その強力な1撃を受け止めるだけで、彼女の体中に痛みが駆け抜ける。


 ドミニクがその衝撃に歯を食いしばった瞬間、彼女は左腹部に走る全く別の激痛に空気を求めて口を開いてしまう。チラリと視線を運んで、ようやくなにをされたのかを彼女は理解した。マテウスが扱う理力解放によって、ドミニクの視界の外から飛来した黒閃槍が、深々と彼女の左腹部を貫いていたのである。


挿絵(By みてみん)

んぞさん(https://twitter.com/hanzo1011)が描いてくださいました。

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