神々しき白衣の騎士その1
「あぁー……ほんっと人をイラつかせる天才やのぉ、おめーはよー」
ボルトストライク/ドラゴンイェーガー……並列理力解放。
騎士鎧<トリスタン>が所有する64の理力付与の中でも高威力な2つの理力解放を同時に行使するヴィーノ。しかし、彼が翳した右手から放たれた火球と雷球は、エステルを遠く外して左右に逸れる。それぞれが地面に突き刺さって、地を揺らす爆発を起こした。
「はぁ? なんやねん、これ」
エステルはヴィーノの狙いがなんなのかを理解出来ずに盾越しに相手を確認していたが、ヴィーノ自身もなにが起こったかを理解していなかった。
騎士鎧を使い慣れた者ならば、2度に渡って殲滅の蒼盾の直撃を受けたダメージが影響して、理力解放全ての照準機構に異常をきたしている事に、気付く場面だ。
アイスランチャー/ブリッツカテーナ……並列理力解放。
ヴィーノはもう1度別の理力解放をエステルへと繰り出す。これに対してエステルは殲滅の蒼盾を理力解放して律儀に受け止めようとするが、槍のように鋭い4本の氷柱と地を這う雷撃の双方が、やはりエステルから大きく狙いを逸らして外れていく。
「あかん、狙いが定まれへんっ。お前等、離れとけっ!」
エステルはヴィーノの言葉を聞いて、ようやく自分が敵に取り囲まれていた事に気付く。皆が一様に顔を覆い隠す黒頭巾に黒装束という不審な出で立ちをしており、最初に彼女が倒した2人の仲間だと容易に知れた。
そんな彼等がヴィーノの言葉に従って、エステルを取り囲む輪を広げたのだ。つまり、彼が敵の親玉で……いや、アイリを攫った教官と呼ばれる女の存在が上だろうか?
エステルは纏まらない思考を振り払い、とにかく相手の理力解放が何故か使い物にならなくなった事の幸運に感謝する。どちらにせよ目の前の男ヴィーノを打ち倒さなければ友人であるアイリを助ける事が出来ず、自らの先も無い。
そう考えるとエステルは距離を詰める為に走り出す。勿論近づけばあの嵐のような暴力に見舞われる事は理解していたが、それでも彼女が最も得意とする戦場はゼロ距離。あの嵐を潜り抜ける事こそが彼女の活路だ。
それを頭ではなく、身体でよく理解しているエステルに、迷いなどなかった。
「逃げ回っときゃー少しでも長う生き残れたいうのに……だから、お前はアホなんやっ!」
その速度から、まるでコマ送りのように掻き消えて姿を現すヴィーノのスピードに、ほぼ勘だけで殲滅の蒼盾を使った輝く障壁で対抗する。
騎士鎧の性能はエステルの装備を圧倒している。にも関わらず何故一撃しか彼女を捉えられないか? それは、ヴィーノの騎士鎧に対する熟練度に起因していた。
前述もしたが、彼はこの日初めて騎士鎧を身に纏ったのだ。理力解放を使えば、肉体の神経伝達ではなく、理力を使ったイメージだけで自在に身体を動かす事の出来る騎士鎧とはいえ、それを真の意味で使いこなすにはやはり修練が必要なのである。
例えるなら戦車や戦闘機の操縦桿を、知識だけ与えられて初めて握らされた新兵が、自在にそれらを動かす事が出来るだろうか? 幼き頃から騎士を目指し、なんとかその足元に手を届かせようとする少女の命を脅かす。その程度の能力しか引き出せていないのである。
だがエステルの立場とて、ジリ貧に変わりはない。殲滅の蒼盾に宿る輝く障壁を解かねば彼女の最大火力である攻撃は繰り出せず、かといって輝く障壁を迂闊に解けば、どんなにその力を受け流そうとしても、盾ごと彼女の身体は吹き飛ばされる。
そして理力倉切れを見据えた長期戦になれば、防御に全神経を磨り潰され続けるエステルの方が不利なのは明白だと彼女は考えていた。
この絶望的な状況にあってなにが彼女をそうさせるのか? ヴィーノの両腕が巻き起こす暴風の内へ踏み込もうと、強く一歩を踏み出したエステルに、迎え撃つようなヴィーノの右拳が繰り出された瞬間……彼の右肩を、闇夜を切り裂くように飛来した赤い矢が直撃した。
「ハァァッ? なんやっ!?」
「ウッソ……全力の直撃で傷一つないとか、意味わかんないんだけど」
突然の邪魔立てに、飛来した矢の方向へヴィーノは首だけで振り返る。そこにはヴィーノ以上に驚愕の表情を浮かべたヴィヴィアナがいた。彼女は騎士鎧の纏った理力の装甲を前に、自ら放った真紅の一閃の一矢が掻き消えるのを見て、思わず声を上げる。
エステルを今度こそ、その防御ごと貫ける。そうなってもおかしくなかった一撃を阻止されて、ヴィーノは瞬間的に頭に血が上った。だが、彼にそんな暇があろう筈なかったのだ。
「この時の為の、この距離よっ!!」
ヴィーノがヴィヴィアナに視線を奪われている間に、エステルの理力解放は移行を完了していた。押し当てられた殲滅の蒼盾が、破滅を齎す光を解き放って、ヴィーノを巻き込んで爆発する。
「ヴィヴィ殿。助かったっ! 礼を言うっ」
「騎士鎧相手に正面から戦ってんじゃないわよ、馬鹿っ。本当に世話が焼けるんだからっ!」
2人は荒々しく声を交わしながらも、視線を交わそうとはしなかった。殲滅の蒼盾が巻き起こした粉塵の向こうを見据えながら、それぞれの装具からいつでも放てるように身構えて、距離を取るためにその場から数歩後退した。