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姫騎士物語  作者: くるー
第二章 過ちばかりの道すがら
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暴力襲来その2

「エステルッ!!」


 叫び声を上げるアイリーンの横を、エステルが吹っ飛んで通り過ぎていく。廊下突き当たりの壁まで吹き飛ばされた彼女は、そこに身体をぶつけてようやく動きを止めた。髪を焦がし、肌の一部をただれさせながら、うつ伏せに倒れる。


「ブハハハハハッ!! なーにが<エウレシアの盾>を抜けると思うなぁーっや。アッサリ抜かれとるやんけっ! しょーもなっ。騎士様しょーもなっ! 結局お前等は上等な装具がなけりゃ、なーんも出来ん威張り散らしとるだけの糞っちゅー事や。よー分かったんなら、シャシャンんなやっ。ガキがっ」


 騎士鎧ナイトオブハート<トリスタン>の男から浴びせられる侮蔑の言葉に対して、エステルの反論はない。それは彼女が意識を失っているという、事実に他ならなかった。しかし、彼女の身体が五体満足残されている事ぐらい、アイリーンにも分かる。


 ドラゴンイェーガーの一撃を喰い止めた殲滅の蒼盾(グラナシルト)の頑強さがもたらした幸運。そこらの盾ならば、輝く障壁を突き破られた時点で、そのまま腕と身体の半分を、微塵に変えられていただろう。


 だが、そんな不幸中の幸いを見出した所で、現状に変化はない。エステルという護衛を失ったアイリーンに、騎士鎧の男がゆっくりと距離を詰める。アイリーンはそれに対して、逃げようとしなかった。それは男が零した王女を標的とする旨の発言から、自身に注意を逸らせば、エステルを救えるかもしれないと考えたからだ。


「控えなさい。私をエウレシア王国第3王女アイリーン=オブ・エウレシアと知っての狼藉ろうぜきですか?」


「はいはい、自己紹介どーもどーもね。俺の名前はヴィーノでーす。つーわけで王女さん……その反抗的な顔を潰れるまでシバかれんのと、大人しく従うの。どちらか選べや」


 アイリーンの傍まで歩み寄ってきたヴィーノと名乗った騎士鎧の男は、兜を外さないままの顔を彼女の眼前に寄せて、低くドスの効いた声音で選択を提示する。


 この場の絶対強者が提示する、選択の余地がない命令……アイリーンは悔しかったが、今は彼に従う他にない。


「これ以上の狼藉を控えるというのであれば、大人しく従います」


「偉そうに命令すんなや。黙って着いてくりゃええんや、アホカスが。王族様は今の自分の立場分かってへんのかっ? ちょっと顔がええからって調子に乗っとんのか? おぉん?」


 アイリーンの横頬に、ヴィーノの平手が打ちつけられる。板金の硬質な平手は、一瞬でアイリーンの肌を赤く腫れさせた。そうなっても自身の視線から、瞳を逸らそうとしない毅然としたアイリーンの姿に、ヴィーノは舌打ちを零す。


 彼にとって、貴族や王族などに代表される、血筋だけで偉そうにしている輩が、この世で1番の唾棄だきすべき存在であった。そして今、圧倒的な力によってこの場を支配しているのが自分だという想いもあった。だからその事をもう1度、アイリーンに知らしめてやろうと右手を上げる。


 その瞬間、開いたヴィーノの右脇腹に、突如現れた大盾がえぐり込まれた。


「グホァッ!? こ……この、クソガキャァァァ!!」


「消え失せろっ! 狼藉者がぁぁぁーーっ!!」


 意識を取り戻したエステル渾身の突進が、ヴィーノを捉える。殲滅の蒼盾を抉り込ませたまま、アイリーンから十分離れた距離まで押し進むと、そこで理力解放。ヴィーノを巻き込み、大盾より前面が轟音を上げて爆発を起こした。


 アイリーンは爆風と轟音に耳を両手で押さえながら、身をよろめかせて腰を落とす。舞い上がった粉塵に視界を奪われて、両目を閉じた。暫くして彼女が再び瞳を開くと、廊下は階下が覗ける程の大穴を開けて、半壊していた。


 壁や天井の一部も消失しており、アイリーンは兵舎内の廊下にいながらにして、綺麗に輝く星空を仰いだ。


「エステル? エステルーッ、大丈夫っ!?」


 粉塵が完全に兵舎の外へと流れ出て、見渡せるようになった周囲に、エステルの姿がないとアイリーンは気付く。声を上げながら今にも抜け落ちてしまいそうな廊下の上を、四つん這いのまま慎重に動いて、大穴のすぐ傍まで近づき、階下を見下ろした。


 そして無事、周囲を警戒するように見渡しているエステルの姿を発見する。


「アイリ殿、私は無事だ。それよりアイリ殿、敵の狙いは貴女なのだろう? 他にもまだ敵がいるから、ここは任せて部屋へ戻っていてくれっ。私はこのまま敵を制圧する」


 存命だったエステルが、大きな怪我もしていない事に、アイリーンはとりえずホッと胸を撫で下ろす。だが、次の瞬間に彼女は顔面を蒼白に変えた。エステルのすぐ後ろの瓦礫がれきから、ヴィーノが飛び出してエステルに襲い掛かったからだ。


「エステル、後ろっ!」


 アイリーンの声が届く間もなく、エステルは兵舎の外へと大きく蹴り飛ばされる。エステルは気配に反応して、なんとかヴィーノの蹴り足を大盾で防いではいたのだが、その防御の上から貫いてくる凄まじい暴力に成す術がなかった。


 エステルを蹴り飛ばしたヴィーノが、階下からアイリーンを見上げる。アイリーンはどうしようもなく内から沸き起こる恐怖を、歯を食いしばって必死に押さえ込み、どうすればエステルから彼を引き離せるかを、必死に考えながら腰をあげた瞬間、後ろに立つ誰かに肩を掴まれる。


「いーつまで遊んでんのー? それ燃費悪いんだからー、あんま無駄遣いしてっと、肝心な時に動かなくなっちゃうよー?」


「すんませーん、教官。マテウスが現れる前にケリは着けとくんで、そっちはお願いしますわー」


 アイリーンの肩を掴んでいたのは女だった。ヴィーノに教官と呼ばれた彼女は、レスリーと同じ褐色の肌と黒髪を有していながら、纏う雰囲気は全くの異質であった。口の端が裂けているかのように大きな口を広げながら、ネトついた笑顔を浮かべて、作られた甘ったるい鼻声でヴィーノと話していた。


 アイリーンは、教官の隙を見て逃れようとするが、身体が動かせない。教官が、女とは思えない想像以上の腕力でもって、アイリーンを押さえ付けているからだ。


 続けて教官は、身動きが取れないアイリーンに対して、棒状の装具を押し当てる。教官の理力解放。アイリーンの身体を電流が走り抜け、彼女は意識を失った。


 時は少し、さかのぼる。エステルが兵舎を半壊させる一撃を放った直後の事だ。その時、ヴィヴィアナは1階廊下の物陰に潜んでいた。彼女の両隣の部屋に眠っていたレスリーとロザリアには、それぞれ声を掛けて起こし、今は2人ともヴィヴィアナの部屋に待機させている。


 ヴィヴィアナからすれば、現状の把握も出来ないままに、目的も分からぬ武装した不審者(ヴィヴィアナにとっては、敵味方の認識すら出来ていないので)に包囲され、様子を伺っていたら、2階で激しい抗戦が始まり、この兵舎半壊の事態である。


(なにが貧民街より安全よ……やっぱり男って適当なんだからっ)


 マテウスに改めて嫌悪感を募らせるヴィヴィアナであったが、今はなによりも現状を乗り越える事が優先だ。どうやら兵舎を半壊させた騒動のお陰で、包囲の一角が崩れたようだった。ヴィヴィアナが廊下突き当りの窓から顔を覗かして確認すると、先程までいた筈の不審者が姿を消していたので、急いで部屋に戻った。


「姉さん、レスリー。とりあえず1度包囲の外に出て隠れよう。このままじゃここも見つかっちゃう」


「でもヴィヴィ。まだエステルさんとアイリさんが……」


「エステルはもう闘ってる。さっきまで食堂を調べてた騎士鎧の男と女のどっちか。分かる? 騎士鎧だよ、騎士鎧。多分このままじゃエステルも負けるわ。その前に2人だけでも逃げて」


「そ、そんな……エステル様だけに戦わせて逃げるだなんて。な、なにかレスリーがお役に……」


「立てない。レスリーも姉さんも闘えないでしょ? だからお願い、言う事を聞いて。アイツ等の狙いがなんなのかは分かんないけど、見つかっていい事になると思えないのは、2階の様子から分かるよね? 今は身を隠してアイツ等に捕まらない事の方が重要だと思う」


 ヴィヴィアナの真剣な表情が、現在の深刻な状況を雄弁に語っていた。レスリーとロザリアの2人は、それでも素直に納得は出来なかった。だが、そうするより他がないと神妙な面持ちで先に頷いたのは、ロザリアだった。


「分かったわ。ヴィヴィの事を信じます。それで、どこに身を隠せばいいのかしら?」


「ありがとう。レスリーもね。それじゃ、付いて来て」


 そう告げるとヴィヴィアナは振り返り、身を屈めたまま部屋の外を覗き見て様子を伺う。人の姿がない事を確認すると、廊下突き当たりの窓の下へ移動。再び外の様子を確認してから、2人を手招いた。


『アイリ殿、私は……それより……う? ここは任せて……っ。私は……敵を……』


 レスリーとロザリア。2人が先に廊下の窓から外に出る間、エステルが2階にいるアイリーンに向けてなにかを叫んでいるようだが、ヴィヴィアナには内容の全てをハッキリとは聞き取れなかった。


 ヴィヴィアナが2人の後に続いて窓から外に出た時、エステルがいた方角から再びなにかがぶつかり合う激しい音が響くが、彼女がまず優先すべきは、レスリーとロザリアを安全な場所に移動させる事だと割り切って、包囲の崩れた場所から小走りに兵舎を離れる。


 その段階になってようやく、2人に何処へ隠れて貰おうか? と、考えて、真っ先に思いついたのは武器庫だった。ヴィヴィアナは1度その中を見た経験があり、物が溢れかえっていて身を隠すには十分なスペースがあった事を思い出したのだ。


「2人は武器庫に隠れててって……あっ、そうか。武器庫の鍵ってまだ兵舎だっけ?」


「あっ、そっ、それは……その大丈夫です。レスリーが預かってますっ」


「なんで武器庫の鍵をレスリーが持ってるの?」


「それは……そのっ……」


 それは皆が寝静まった後に、黒閃槍シュバルディウスに触れようと思って、鍵を握ったまま眠ってしまった……とは答え辛く、レスリーは言葉を詰まらせる。しかし、ヴィヴィアナはアッサリと追求を止めた。


「まぁいいや。お陰で助かったんだし。それじゃ、武器庫に移動するから、なるべく音を立てないように着いてきて」


 2人が静かに頷くのを確認すると、ヴィヴィアナは再び先行して武器庫へと向かっていく。移動中、2人の不審者を物陰に隠れてやり過ごすが、武器庫の前から動こうとしない不審者に対して、ヴィヴィアナはいよいよ決意する必要に迫られた。


「ヴィヴィ、貴女まさか……」


「仕方ないでしょ。話しかけて先に攻撃されたら不利だし、仲間を呼ばれたらもっと大変だしね」


 ヴィヴィアナが背中にしまっていた複合弓コンポジットボウ型装具を展開させるのを見て、ロザリアは妹の凶行を止めようと一歩踏み出すが、それがこの場で最も安全な打開策だと知ると、言葉を告げる事なくヴィヴィアナの腕を強く掴んだ。


「姉さんが気にする必要はないよ。確かに真紅の一閃(シュトラルージュ)を人に向けて使うのは初めてだけどさ……人型の異形アウターなら何匹も刈ってきたし、今更だよ」


 ロザリアがなにに対して気遣っているのかを敏感に察して、殊更ことさら穏やかな表情を浮かべて話すヴィヴィアナの姿は、まるで自分にそう言い聞かせているようでもあった。姉であるロザリアから見ればその姿は痛々しく、それを自分の身の安全の為にさせている事に、深い慙愧ざんきの念を覚える。


 ヴィヴィアナは自らの腕を掴むロザリアの手を無理矢理引き剥がし、その代わりに彼女からロザリアを強く抱き締めた。そっと自身の背中に回される姉の両手の感触が、彼女の緊張を解いていく。


 身体を離した時に浮かべたヴィヴィアナの無防備にハニカむような笑顔は、気を許した相手のみに見せる表情なのだろう。少なくともレスリーにとっては初見で、その光景を見た彼女は何故か少し胸が苦しくなった。


 ヴィヴィアナはそんなレスリーの様子に気付く余裕もなく、真剣な眼差しで敵を見据えて真紅の一閃(シュトラルージュ)と呼ばれた複合弓型装具を理力解放。赤い光を帯びた弦と矢を顕現けんげんさせる。


 物陰の向こう側、夜の闇の暗がりにハッキリと浮かび上がる赤い輝きに武器庫を警備していた男が気付いて顔を上げるが、立ち上がったヴィヴィアナと対峙たいじした瞬間に彼の心臓は打ち抜かれて、声もなく崩れ落ちた。

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