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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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エピローグその2

 ペドロが移動手段の確保に姿を消している間、マテウスとヴィヴィアナは並んで地べたにへたり込んで彼の帰りを待っていた。


 少し離れた場所に座るシドニーを含めて、疲れ切っている3人には会話をする気力すら残ってないようだったが、シドニーが立ち上がって近づいて来るのに気づいて、マテウスの方から億劫おっくうそうに声を掛ける。


「なんの用だ?」


「貴方にはありません。そちらの女性に」


「……私?」


 疲労で半分眠りに落ちかけていたヴィヴィアナは、元々釣り目で鋭い目つきを更に細めながらシドニーを見上げる。


窮地きゅうちを救っていただき感謝します」


 改まって深々と頭を下げるシドニーに、ヴィヴィアナは声も出さず眉間へ更に深い皺を寄せる。


「貴女にクレシオンの祝福を。そして、理力の光の導きがあらん事を」


「じゃあ、しにしといて」


 少しの緊張をはらんだ硬い声色。ろくに視線すら返そうとしない様子は、煙たいものを相手にした時のような反応だが、シドニーはそれで満足したのか再び離れた場所へと移動していく。


「もう少し、愛想よくしてみたらどうだ? 普通に感謝されているだけじゃないか」


「知ってるでしょ? 私、男は嫌いなの。愛想振りまいて勘違いされた時の方が面倒じゃん。それに……感謝されたくて助けた訳じゃないし」


 そっぽを向いて答えるヴィヴィアナの横顔からは、拒絶の意思が伝わって来た。分かってもらえなくてもいい。今までの彼女であったらなら、そこで終わっていただろう。


「オジサンだって分かるでしょ? そういうの」


「まぁな。感謝されたいだけなら、もう少し労力が少ない方法を選ぶ」


「ひねた言い方。バッカみたい。決めた。今後、アンタなんかに絶対感謝してあげないっ」


「イチイチ頭を下げられるよりは、そっちの方が気楽ってもんだ」


 珍しくクスクスと朗らかな笑みを浮かべるヴィヴィアナ。緊張の糸が切れて、気が抜けてしまっているのかもしれない。それはマテウスも同じようで、彼も釣られるようにして笑みを零した。


「やっぱり私、騎士に向いてないみたい。人が死んでいくのを見るのがどうしても駄目」


「弱きを助けるのが騎士の務めだ。とはいえそうだな……今日みたいな事を続けていくのなら、命が幾つあっても足りないだろうな」


「だから……だからオジサンはあきらめちゃってたの? そういうの」


「臆病者でね。我が身可愛さという奴だ。君のように立派なこころざしがあった訳じゃない」


「適当言っちゃって。これのどこが立派な志なのよ……まぁいいか」


 答えにくい事を聞いたつもりが、あっさりと返答が帰ってきたことに鼻白なはじらんでしまうヴィヴィアナ。だが、本当に言葉通りの臆病者なら、再び騎士としてこの場に立っていなかっただろうし、その表情からそう達観せざるを得なかった背景を見たような気がして、彼女はそれ以上の追及を止めた。


「これ、渡しとく」


「これは……パメラのリボンか」


 パメラが普段から髪を止めるのに愛用しているリボンだ。その両端に埋め込まれた装飾がアイリーンの所在を突き止めるのに使われる、追跡石チェイサーになっている。


「パメラが持ったままだと絶対アイリの事を追い掛けちゃうからね。でも、行き先が分かんないのはさすがに私も心配になるしって事で、預かってた」


「2人には会わせられない。そう言ってなかったか?」


「今のアンタなら大丈夫でしょ? 2人を悲しませないで、ちゃんと連れて帰って来てくれる……そう思えたから渡した」


 決闘を前にしたアイリーンとの約束を破って八百長に加担し、この先も期待をし続けるとレスリーに伝えたその口で、騎士への道を閉ざそうとした。そんな男が、彼女達を前にしてどんな言葉を並べろというのだろうか?


「そりゃ連れては帰るさ。力づくでもな。だが、悲しませないでなんて事は不可能だ。君は今更俺に、どの面下げて、どんな言葉を掛けろって言うんだ?」


「はぁ……まーた悪い癖だ。あのさ、私言ったよね? 勝手に諦めないでって。2人と顔を合わせる前から、そんな調子でどうすんの?」


「俺がなにを諦めているって?」


「オジサンがさ、あの2人の事をどう思ってるかは知らないけどさ。もっと信じてあげてよ、あの2人の事を」


 ヴィヴィアナの指摘に、マテウスは気付かされた。アイリーンとレスリー。2人と顔を合わす前から己が許さる筈がないと断じてしまう事もまた、彼女達への裏切りであるという事に。


 マテウスを前にして、喜ぶのも、怒るのも、哀しむのも、楽しむのも、彼女達が決める事だ。断じてマテウスの想像で、勝手に決めて諦めていいものではない。


 彼に出来る事があるとするならば、ただ1つ。誠意を尽くすのみという事に。


「そうか……そうだな。悪あがき、してみるか」


「……ふふっ、確かに臆病者ってところは本当みたいね。そんなデカい図体ずうたいしといて、女の子2人相手になにビビってんの?」


 ヴィヴィアナが軽く背中を叩く。だが、図星を突かれたマテウスにとっては、その責任が重くのしかかってくるようだった。


「情けない話だ。失敗した時の事ばかり、よぎってしまうんだからな」


 マテウスの弱気な発言を聞いて、ヴィヴィアナはそれを笑い飛ばす気にはなれなかった。むしろ、自身がからかいすぎた事を反省する。


「あぁ~……大丈夫だって。あの2人ならさ、アンタの言葉であの子達が必要だって事を、難しい建前とかそういうのを抜きにした素直な気持ちを伝えてあげれば、きっと届くから」


 そして彼女は気恥ずかし気に、少し声量を落とす。


「少なくとも私は……アンタに力を貸してくれって伝えられて、その……嬉しかったし」


 マテウスが信じられないものを見るように呆然としていると、ヴィヴィアナは両頬を赤く染めながらマテウスの腕を殴る。


「なに? なんか言いなさいよ」


「いや、結構キツい事を言ったつもりだったが、あんなので良かったのか?」


「はぁ? いいわけないでしょ、馬鹿っ。鈍感っ!」


「なんか言えといっておいて、その対応はないんじゃないか? 後、いちいち殴るんじゃない」


 ヴィヴィアナは気恥ずかしさを紛らわすためにやっているのだろうが、彼女の拳は鍛え抜かれたマテウスですら地味に痛い。


「あっ、ゴメン。って、なに? もしかして、もう行くつもりなの?」


 急に立ち上がったマテウス。その態度からヴィヴィアナは、なにをするつもりなのかを察して、同じく立ち上がった。


「あぁ。体を動かしていないと、考え込んでしまう性質たちでな」


「さすがに早いって。その足じゃ歩くのも辛いんでしょ? 決闘の時の傷口だってまた開いちゃってるかもだし、せめて1日は体を休めてから……」


「1日休んだところで、どうなる傷でもない。それよりも、このまま異形対策局に連れていかれてしまっては、いつまで拘留こうりゅうされるか分らんからな」


「それは……そうかもだけど」


「心配するな。ここを離れた後で、なにか腹に入れるつもりだし、その時に手当てもする。少し、睡眠も取るつもりだ。一刻も早く……とは考えてはいるが、無茶はしないよ」


「本当に?」


「俺の事を、信じて預けてくれたんだろう?」


 逆に質問を返されて、ヴィヴィアナの眼差しにも諦めにも似た踏ん切りの色が浮かんだ。


「分かった。だとすると次は……」


「アイツをどうするかだな」


 2人の視線は、異変に気付いて再び近づいてきたシドニーへと向けられた。

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