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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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逃れようのない依拠その3

「どっ、どしたの?レスリーちゃんっ!?」


 以前はニュートン博士の研究室として使われていたそこは、アイリーンの監禁場所と同じく、室内だというのに樹海のような場所へ様変わりしていた。


 その中央で掻き集めた小枝を使って、堂々と焚火たきびをしていたラウロが、真っ赤に腫れた両目を手で拭い、繰り返し鼻をすすりながら戻ってきたレスリーに驚き、声を掛ける。


「大丈夫か? アイリちゃんに、なんか酷い事を言われちゃったとか?」


「ひっ、酷い事をっ……いっ、言った、のはっ……」


 酷い事を言ったのは、してしまったのは、いつだって自身の方だ。レスリーには、それを最後まで口にする事は出来なかった。そう言葉にしてしまう事で、今以上の罪悪感にさいなまれてしまう事を、彼女自身が良く知っていったからだ。


 とにかく、こっちに来て火にあたるといい……そう告げながらラウロは、すすり泣きを続けるレスリーを焚火へと誘導する。


「可哀そうに……大丈夫だぜ、レスリーちゃん。レスリーちゃんは、なに1つ悪くないんだ。むしろ悪いのは、俺達がベルモスクだってだけで、酷い言葉を投げつけてきたアイツ等の方だろう?」


 レスリーの言わんとしている事を勝手に勘違いしたラウロ。子供をあやすように彼女の頭を優しく撫でながら、ひときわ優しい声音を作って話しかける。


「でももう、アイツ等の事なんて気にする必要はないさ。お別れは済ませて来たんだろう? 俺達と一緒に行く心の準備、出来たって事だよな?」


「あのっ……ほっ、本当に、その、レスリーが着いて、着いて行けばっ……アイリ……様には、手をだっ、出さないで、くっ……くださるのですか?」


「ん? あぁ、安心してくれ。そういう約束だっただろう? アイリちゃんが、俺達の邪魔をしてくるようなら話は別だが、俺からあの子達に、これ以上の危害を加える事はしないさ。絶対にな」


 レスリーから鼻を啜る音が止まる。ラウロの提案を未だに迷い、考え込んでいるようだ。どちらの選択が正しいのかを、思い悩んでいるのだろう。


 だが自らは賢く、正しく立ち回れる筈だと、思い悩んでいる者こそ犯しやすい間違いがある。結論を求めるあまり、正しい選択をする為ではなく、どちらが正しい選択であるかの理由付けを始めてしまうのだ。


 どんなに理由を重ねた所で、決断にデメリットが伴う事は変えようがない。そこと向き合う事を止めてしまった者は、フッと背中を押されてしまうだけで、いとも簡単に進む先を踏み間違えてしまうのである。


「レスリーちゃんは優しいな。さっきのエステルさんの時だってそうだった。こんな時になっても、アイリちゃんの事を心配しているんだよな」


「そっ、それは……その……」


「レスリーちゃんは、2人を助けたいから俺達の所に来るんだろう? 流石の俺だってそれぐらいの事は気付くさ。でも、切っ掛けはそんなんだっていい」


 身を竦めてしまい、不安の入り混じった表情を浮かべるレスリーの瞳を、優しい笑顔を浮かべながら覗き込むラウロ。


「俺はどんな理由だって構わないんだ。レスリーちゃんが俺達と一緒に来てくれるならね」


 ラウロが頭を撫でて来る事への不快感は、不思議と湧いてこなかった。むしろ、頭に触れられてしまうだけで、あまりの多幸感になにも考えられなくなってしまうマテウスと比べて、落ち着きすら感じた。


「アイリちゃんもエステルさんもいい人だよ。ただ、さっきも言ったと思うけど、あの人達はエウレシア人なんだ。俺達とは違うから、分かり合えなくていつか辛い思いをする事になる。でも俺達と一緒に来れば、レスリーちゃんに絶対にそんな思いはさせないよ」


 ラウロが一呼吸置いている間、レスリーはその続きを息を呑んで静かにまった。


「レスリーちゃんの事は俺が守る。だからどうか一緒にベルモスク人……俺達だけの楽園を作る為に、力を貸してくれないか?」


 レスリーは、ラウロが改めて差し伸べてい来る手をジッと見つめる。その手を掴んだ先の世界に、ベルモスクの仲間達に囲まれて、優しいラウロに守ってもらいながら、幸せな笑顔を浮かべる事が出来るようになった自身が、垣間見えたような気がした。


『君ほどの才能があれば、どんな道にだって歩む事が出来る筈なんだ』『騎士としての道しか示せない俺の傍にいた所で、君にとっては害悪にしかならない』『無理をして騎士なんてものに拘らなくたっていい』


 マテウスの言葉が次々と胸の内に溢れてくる。この手の先こそが、マテウスが言っていた騎士以外の道なのではないか? 必要とされない場所よりも、多くの人が必要としてくれている場所の方が、進む先として正しいのではないか?


 最後にもう1度だけ、アイリーンが監禁されている部屋の方向を振り返った後、おずおずと伸ばした右手で、ラウロの右手を掴んだ。


「レスリーは、いっ、行きます。その……よろしく、お願いっ……い、致します」


「あぁ、こちらこそよろしく。そうと決まれば、こんな所はとっとと引き払って俺達のセーフハウスへ向かおうぜ?」


「えっ、あっ……その、もっ、もう少しだけそのっ、休んでからっ、では……それにっそのっ……」


 もじもじと両指を絡ませては解いてを繰り返しながら、チラチラと視線を彷徨さまよわせるレスリー。その泳いだ視線の先がアイリーンが監禁されている部屋が多い事から、まだ着いて行く事に迷いがあるのだろうという事が、伝わってくる。


「そうか? まぁ、いきなり踏ん切りをつけろってのは、無理な話だよな。いいぜ。すぐに移動するつもりだったけど、もう少しレスリーちゃんが落ち着いてからにするか」


「すっ、すいません。すいませんっ。ほっ、本当に……そのっ、あっ、ありがとうっ、ごっ……」


「気にすんなよ。言ったろ? 俺はレスリーちゃんの味方だからな。その代わりに……そうだなぁ。なんか話でも聞かせてくれないか?」


「はっ、話……」


 緊張した面持ちで見上げてくるレスリーに対して、ラウロは子供をあやすような柔和な笑顔を作って頷き返す。


「そうっ。レスリーちゃん自身の話もそうだけど、最近のマテウスさんの話とかも聞きたいんだよ、俺。俺が知ってるのは随分昔のマテウスさんだけだかんな。最近のマテウスさんの事はレスリーちゃんのが俺よりずっと詳しいだろ? だから教えてくれないか? なんだったら、代わりに昔のマテウスさんの話もしてやれるぜ?」


 昔のマテウスの話……それは、レスリーにとってとても魅力的だった。提案を聞いたそばからみるみる内に顔つきが変わっていくレスリーの様子に、ラウロは苦笑を浮かべる。


「レスリーちゃん、分かりやす過ぎっ。正直、ちょっと嫉妬しちゃうね」


「そっ、そのっ、あのっ。すっ、すいません。すいませんっ」


「いいよ。気にはなるけど、気にしない事にすっから。ほらっ、あったかいお湯とパン。ここには残ってた非常食だけど、まぁなにも腹に入れないよりはマシだろ? んん~……じゃあレスリーちゃんが話やすいように、俺からにしようかな」


 まずは出会いからだよなぁ……などと呟きながら、1人で話の内容を整理し始めるラウロの事を、受け取ったお湯を使ってパンをフやかしながら見守るレスリー。胸の内は広がる強い期待に染まってしまっていて、この瞬間だけは、罪悪感の事などすっかりと抜け落ちてしまっていた。

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