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姫騎士物語  作者: くるー
第二章 過ちばかりの道すがら
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暴力襲来その1

 ―――数十分前。王都アンバルシア北区、王女親衛隊兵舎


 エステルは眠りの深い部類の人間だ。だが、戦いの気配を察知したとなれば別だった。剣と剣が打ち合う音、銃型装具の発砲音、兵舎の外に待機するアイリ(エステルはアイリーンの愛称しか知らない)の護衛が、何者かと戦闘に及んでいるのだと彼女は悟った。


 エステルとて、王宮から食事を配達する事が役目のアイリが、何故マテウスの友人を名乗り、親衛隊騎士の訓練にまで参加して、4人もの護衛と女使用人パメラを連れているのか……そんな疑問は尽きなかったが、その追求はこの事態を収束させてからの話だと切り替える。


 彼女は手早くその長髪を括り、装備を慣れた手付きで装着していく。大盾や足の装具、胸当てや篭手は勿論、普段は装備しない兜の装具までも身に纏って、エステルなりの万全を期して、部屋を飛び出る。


 同時に、レイナルド社製の兜型装具ズヘンシークの理力解放インゲージ。エステルの聴覚が強化され、周囲の音が鮮明に彼女の鼓膜を揺らす。


 階下のヴィヴィアナの部屋からは、身支度をする音を捉えた。彼女も異変に気付いて動き出したようだ。しかしロザリア、レスリー、マテウスの部屋からは未だに静かな寝息が聞こえてくる。


 エステルは女性陣は兎も角として、マテウスがこの事態に気付かず、眠りこけている事に疑問を抱いたが、寝息の数が1人合わない事にすぐに気付いて、この寝息はアイリのモノだと自分で解答を出す。


(つまりマテウス卿は不在か……最近、夜半に出かける事が多いと聞くが、この事態に何処に行ったというのだ?)


 エステルの考えが纏まるのを妨げるように、4つの足音が兵舎の中へと侵入を開始する。外では兵舎を取り囲むように、更に多くの足音が響いている。彼女はその音だけで正確な数を割り出せなかったし、当然、彼等の目的も分からなかった。


 しかし彼等が、アイリの護衛を排除してここまで踏み込んできた敵性分子である事は明確だったので、これ以上の狼藉ろうぜきをエステルは許すつもりなどなかった。


 ソードブレイカーと彼女の上位装具オリジナルワン殲滅の蒼盾(グラナシルト)とをそれぞれ両手に構える。敵の装備も数も不明だが、攻撃を受けている以上、ここは既に戦場だ。


 先日、喧嘩慣れした程度の奴隷商人達とは訳が違うという事ぐらい、エステルにも肌で感じ取れた。であるならば、敵に加減などの手心を加えてやるつもりなど、一切ない。否、手心を加える余裕などないというべきだろう。何故なら彼女にとってこの時こそが、初めての戦場だったからだ。


 戦場を駆け抜ける事を夢見続けて、その日の為に剣と盾を振り続けた日々。少しの緊張感と恐怖、そして大きな高揚感……瞳を閉じて深く息を吐き出しながら、エステルはそれ等の全てと向き合う。


 4つの足音の内、2つが駆け足でエステルのいる2階へと近づいてくる。二手に分かれて、それぞれ1階と2階を調べるつもりなのだろう。それを確認するとエステルはズヘンシークの理力解放を止め、向かえ打つべく静かに歩き出した。


 ズヘンシークを使わずとも、エステルの耳に2つの足音が届く距離まで敵が近づいてくる。足音が階段を上がった直後の曲がり角で止まったのを確認して、エステルの方から猛然と距離を詰めた。


 そこに潜んでいた敵の数は、事前の情報通りに2人。そして2人は、奇襲する側の自分達が先制攻撃を仕掛けられるとは思わず、突然現れた宙に浮いた大盾(エステルの姿が小さすぎて見えないので)に、どう攻撃するべきかを戸惑った。


 この時点で先制は、エステルに軍配が上がっていた。猛然と近づいた勢いのままに殲滅の蒼盾を、敵の1人にちかます。敵は軽々と跳ね飛ばされて宙を舞い、壁に打ち付けられた。そして受け身も取れずに階段踊り場に落下して、意識を失う。


 残ったもう1人の敵が、握っていた小銃型装具LFM5をエステルに向けて構えなおして、理力解放。しかし、エステルの方がそれよりも少し早い。振り向きざまに横薙ぎに振るわれた殲滅の蒼盾が、LFM5を捉えて打ち払った。明後日の方向に放たれた火球が、兵舎の壁に幾つもの銃痕を残す。


 直後、敵の右足に激痛が走った。殲滅の蒼盾で視界を奪われた事で無防備になった下半身に、エステルのソードブレイカーが深々と突き立てられたからだ。


 敵は痛みに呻き声を上げるが、エステルは容赦なく肉を抉るようにソードブレイカーを捻り込む。彼は溜まらず身を屈めて、それを両手で引き抜こうと手を伸ばすが、その瞬間を狙いすましたかのようにエステルが、下がった顔を殲滅の蒼盾で殴打した。


 その衝撃に顔面から壁に打ち付けられた敵は、アッサリとその意識を手放した。エステルはそこで初めて敵の姿を確認する。頭巾を被って顔を隠した、全身黒ずくめの存在。そんな敵の風貌を見て、彼女は単純に如何いかにも怪しいから悪に違いないっ! と、思った。


「なんや? マテウスにやられたんか?」


 階下より声が聞こえて、エステルはそちらに注意を向ける。始めに確認した兵舎に入ってくる敵の数は4つ。彼女はその数を忘れた訳ではなかったが、踊り場にすっ飛ばされて意識を失った敵に対して声を掛ける、新たな敵の姿を見た時、驚きを隠せずに思わず口からそれが零れた。


騎士鎧ナイトオブハートっ……だと?」


 そこにはエステルが口にした通り、くすんだ赤銅色のプレートアーマで顔を含めて全身を固めた鎧姿の男がいた。ただ、この世界に置ける騎士鎧はただ単純に、防御を固める為の手段ではない。理力付与技術エンチャントテクロノロジーの全てを集結させて開発された、その時代の頂点の具現化だ。


 上位装具を貴族や有力者の権威の証とするならば、騎士鎧は国家武力の象徴。その武力は、単体で戦況に影響を与える事すら可能。この現状を現代で例えるならば、銃火器での戦闘中、敵に戦闘ヘリや戦車の援軍が現れたようなモノである。


 エウレシア製第3世代騎士鎧(ナイトオブハート)<トリスタン>。かつて、エウレシア騎士団においてその力を如何いかんなく振るった騎士鎧が、階下からエステルを見上げて、瞳の位置をうっすらと輝かせた。


「我が名はエウレシア王家より<エウレシアの盾>の二つ名を拝命せしゴードン・アマーリアの娘、バンロイド領が領主アマーリア侯爵家長女、エステル・アマーリア。そちらも名を名乗れっ!」


 階上から剣先で騎士鎧ナイトオブハートの男を指しながら、堂々と宣言するエステル。彼女が長々と名乗ったのは、相手が騎士鎧を纏っていたので、中身も騎士だと判断したからだ。


 騎士と騎士との闘いならば、それは正式、非正式を問わず決闘だ。決闘を前に互いが名を名乗るのは、エステルにとって当然の礼儀であった。だが所詮それは、騎士同士で共有される礼儀だ。


 リキッドシュトローム/ブリッツカテーナ……並列理力解放インゲージトゥー


 エステルは殲滅の蒼盾(グラナシルト)を反射的に構えなおした。騎士鎧の男の周囲に顕在けんざいした、石礫いしつぶてよりも硬く圧縮された6つの水球が同時にエステルへ強襲し、更に真っ直ぐとエステルへと向けて男の右手から、雷撃が地を這うようにして進んでくる。


 先に被弾したのは水球の方だった。これを殲滅の蒼盾の理力解放なしで弾き飛ばしたエステル。突然の事に理力解放が間に合わなかったのだ。


 次々と襲い来る水球に押し込まれながらも、その全てを受け切った後に、ようやくエステルは殲滅の蒼盾を理力解放。輝く障壁が彼女の前に顕在し、続けざまに届いた雷撃と衝突する。輝く障壁を前に雷撃は飛び散り、兵舎に傷痕を残して消えた。


 これこそが騎士鎧の脅威の一端……理力の同時解放。本来個人では行えない筈の理力解放の同時行使を、その技術の進歩によって可能にせしめたのだ。その上そのどちらもが、エステルが生身で受ければ、どちらも直撃すなわち必死の高火力なのである。


 エステルはその脅威を、上位装具とそれを扱う為の技術のみで打ち払い、なんとか一命こそ取り留めたものの、すぐに次なる脅威に晒される。顔を上げた彼女の横に、突然降って湧いたかのように騎士鎧の男が現れたのだ。


 別に敵は瞬間移動を使った訳ではなく、エステルが一瞬目を離した隙に、一足飛びで接近しただけなのだが、その速度が尋常でなく、まるで限界まで引き絞って放たれた、矢のような速度を彷彿とさせた。


 エステルは不用意に接近を許した失態を省みる余裕もないまま、敵の放つ右拳を理力解放した殲滅の蒼盾で迎え打つ。


 その直後、エステルの身体は宙を舞っていた。殲滅の蒼盾から力の杭を顕在させて、身を支える暇がなかったとはいえ、彼女の反射神経は拳を正面から受け止める事を成していた。しかし相手は片腕だけで、その防壁ごと軽々とエステルを吹き飛ばしたのである。


 宙を舞ったエステルは1度身体を天井に打ち付けられるが、それでも意識を手放さずに姿勢を整えて、床に落下する瞬間には受け身を取った。吹き飛ばされた勢いにもんどりうって転がる身体を、ソードブレイカーを寝かせて、左手で支えながら食い止める。


「へー。マテウス以外に用はないって言いたい所やけど、見た目の割りになかなかやるやんけ」


「礼儀も知らぬ下郎げろうの刃が、<エウレシアの盾>を抜けると思うなっ」


 それはエステルにとって、精一杯の虚勢きょせいだった。敵の装備は完全に自身を圧倒している。今この瞬間も、騎士鎧の男が会話を選択せずに、追い打ちに意識を傾けていれば……自分が生き残っていた保証がない事ぐらい、分かっていた。


 しかし、どんな立派な騎士鎧に身を包もうとも、その中身が無礼千万な野盗のような輩に脅えるなど、エステルの矜持プライドがそれを許さなかった。幼い子供のような声音ながら、そんな断固たる意志が彼女の声には宿っていた。


「一体なにがあったの? って、ちょっとこれ。エステル? えっ? あれは誰?」


 突然に、対峙する2人の間にあった扉が開かれる。そこから顔を覗かせたのはアイリだ。これだけ派手な理力解放の応酬や、怒声混じりの会話をすれば、いくらクタクタになって深い眠りに落ちていた彼女といえども、目を覚まそうというものである。


 しかし、理力解放によって深い損傷を残した床や壁、全身装具に身を包んだエステル、そして見た事もない騎士鎧姿の男(アイリにはまだ性別を判別出来ていなかったが)が立っていれば、寝起きである事を差し引いても、アイリに理解が追いつく筈もなく、呆けたように疑問を口に並べる。


「アイリ殿っ! 危険だ。私の後ろにっ! 早く」


「アイリだぁー? ちゅー事は、コイツが王女さんかい」


 騎士鎧の男がアイリに大きく一歩踏み出してその顔を覗こうとするが、アイリはエステルの鬼気迫る声に頷き、彼女の元へと走り出す。入れ替わるようにしてエステルが前進、アイリの横を擦り抜けると彼女を守るべく騎士鎧へと突進した。


 ヴェノムフレイム/アイスランチャー/ドラゴンイェーガー……並列理力解放。


 騎士鎧の男の理力解放により、彼の眼前の空間が裂けてそこから激しい炎が噴き出す。エステルは咄嗟に殲滅の蒼盾の理力解放をして、輝く障壁でそれを防ぎきったが、呼吸をすれば喉すら焼き付きそうな灼熱に、踏鞴たたらを踏まされた。


 騎士鎧の男による、一方的な攻撃は止まらない。ヴェノムフレイムの炎が消えぬ間に、その上方から槍状に削られた幾つもの鋭利な氷塊が、重なるようにして、エステルの輝く障壁を貫かんと強襲した。


 その全てを受け止める危うさをエステルは理解していたが、彼女の後ろにはアイリがいた。騎士として、守るべき彼女を危険に晒すぐらいなら、自らが死地に踏み込む方がマシだ。その矜持が彼女を支え、そして輝く障壁を崩壊へと導く。


 自身に襲い掛かってきた氷柱の他に、アイリに向けて放たれた氷柱までも防ごうと、輝く障壁の範囲を広げた矢先、ヴェノムフレイムの炎を突き破って現れた音速を超えたドラゴンイェーガーの大火球に、輝く障壁は完全に貫かれる。


 殲滅の大盾に、直接触れた大火球は、そこで爆発四散。エステルは成す術なく、その炎にあぶられながら吹き飛ばされた。

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