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姫騎士物語  作者: くるー
第二章 過ちばかりの道すがら
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神々しき白衣の騎士その2

「ふぅー……おう、お前かい? 俺の仲間を殺ったんわ」


 2人は粉塵の中からその声が届いた瞬間、同時に小さく顔を歪めた。想定はしていた。その為の臨戦態勢だ。だが、それでも終わらぬ悪夢を見せ付けられれば、彼女達の精神も追い詰められようというものだ。


「そうだけど? エステルがアンタ達の注目を集めてくれてる間に1人ずつ……1人残らずねっ」


 いつでも放てるようにと、赤い輝きを放つ矢を真紅の一閃(シュトラルージュ)つがえながら、声高く答えるのはヴィヴィアナだ。実は彼女の言葉には1つのハッタリが含まれていた。1人残らずという言葉である。


 何故ならヴィヴィアナは、探知系理力付与(エンチャント)を宿した装具を身に纏っていない。幾ら視力に自信がある彼女とはいえ、肉眼のみでかなりの広さがある兵舎内全ての敵の有無を確認して回るには、時間が足りなかったのだ。


 それでもヴィヴィアナが1人残らず排除したと豪語したのは、それによってヴィーノに焦りを生ませ、撤退を促せないかと考えたからであったのだが、それは現状に置いて愚策であった。


 その事はヴィヴィアナが知る由もない事情であったが、ヴィーノにはマテウスを抹殺するという最優先目的を抱えていたので、マテウスが帰還するまでの間に兵舎を離れるような判断を下す筈がないのだ。その上で彼女の発言がヴィーノに抱かせた感情は、焦りなどではなく……深い怒りだった。


 彼は絶対強者としてこの場に君臨しているのは、間違いなく己だと確信していた。だが現実はどうだ? 理由も分からず調子を崩した騎士鎧ナイトオブハートに悩ませれ、惰弱だじゃく小娘貴族エステルに粘られ、気の許せる仲間達を殺され……それらに対して抱いたヴィーノの深い怒りは、彼に残っていた慢心の全てを取り払ってくれた。


「もうええわ、お前ら。ねや」


 ヴィーノは理力解放を行った。理力解放の照準機構が損傷している中で、彼が選んだ理力解放は、ジャックディスペアー。照準の必要もない。その身を隠すだけの理力付与エンチャント。しかしエステルとヴィヴィアナは、その脅威を理解し、緊張と恐怖を覚えた。


 エステルはすぐさまズヘンシークを理力解放。音によってヴィーノを探知しようとした瞬間、自らの左横に風切り音を感じて、殲滅の蒼盾(グラナシルト)では間に合わないと判断し、ソードブレイカーを選択。左腕を上げようとするが、身動きした時点でその左腕に、またしても痛恨の一撃を喰らった。


 その光景を見て、ヴィヴィアナは冷静を保てずにいたが、それでも反射的にヴィーノがいるであろう方向に向けて、一矢いっしを解き放つ。真紅の一閃から放たれた赤い矢は、エステルを回避するように拡散かくさん。複数の矢となってヴィーノを捉えた。


 だが、彼女の全力の一矢の直撃に耐えた理力の装甲は、当然ジャックディスペアーを理力解放中ですら機能している。それぞれが人を射殺す事も出来うる一矢であったが、今のヴィーノの身体には衝撃を伝える事すら叶わない。


 しかしヴィヴィアナの狙いはそこではなかった。拡散した矢が当たったその先で、ヴィーノの存在を確認する事こそが彼女の狙い。そこへ目掛けて、電光石火のの矢を放つ。彼女の全力の一矢にはヴィーノをよろめかす程度の力はあった。エステルが起き上がるまでそれで騎士鎧を食い止める……そんな淡い狙いは、二の矢と共にアッサリと虚空へ霧散する。


「ヒゥッ!?」


 既にヴィーノはヴィヴィアナの背後に回りこんでいたのだ。ヴィーノが繰り出した足払いは、ヴィヴィアナの右脛骨みぎけいこつを横から圧し折り、彼女は上半身から先に地へと倒れ伏した。左手に強く握り締めていた筈の真紅の一閃は、受け身の際に取りこぼしてしまう。眼前に転がるソレをなんとか掴もうと這いずりながら伸ばした左腕を、無慈悲にヴィーノは踏み潰した。


「アァァァアーッ!!」


 ヴィヴィアナの悲痛な叫び声が、夜の空へと響き渡る。その声を聞いてヴィーノはようやく誰の視界にも捉えれる姿と、心の余裕を取り戻した。まるで万力まんりきの締め付けを増すように、ジワジワとヴィヴィアナの左腕を踏む足に力を込めていく。


「お前は楽には死なせへんぞ、コラ。お前が殺した22人の仲間の命……その分、たっぷり苦しんでもらわへんとなっ?」


 22という数字はヴィヴィアナにとって特別な意味を持った。彼女がこの兵舎で並べた死体の数に、ピタリと整合が取れたのだ。つまり、彼女は本当に兵舎に残っていた敵、目の前の男以外の全ての敵を、排除していたという事である。


「アァッ……アァハハッ! ハハハはぁぁぁあっ、フフフッハハハハハッ」


 これで大切な姉とレスリーの存在を脅かす外敵は、目の前の男ただ1人。そしてこの傲慢ごうまんで軽薄なバルアーノ領訛りの男は、兵舎の片隅にある武器庫の存在などに気付きはしないだろう。その事実が彼女の中で歓喜と達成感を呼び起こした。


 腕と脚を圧し折られた痛み、これから浴びせられる拷問への恐怖、22人もの命を奪った罪悪感、その全てが綯い交ぜになったヴィヴィアナは、壊れたように声を上げて、涙を流しながら笑った。


「なんや? 気持ち悪いやっちゃのー。もうアカンやつか?」


 ヴィヴィアナの涙を零しながらの高笑いを、ヴィーノは精神が崩壊したのだと判断して、不気味なモノを見るような目で見下ろす。だが彼の中で、仲間達の復讐はまだ果たされていなかった。命を奪うのは勿論、この程度の苦しみで壊れてしまっては物足りなかった。


 どうやって死なない程度にこれ以上痛めつけるか……そんな思考にふけっていたヴィーノの耳に、土を擦るような音が聞こえる。それはエステルの倒れていた方向からだ。目を向けてみれば、殲滅の蒼盾(グラナシルト)で自らを支えるようにして立ち上がるエステルの姿があった。


「馬っ鹿。もう寝てな、よっ」


 その姿を目にしたヴィヴィアナは、正気に立ち戻り思わず声を掛けた。立ち上がったエステルの左手にはなにも握られておらず、力なく垂れ下がっていた。受け身も取れず吹き飛ばされた為に、兜が外れており、額から流血していた。顔を上げる気力もなく、俯いたまま大盾を支えになんとか立っているだけの少女。それが今のエステルだった。


「ほぉー。仲がええのう? ほんなら先にっ、お前の目の前であのガキを殺してやろうか」


「やめっ……あぁぁぁあぁっ! っツゥぅっ!」


 ヴィヴィアナの反応に、ヴィーノの標的は彼女からエステルへと変更される。彼にとって今のエステルは、ヴィヴィアナに精神的苦痛を与える材料に写ったのだ。彼女の腰骨辺りを踏みにじって、ヴィーノはエステルへと向かって歩き出す。


 それでも、痛みを堪えながら離れていくヴィーノに追いすがろうと、ヴィヴィアナは動く右腕を使って這いずる。


 なにをムキになっているのだろうか? 数日前に知り合ったばかりのエステルの為にそこまでしてやる義理はあるのだろうか? そんな考えを抱きながらも、エステルを助けようと、ヴィヴィアナの身体は勝手に抵抗を示していた。


 ヴィーノが近づく足音に反応したのか、エステルがヨロヨロと左腕を上げる。ソードブレイカーもろくに握れない、壊れた左手。それをヴィーノへと向けて、ゆっくりとした動きで手招く動作をして見せた。


 ヴィーノはその仕草の意味を理解出来ずに首を傾げたが、ヴィヴィアナにはよく伝わった。とどのつまり、彼女は諦めていないのだ。エステルが折れているであろう左腕の治療を行わなかったのは、間隔を置かずに理力による治療をする事によって、これ以上の体力の低下、意識の喪失を防ぐ為。


 折れたままの左腕で、勝ち目がある訳もないのに……それでも、エステルは強い意思に突き動かされ、闘っている。ただ闘うのではなく、勝つ為の選択までして、そこに立っているのだ。その愚かさが、ヴィヴィアナはやはり嫌いになれなかった。生きていて欲しい、生き残りたい。エステルの姿は既に彼女が諦めていた、そんな感情を呼び起こした。


 だが現実は非情だ。ヴィヴィアナには今からどう抗おうとヴィヴィアナはエステルの力になるような痛手を、騎士鎧ナイトオブハート姿のヴィーノに与える事は出来ない。


 そうだとしもヴィヴィアナは、エステルの姿を見守ろうと、顔を起こして目を見開く。ヴィーノの後姿がエステルに近づき、無防備な彼女の肩にその右手を伸ばそうとした瞬間、ヴィーノの背後から白い影が襲い掛かった。


「はぁっ!? ……おっ、お前……誰、や?」


 白い影の正体は、騎士鎧だった。白銀で作られたかのような騎士鎧は、夜の闇の中で反射するのではなく、自発によってぼんやりと輝いて見えた。ヴィーノが身に纏う赤銅色の騎士鎧<トリスタン>の見た目は良く似ていたが、少しシャープにしたような無駄のない造形と、淡く明滅する全身に彫られた複雑な紋様もんよう、腰から垂れた鎖で編み込まれた腰巻のようなものが、地面まで伸びて彼の足元までを覆い隠し、鎧よりも少し黒ずんだ鈍色にびいろの輝きを放つ様子が、違いとして浮き立っていた。


 そんな白衣の騎士が両手に持った広刃の両手剣ツヴァイアンダーが、ヴィーノの騎士鎧を深く貫いていた。彼の騎士鎧が纏う理力の装甲は、貫かれた今も確かに機能している。


 では何故……ヴィーノは信じられない物を見るように、吐息すら聞こえてきそうな距離に迫る白衣の騎士と、左横腹から右肩口を貫く両手剣の刃渡りとを交互に見詰める。そして見詰めた先の刃渡りが、白衣の騎士鎧と同様にぼんやりと明滅している事実に彼は気付いた。


「ヒィッ……はっ、あっ……」


「どうした? 痛みに声も出ないか? だがまだ逝くには早い。どうせお前が逝くであろう地獄を前に、騎士鎧が与える地獄……存分に味わっておくといい」


 白衣の騎士の言葉通り、串刺しのヴィーノは今、治癒系理力解放(インゲージ)が発動する際の痛みと、身体を貫かれ続ける痛みに、同時に晒されていた。それは第3世代騎士鎧以降が持ち合わせる構造的欠陥。使用者の意志を無視した治癒機関と呼ぶべき回復力が、ダメージに対して強引な治癒を続ける為に起こる、死にまさる苦痛であった。


 理力の装甲を貫くという、最大の難関を越えた先にある唯一の欠点らしき欠点。逆を言い返せば、この激痛に晒され続けながら、意識と体力と理性を保ち、冷静に立て直す事ができる者こそが、本物の騎士鎧の使い手と言えた。


 そして当然の事ながら、今日初めて騎士鎧を纏ったヴィーノにその力はない。彼はなすがままに、白衣の騎士に串刺しのまま投げ飛ばされ、地面へと叩きつけられる。今宵、初めて浴びせられた激痛に、彼は悲鳴を上げようと口を開いた。


「カァゥ……ヒッ、グェッ……」


 しかし、悲鳴が上がりきる前に白衣の騎士に後ろ頭を踏み潰される。白衣の騎士は両手剣を抜き放つと、もう一度顔を踏み潰してうつ伏せのヴィーノの首後ろに両手剣を突き立て、えぐった。そんな状態になっても騎士鎧<トリスタン>はヴィーノに死を与えない。ヴィーノはまな板の上の鯉のように身体を跳ねさせる。


 だが、両手剣で心臓を貫かれると、損傷の激しい騎士鎧が治癒機関を先に停止させた。それに続くようにしてヴィーノも息を引き取る。それを確認した白衣の騎士は、ようやくヴィーノから興味をなくして、エステルへと近づいていった。


「エステル、意識はあるか?」


「……その声、マテウス卿か? ヴィーノとやらは、どうした?」


「そこで寝てる。もう起きる事もないだろう」


「そうか、残念だ。せめてっ、その男だけは、私が打ち倒したかったんだが……フッ、届かなかったか。それと、アイリ……が誘拐された。相手は教官と呼ばれていたがっ、詳しくは……力になれなくて、すま……ない」


 その言葉を最後に繋ぎとめていた意識を手放して、倒れこむエステル。言葉の一部始終、顔を上げる気力すら残っていなかったエステルをマテウスは受け止めた。


 騎士鎧越しに伝わる彼女の体は温かく、まずは1人の命を救えた事を、ようやくマテウスに自覚させた。

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