エピローグその3
「どちらへ行かれるおつもりですか? 貴方はこれより、異端審問局の監視下で異形対策局の尋問に答えて頂かなければならない身の筈です」
「そう大袈裟に言うなよ。2、3質問に答えるとか、そんなノリだろ?」
「貴方が先方の希望する振る舞いと、証言を用意出来るのであれば、そうした結果も臨めるでしょうね。ただそれも、大人しく尋問へ臨もうとする姿勢が前提ではありますが」
マテウスがなにかをしでかす前に、先んじて釘を刺しに来たのであろう。それだけあって、角の立つような言葉を選んでいるシドニー。
マテウスは、この挑発的な物言いに過剰な反応をしてしまいそうなヴィヴィアナの様子を伺おうと後ろを振り返るが、その様子はなく、彼女は神妙な面持ちを浮かべながら、シドニーの前まで進んでいく。
「あの異形についての話が聴きたいなら、私だけでもいい筈だよね?」
「情報の正確性を増す為には、複数の証言が不可欠です。巻き込まれただけの貴女を拘束するのは心苦しいですが、同行して頂きます」
「オジサンだって、巻き込まれただけじゃん」
ヴィヴィアナが小さく舌を鳴らす。それを見ていたであろうシドニーは、黙して気付かないふりをしている。普段の高圧的な態度が、ヴィヴィアナに対して少しだけ軟化しているのは、救命してもらった事に対して、それなりに敬意を払っているからだろう。
「今は後回しに出来ない取り込み中なの。少しぐらい事情、知ってんでしょ? こっちだって協力する気がない訳じゃないんだし、ちょっと後先が変わったって問題なくない?」
「どんな事情があるにせよ、神の代行者である我々を差し置くとなれば、それは背信行為として疑う事となるでしょう」
「はぁ? なんでそんな事になんのよっ」
「ヴィヴィアナ。その辺にしておけ」
これ以上会話を続けさせると、普段通りの暴言を吐き出し、最悪掴み合いに発展しかねないと考えたマテウスが、間に割って入った。
ペドロのような例外もあるとはいえ、信仰を拠り所としている教会の人間なんて、こういう人間が大半だ。これ以上押し問答を続けて、ヴィヴィアナにまで悪感情を抱かれる方が、不利益だとマテウスは判断した。
(仕方ない。また隙を見て抜け出すしかないか。流石に次は許されんかもしれんが……)
その時はまた1級異端審問官様であられるシンディー辺りに、苦心してもらおうと諦めの境地に達するマテウス。ストレスで彼女の胃が裂ける事になるかもしれないが、必要な代償だと勝手に算段していたマテウスだったが、言い足りなかったヴィヴィアナが、マテウスを押し退けて再び前に出る。
「じゃあ、さっき言ってた貸しって奴。今返してよ」
「貸し……ですか?」
「そう。ここでオジサンを見逃してくれるだけでいいの。万が一オジサンが帰って来なかったら、私を異端者に仕立て上げたっていいからさっ」
「ヴィヴィアナ。それは……」
「なに? また信じさせておいて、裏切るつもりなの?」
「……なかなか言ってくれるな」
返す言葉に詰まりかけていたマテウスは辛うじてそう答えて、苦笑いを浮かべた。
「えっ? あっ、ごめん。言い過ぎた……かも。でも今のは、オジサンがそんな事しないって知ってるからだから」
「分かっている。気にするな」
マテウスを気づかわし気に見上げるヴィヴィアナ。2人のやり取りを見守っていたシドニーが、眉間の皺を寄せてマテウスへと問い掛ける。
「それで? 貴方はなにをなさりたいというのですか」
「俺達の……仲間が異端者隔離居住区にいる。その迎えに行くだけの事だ。2日もかからない」
「以前も同じような理由で、私どもの制服を盗んで姿を眩ませたというのに、凝りもせずよくそんな事を申し出る気になりましたね?」
「馬鹿な事を言ってるのは分かってるが、そっちだって相当だと思わないか?」
「私はね、信仰に対する貴方のそういう態度が、気に食わないんですよ」
正面切って吐き捨てるようにそう告げられてしまえば、マテウスとしては首を竦めてみせるぐらいの反応しか出来ない。そんな態度にヴィヴィアナは頭を抱えて、シドニーは更に腸を煮えさせるのだ。
「ただ……彼女の申し出は、信じてもいい」
ペドロが帰って来るまで平行線が続くかと思われたやり取りではあったが、意外にもシドニーの方から折れた。
「私の事、よね?」
「その身を預けるとまで仰った、貴女の言葉を信じましょう。ただし、この男が帰って来なかった時には、それ相応の覚悟はなさって頂きますよ?」
「それでいいよ」
即答して首を縦に振るヴィヴィアナ。リスクなどないもののように振る舞うその姿に、マテウスの方が顔を顰めてしまう。
「悪いな、助かった。後の事は任せる」
「いいよ、こっちは適当にやっとくから。そっちこそちゃんと頑張ってよね? 待ってるから」
「あぁ。アイツの気が変わらない内に、とっとと行くとしよう」
早々に離れて行こうとするマテウスの背中に、ヴィヴィアナが声をあげる。
「ねぇっ! それとさっ! やってみたい事が出来たの、私っ。帰って来て落ち着いたらでいいからさっ、また話、聞いてよねっ!」
振り返らず片腕を上げながら、早足に歩き去っていくマテウス。ヴィヴィアナは片足を引き摺りながら歩いていく彼の背中を見送りながら、やはり引き止めた方が良かっただろうか? という思いがよぎった。
程なくして馬車と共に姿を現したペドロ。降り立ってすぐに異変に気付いた彼は、嫌な予感と共にヴィヴィアナとシドニーの下に駆け寄っていく。
「あのぉー……マテウスさんはどーこ行っちゃんったんですかねぇ?」
「騎士として、どうしても優勢させなければならない事情があるという事なので、私が許可を出しました」
「ははははっ、いやぁ~、困ったなぁ。なんだってそんな許可を?」
「依然、彼は異端審問局の監視下にあります。連行しようとすれば、いつでもその準備は出来ていますし、彼が戻るまでの異形に対しての証言ならば、彼女がその全てを請け負ってくれるそうです」
「そういう事だからさ。とっとと案内してよ。後、私こんな格好だしさ。先にお風呂入りたいんだけど、先に用意ぐらい出来るよね?」
「いやぁ、出来ない事もないと思うんだけど……これ、俺、怒られない? ねぇ?」
勝手に馬車へと歩き出すヴィヴィアナとシドニーに、振り回されているだけペドロ。オタオタともたつく彼には聞こえぬように、ヴィヴィアナからシドニーへと囁き掛ける。
「連行しようとすればって奴……本当なの?」
「いいえ。ですが、あぁでもしておかなければ、彼も引き下がれないでしょう」
「ふーん……いいの? 嘘なんか吐いちゃって」
「これで貸し借りなし。そう言い出したのは、貴女の方ですよ?」
「だったね。じゃあ、感謝の必要もないか」
「えぇ。感謝をして頂く為に、助けた訳ではないので」
どこかで聞いた台詞に、ヴィヴィアナは顔を顰めて睨みつける。だが、睨まれる心当たりがなかったシドニーは、視線に気付かないまま彼女の正面に腰掛けて、瞳を閉じた。
どうやら盗み聞いていた訳ではなさそうだ……シドニーの態度からそう判断したヴィヴィアナは、彼に習って座席に腰深く座り込んで、背もたれに身体を預ける。
目の前の男と共感してしまうなんて事も、アイリーンやレスリーの事をマテウスに丸投げするようになってしまった事も、どちらも以前の彼女であれば不愉快になるであろう出来事ではあったが、今は不思議とそうはならなかった。
心境の変化? ありえない。彼女にとって未だに男は、信用に値しない敵だった。ただ、マテウスに至っては……
「はぁぁ~……疲れたぁ」
疲れているだけだ。考えるのをやめよう。身体を休めて、アイツ等の取り調べを受けたら、パレードが終わる頃合いだろうか? そうしたらパメラとフィオナに合流して……そうして瞳を閉じた瞬間、疲労の限界に達したヴィヴィアナはあっさりと意識を手放した。
以上が第七章です。最後までお付き合いくださった方、ありがとうございます。お疲れ様でした。
次の章ですが、実は少し行き詰ってしまってバッファが薄くなっているので、暫くおやすみにさせてください。
予定では2月ないし3月中にはお届け出来ると思います。それでは、良いお年を。




