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姫騎士物語  作者: くるー
第二章 過ちばかりの道すがら
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鋭利なる罪状その1

 ―――数日後、夜。王都アンバルシア北区、王女親衛隊兵舎


「はぁー、気持ちいい風……」


 そう言ってマテウスのベットに倒れこむようにして寝転がり、解放された扉からの夜風をその身に受けて溜め息を漏らしたのは、アイリーンだ。その体勢から身体を捩じらせて仰向けになる彼女の寝姿は、持参した絹のネグリジェ1枚纏っただけである。


 比較的ゆったりとしたサイズの為か、彼女が身動みじろぐ度にネグリジェがその肉体の上を滑り、ゆったりとしたサイズにも関わらず、自らを主張して止まない胸の豊満な膨らみが、ネグリジェを押し上げて胸元に渓谷を作っている。


「一国の王女がだらしないな」


「いいのっ。今日はマテウスが苛めるからクタクタだし……今ここには、マテウスしかいないんだから」


 マテウスが彼女に背を向けてベットの端へと腰を掛けると、アイリーンは横になったまま手を伸ばして、マテウスの背中に触れる。その仕草は気だるそうで、言葉通りに疲れ切っているようだった。


「だったらはやく自分の部屋に戻って休んだらどうだ?」


「そんなの……勿体無いよ。折角1週間に2日しかない兵舎での夜なのに」


 ふとすれば、まどろみの中へ落ちてしまいそうなのを必死に堪えながら、呟くように返すアイリーン。アイリーンの言葉通り、今日は彼女の定めた週に2日の訓練日。その初めての日だった。


 マテウスはそんな初日の訓練を、アイリーンの基礎を測る為に費やした。体力に関しての結果は平凡そのもの。マテウスは勿論、他の誰よりも群を抜いて低い数字だ。だが、理力解放に関する力だけはどうも常人より覚えが早く、出来がいい事ぐらいが今日の収穫か。


 ただ、彼女の理力解放に関する技術は叙任じょにん式の時に証明済みだ。2、3日はかかるであろうと予想された叙任式の技術を彼女は半日でマスターしてみせたのだから。


 そう考えると、マテウスからすれば平凡な体力という収穫だけが残される今日の訓練だったが、その割に彼女は充実感に満たされた顔をしていた。だが、彼女の求める物とマテウスが求める物が違うのは、当然の事といえば当然だった。


「明日もあるんだから今日はゆっくり寝る事だな」


「でも……私が寝たら、マテウスは何処に行くの?」


 不意を吐いて放たれたその鋭い問い掛けに、マテウスは振り返ってアイリーンを確認する。彼女は枕に顔を乗せたままジッとマテウスを見上げていた。眠たそうにとろけながらも、相手を吸い込むような神性を秘める青い瞳でマテウスを捉えるが、彼はそれに再び背を向ける。


「なんの事だ?」


「また嘘で惚けるのね。ずっと気付いていたよ。マテウスとお母様とパメラが、私の為に危ない事をしているって。パメラと一緒になって危険な目にあった夜より前からずっと」


 アイリーンがいう危険な目にあった夜とは、カール邸でカナーンに襲撃された夜の事だろう。アイリーンに秘密で事を進めるといったのはパメラが先だ。ならば、彼女からの漏洩ろうえいはない。では、どこから……


「ふふっ……その反応だと、やっぱり私の為なんだね」


「やられたな。鎌をかけたのか」


「3人に大切にされてるなって分かるから。だからそう思っただけ」


「どうかな。パメラや俺は命令をこなしているだけだし、ゼヴィだって国の為でもあるからそうしてるだけだ。君の為だけじゃない」


「そっか……残念。私の為だけなら良かったのに」


 くすくすと肩を揺らしながら小さく笑う。その笑顔は悲哀を帯びていたが、言葉通りの意味で悲しかった訳ではない。ずっと問い詰めずに秘めていたのは、マテウスにいらぬ気を使わせない為だったのに、結局それをしてしまった自分の弱さが情けなかったのだ。


 アイリーンはマテウスが背中を向けたままでいてくれた事に少しだけ感謝して、目を合わせようとしない卑怯な彼に少しだけ腹を立てた。


「だって、もし私の為だけなら……私が強くなれば、3人を危険な目に合わせなくてすむでしょ? だからマテウス。明日も、がんば……ろう、ね……」


 その言葉を最後に、アイリーンは規則正しい寝息をたて始めた。それに気付いたマテウスは振り返り、彼女の上に掛け布を肩まで掛けてやる。折角用意した彼女の部屋に帰らなかったか……などの愚痴を胸中に秘めたまま、ありがとうと小さく声に出して伝えた後に、部屋の外へと出る。


「わっ……ひゃっ、マ、マテウス様……」


「静かにな。アイリが寝たばかりなんだ」


 足音を殺して外に出たマテウスを待っていたのはレスリーだった。彼女は扉に耳を着けていたが、ドアノブを捻る音に気付いて、慌てて廊下に離れたのだ。だが、マテウスに慌てた様子はなかった。それは人が外にいる事を、事前に気配で把握していたからである。


「あのっ、言いつけの品をお持ちしたので……そ、その、決して盗み聞きをしようとしていた訳では、そのすいませんっ! すいませんっ!」


「いや、いい……と、言いたい所だが、嘘は吐くな。聞いていたんだろう?」


「はうぅ! すいませんっ、すいませんっ! その、声が聞こえて……以前のように御2人の邪魔をしては、い、いけないと思って、でも……その、気になってしまって……すいませんっ」


「謝るのは1回でいい。嘘ぐらい誰でも吐くからな。だが余り吐き過ぎると、どれが正しいのか自分でも分からなくなるぞ」


 そうしてマテウスは皮肉に満ちた笑顔を浮かべながら、レスリーの腕を引いて移動する。自分の言葉が誰の事を指しているのかぐらいは、彼にもよく認識できていた。


「あ、あの……これが言いつけの、アイリ様がお持ちになっていた装具です」


「手間を掛けたな」


 そう口にしてレスリーがマテウスに手渡すのは、アイリーンが今朝に皆の前で、マテウスへと手渡した小さな片手剣型装具だ。彼はそれを一度武器庫に納めて、それを取って来るようにとレスリーに頼んでいた。それ故に、彼女は今この場に立っている。


 それは一般的な片手剣よりも一回り小さく、一般的なナイフよりも一回り大きい……そんな中途半端な大きさの広刃と、ツヴァイハンダーのような頑丈で大きなつかつばを有した不恰好な装具だった。また祭典に使われるのか、その刃渡りに至るまで薔薇の紋章や装飾が施されており、マテウスが普段使う無骨な装具とは一線を画していた。


 普段の彼であれば、こんな使いくい片手剣型装具よりはペーパーナイフの方が殺傷能力の高い武器として選択し、携帯するだろう。それ程にマテウスには不釣り合いな武装だった。


「それで、話を聞いていたのか?」


「はっ……いや、その……結局、き、聞こえなかったので。内容は聞いてません。今度は、嘘ではありませんっ。はいっ、すいませんっ」


「嘘を吐いていないのなら、謝る必要はない。聞こえていなかったのなら、それでいいさ。それより、君の格好だが……どうしてそんな服を着ているんだ?」


「えっ……やっ、はい? なにか、おかしいでしょうか?」


 素っ気無い態度でベルトに造ったホルダーに、ナイフを差すようにその装具を収納するマテウス。そんな彼の言葉に対して、気落ちしてしまっていたレスリーだが、自らの服を指摘されて、改めて自分の姿を省みる。


 レスリーは何故か、男性用のブリオーという上半身長袖シャツを着ていた。かなり大きめの男性が使っていた物のようで、彼女が着ると丈の短いネグリジェのように使えるのだ。そしてご丁寧にも袖の布を彼女の腕の長さに合うように裁断し、余った布を使って背中や胸に空いていたのであろう穴を補修して使っていた。


 その上で彼女は下半身になにも履いていない。つまりミニスカートのよう丈の短い襤褸衣ぼろぎぬ素材のネグリジェ姿で、その長く伸びる生足をむき出しにして、靴を履いてペタペタと歩き回っている姿をしているのが、今のレスリーだ。


 彼女が自分の服の仕立てを確認しようと、片腕を上へと伸ばすたびに裾まで釣りあがって、レスリーの高い位置にある筈の股下が見えそうになる。流石に下着ぐらいは穿いているだろうが……マテウスはそれを明確にする事を躊躇ためらった。


 そして、この襤褸衣素材の男性用ブリオー。その大き目のサイズといい、質感といい、破れた箇所といい、マテウスの記憶にある品と、よく合致していた。


「レスリー。それは俺が先日、処分を頼んだ服か?」


「は、はいっ。その、如何様にもしていいと仰ってましたので……えっと、その、不愉快だったでしょうか? で、でしたら、今この場で脱いで、マテウス様の衣服を汚した罪で、レスリーの身体をマテウス様の情欲で汚していただいて……」


「しねーから。俺はただ、折角古着を買ったんだから、それを使えばいいと思ったんだ。そんなボロボロの服を使うぐらいならな」


 マテウスは手馴れた様子でレスリーの頭を叩いて、彼女が服を脱ごうとするのを食い止める。泣きそうな顔で頭を撫でるレスリーだが、こういう時の彼には遠慮がなかった。


「えっと、マテウス様に買っていただいた服は、その……大切に使いたかったので。そ、それにこの服、実は気に入ってまして……だ、駄目。でしょうか?」


「君が気に入っているなら、まぁいいだろう。だが、余りそれで外を出歩くなよ」


 マテウスの忠告に、素直に首肯しゅこうするレスリー。彼女にとってそれは望外の喜びだった。そして、暫くこうした自然な雑談をする事がなかった事も思い出す。


 それはマテウスがレスリーの中で、不気味な恐怖の対象から、なにか別の物へと代わりつつある事が原因だった。1番近いのは頼れる存在だろうか? 自らの弱い姿を見せて、それでも受け入れてくれたマテウスならば……だが、そんな存在は彼女にとって初めてだったので、本当にそうなのかは確証が持てなかった。


 そして例えそうであったとしても、そんな人物は彼女にとって初めての存在(母親は最愛の人であって、少し違う)で、距離の取り方が分からないのだ。だから、最近は会話も少しギクシャクしていた。


(今日は自然に喋れた……かな?)


 アイリーンと部屋で会話しているのを見つけた時に覚えた、チクリとした痛みに似た感情をレスリーはもうすっかり忘れていた。そしてこのマテウスの香りが染み付いた服が、安心感を与えてくれる。今の自分ならもう少しマテウスと会話を楽しめるかもしれない……そう考えて顔を上げた時、マテウスはあっさりと踵を返して、外出しようとしていた。


「あ、あの……お、お出かけです……か?」


「あぁ。パメラを待たせているからな。余り怒らせたくはない所だ」


 また、レスリーに謎のチクリと痛みに似た感情が襲う。しかし、彼女はそれを押さえ付け、満面の笑顔を作ってマテウスを見詰めた。その笑顔は、自分如きがマテウスの都合を差し置いて、会話を続けようなどと愚かな事を……そう言った自戒の意味が込められていた。


「ではいつもの言いつけ通り、先にお休みさせてもらいます。いってっらっしゃいませ、マテウス様」


「あぁ、行って来る」


 そう告げたマテウスは、首だけを巡らせて片手を軽く挙げて応えて、歩き去っていく。レスリーの胸に芽生えた新しい感情がなんなのか、2人は気付かない。だがそれは、2人の関係にとって余り良くない物である事は確かだった。

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