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姫騎士物語  作者: くるー
第二章 過ちばかりの道すがら
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鋭利なる罪状その2

 ―――数十分後。王都アンバルシア北区、マリルボーン孤児院付近


 親衛隊兵舎からカール夫妻の娘エミーが預けられているマリルボーン孤児院までの距離は、歩いて数十分という距離にあった。マテウスは人通りのない夜の歩道を、孤児院に向けて早足で移動していたが、近づくごとに次第に大きくなる音に気付いて、更に歩調を速める。


(予想より少し遅かったが、遂に始まったか)


 足に着ける装具、レイナルド社製エアウォーカーを理力解放インゲージ。マテウスは助走をつけて上空10m以上まで飛び立ち、上から目的の地を見下ろす。そこにはマテウスの想像通りの光景が広がっていた。カナーンの襲撃が始まっているのだ。


 一部から火の手を上げて、あちこちに下位装具による攻撃の痕を残しながらも、まだ重大な被害は出していないその光景に、マテウスは自分が間に合った事を知って、一先ず安堵する。


 孤児院を防衛するのは、教会……というより、シンディー個人の伝手つてで派遣された神威執行官5名とパメラが協力している筈で、その全員の姿の確認はこの暗闇の中では流石に不可能だった。


(対してカナーン側は……3、5、8……出来れば半数は捕らえたい所だな)


 マテウスが上空から銃型下位装具のマズルフラッシュの数を確認するだけでも、8人は敵の姿を見て取れた。それ以上は潜んでいると考えてしかるべきだろう。彼は重力に従うままに家屋の屋根の上へと着地すると、エアウォーカーの理力解放を続けながら、風のように孤児院に向けて走り始める。


 なにも知らない民間人エミーを囮にしてまで、なにも成果を上げられなければ、マテウスとて申し訳なさが先立つ。孤児院の民間人全てを守りきり、かつ半数以上捕らえて情報を引き出す。それが出来て初めて今回の作戦は成功を収めるのだ。


(まずは増援を呼ばせて貰うか)


 マテウスは己の腰に巻き付けていた、小さな袋から宝石大程度の大きさの石を取り出して、軽く握って理力解放。慣れた手付きでスリングショットにそれを設置すると、孤児院上空へ投げ付けた。


 石は孤児院上空で、花火のように破裂して辺り一帯を照らし、その後小さな太陽のようにその場に停滞した。閃光石ソルライトという暗所を照らす為の消費型の理力付与道具エンチャントアイテムだ。誰もが一瞬その光に目を奪われる中、マテウスは最短距離でカナーン戦闘員を目指した。


 路上には下位装具ジェネラルによる銃撃戦から避難する民間人の姿があった。驚きに立ち止まり、頭上の閃光を見上げる彼等の上空を、マテウスは跳躍して横切り、家屋から家屋へと移動。そのまま屋上でライフル型装具を放っていた、カナーン戦闘員スナイパーに強襲を掛ける。


 直後に相手がマテウスの影に気付くが、時既に遅い。マテウスは速度を落とさぬまま、無防備な後頭部を殴り付けた。


「なっ!? お前っ、マテウス! どうしてここ……」


 一撃で戦闘員スナイパーの意識を沈めるが、彼の生死を確認する前に、その隣でサポートに着いていた戦闘員がマテウスの存在に気付いた。戦闘員はカナーンが愛用する、リデルカース社製小銃型装具LFM5の引き金を引く前に、マテウスの顔を見てなにかまくし立てる。


 その内容にマテウスは、幾つかの疑問が抱いた。何故、この戦闘員サポートは自分の顔と名前を知っているのか? そして何故、この場所に自分が現れる事が意外だったのか? だが、それらの疑問を無視してマテウスの身体が勝手に、最優先事項として戦闘員サポートを制圧しに動く。


 マテウスは着地時の屈んだ体勢のまま、カナーン戦闘員が構えた小銃型装具を右手で外側へと打ち払い、左掌底で下から戦闘員サポートの喉を打ち上げる。空気を求めて呻き声を上げる相手の胸元を右手で鷲掴み、大外刈りを決めて後頭部から屋根へと叩き付けて、その意識を完全に奪い取った。


(戦闘中に歯を食い縛られて死なれると面倒だからな。しかし、何故俺の事を……)


 マテウスは出来る事ならば、この場で戦闘員を叩き起こして尋問したかったが、今は守るべき孤児院たいしょうが、数も知れぬ敵から激しい攻撃を受けている最中。悠長に尋問で時間を潰している猶予が、彼にはなかった。


 そうしてマテウスは、もう一度頭の中で優先順位の確認すると、手早く戦闘員達の下位装具ジェネラルを解体し、解体のしようのない武装(ナイフ等)の全て、彼等の手が届かぬ地上へと投げ捨てる。


 本来ならば、この上に戦闘員達の口内に隠しているであろう、自決用の毒も取り除いて拘束してやりたかったが、今はその工程に弄する時間すら惜しかったので、その手順を省く。


 ただ彼は、意識を失っている戦闘員達の懐に、閃光石と同じ小さな袋に入れていた、追跡石チェイサーを仕込ませた。後で回収する時に、何処に何人倒したか分からなくなるような、間抜けな真似を避ける為だ。


 マテウスはそれだけの作業を終えると、次の場所を見定めて再び走り出す。既に2人の戦力を失ったカナーン戦闘員達は、未だにマテウスの動きを捉える事が出来ずにいた。突然打ち上げられた閃光石から、敵増援の存在にこそ気付いてはいたものの、その光が届ききらぬ場所を飛び交うマテウスの存在は、彼等にとっては死角になっていたのだ。


 当然、マテウスは事前にそれを計算して、閃光石を打ち上げている。1度上空から確認した敵の位置関係を頭の中で再現しながら、今度は静かに屋根と壁を伝い、標的の後ろ側へと回り込む。そうする事で、再びスナイパーとそれをサポートするカナーン戦闘員達の背中を捉えた。


 その巨体に似合わぬ静けさで、敵の背後から忍び寄るマテウス。カナーン戦闘員達には、僅かな抵抗さえ許されなかった。


 そうしてマテウスが、熟練の職人のような動きを繰り返し、4組目のカナーン戦闘員を沈黙させた時だ。閃光石の光が途絶えて、再び夜の闇が辺りを覆う。それは、彼が最初に記憶した位置の敵を、粗方あらかた倒した後での出来事だった。


 マテウスには、もう1度閃光石を打ち上げる事も出来たが、彼はえてそれをしなかった。互いの位置が分からなくなった同条件ならば、相手を拘束する為に飛び道具を使わないマテウスにとって、再び生じたこの闇が、身を潜めながら索敵するのに好都合だったからだ。


 今、マテウスは孤児院付近の一軒家、その2階にいた。この家の住人の姿は、当然残されていない。孤児院に突撃する仲間を援護する為だけに、カナーン戦闘員達が皆殺したからだ。しかし、マテウスの対応は変わらず彼等の拘束である。彼等に相応の裁きを下すのは、マテウスの役目ではないからだ。


 淡々と相手の武装を解除して、次なる敵を音を頼りに探っていると、家屋のレンガ造りの壁を粉砕しながら、人影が踊り入ってきた。これにはマテウスも一瞬心臓が跳ね上がり、慌てて飛び退いて人影から距離を取る。


 粉塵を突き破るようにして姿を現した人影は、大槌型装具を手にした青年だった。大槌型装具を両手で振りかぶりながらマテウスへと接近するが、暗闇の中で、互いが互いをハッキリと認識出来る距離まで近づいた瞬間、ピタリと動きを止める。


「チッ……貴方でしたか。紛らわしい」


 マテウスの顔を見ながら自然に嫌味を零す青年は、言葉通りマテウスにとっても知己ちきだった。といってもここ数日に知り合ったばかりの、顔見知り程度の存在だ。


 少し面長おもながだが、切れ長の細眉や鋭く冷たい印象を与える瞳、産毛すら見えない白い肌に、バランスの取れた小鼻は、美男子と称して差し支えない。細く、しなやかな体躯には不釣り合いな大槌型装具を、片手で持ち上げながら肩に担ぎ直し、口元を歪めて冷笑する青年。その名をシドニーといった。


「狙撃の数が少なくなっているとは思ってましたが、まさか貴方が?」


「そうだ。気絶させているだけだから、後は煮るなり焼くなり君等の流儀で自由にしてやれ」


 マテウスはシドニーに向けて、追跡石チェイサーを1つ投げつける。シドニーはそれを受け止めると、暫くの間つまらない物を見るような目で見下ろしていたが、素直にそれをポケットの中へと仕舞った。


「閃光石も貴方の仕業ですか? あれのお陰で随分と動きにくくなったのですが?」


「その分の働きは、俺がしておいたから許せよ。それにそろそろ、理力の光がもたら恩寵おんちょうが、俺達を助けてくれる予定だ」


 シドニーは始め、マテウスがなにを言い出したのか分からなかったが、周囲の散発的な抗戦の音が激化した事に気付いて、外へと視線を廻らせる。


 外ではシドニーの知らない別働隊が、カナーンと抗戦を始めたようだった。地上を走り抜ける別働隊の制服に注視すると、治安局の物だという事にシドニーは気付く。


「治安局のようですが……この数に初動の速さは、らしくないですね。貴方が事前に話を通していたのですか?」


「相手は本気を出してくるだろうからな。念の為の保険だったが、存外いい仕事っぷりじゃないか」


 シドニーが突き破った壁の穴から、自らも身を乗り出して外の様子を伺うマテウス。彼はカナーン出現の合図を治安局に向けて閃光石でする事を、今しがた孤児院を防衛している筈のパメラや異端審問いたんしんもん官のシンディーにしか伝えなかった。


 その理由は、シドニーの表情が曇っていく事に起因する。壁の穴から一陣の風が吹きぬけ、シドニーが着る神の権威を体現したような荘厳な金の刺繍が施された、詰襟タイプの黒い服を震わせた。


 それこそは神威執行しんいしっこう官の制服。異端を選定するのが異端審問官シンディーの仕事であるとするならば、神威執行官シドニーは異端や異形に至るまで、その全てを武力によってほおむるのが仕事である。


 彼等は異端者狩り、異形狩りに特化した専門家達。喜ぶべき増援である所の治安局ですら、己の領分に踏み入られれば、嫌悪の対象として見下す程に縄張り意識が強い集団だった。


 しかしそれは、マテウスからすればくだらない差別意識である。事前に増援の内容を話せば、反対される事が目に見えていたので、5名の神威執行官には例外なく伝えなかったのだ。


「チッ……余計な事を。足手纏いが増える事が貴方の言う、理力の光が齎す恩寵ですか? 冒涜ぼうとくはなはだしい」


「勢力に差があったのは事実だろ? シンディーには事前に話を通してる。今は神に付き従う同胞達に、感謝の言葉を贈ろうぜ」


「シンディー第2級異端審問官ですか。貴方のような男の為に、彼女がそのキャリアを賭ける理由が私には理解出来ませんが……」


「第1級神威執行官殿のアンタがそれに力を貸している方が、俺には理解出来んよ」


 第1級神威執行官ともなれば、教会からのめいがあれば1個大隊を率いて異端討伐に乗り出す事もある、エリートだ。青年の若さでそこまで上り詰めたシドニーはキャリア組と称して差し支えない。そんな彼が、第2級異端審問官シンディーの個人の裁量で動く事など、本来は有り得なかった。


「それは貴方が理解する必要もない事です。貴方が理解するべきはただ1つ。この場に置いては我々教会の意志こそが頂点であるという事。貴方も、治安局も、せいぜい我々の邪魔にならないようにしていれば、理力の光の恩寵が齎される事でしょう」


 シドニーはそう告げると、マテウスの横を抜けて、入ってきた場所から同じようにして夜の帳へと姿を消す。彼の背中を苦笑いで見送るマテウスだったが、誰になんと言われようとも、彼は彼なりの仕事をこなすだけだ。


 階下へと移動しながら次にどうすべきかを、冷静に整理していた。

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