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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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終ぞ許せぬ己へのその3

 ―――ほぼ同時刻。バルアーノ領、ヴェネット、水中庭園内中央広場


「どうですか?」


「微弱ですが、理力障害が発生していますなぁ。特殊部隊シェラーズからの報告は正しかったという事ですねぇ」


「これだけ離れていても、ですか」


 そう呟いた女は、自らの首に掛けている十字架を握りしめた。そうして、雪のような白い肌に浮かぶ、真紅の花弁を思わせる唇にそれを触れさせて動かなくなった。


「ショックプロシオンを使った爆破にも耐えたという話ですからなぁ。理力解放インゲージへの耐久力も相当なモノという事でしょうねぇ」


 彼女を雨から守る為、その背後から傘をかざしている中年の男が答える。白髪交じりのくすんだ茶色をした長髪の男だ。口周りに伸びた無精ひげや、毟り取ったかのように乱雑な毛先、だらしない垂れ目や緊張感のない口調から、なんともいい加減で無責任な第一印象を与える中年男性であった。


「それらを踏まえて、ペドロ卿。貴方は対象を本当に竜……だと考えていますか?」


「分類するならば……ですがねぇ。ただ、見た目は巨大化したワームという話ですからなぁ。もし竜だとするなら、なんとも夢のない話じゃあないですかぁ?」


「夢などと……既にこれだけの被害が出いているのです。十分な悪夢ではありませんか」


「いやぁははっ。これは失言でしたぁ」


 ペドロと呼ばれた中年男の愛想笑いに、女が閉じていた黄金こがね色の瞳を見開く。この少女と呼んでも差し支えのなさそうな女は、ペドロとはなにもかもが対照的であった。


 こんな雨の中ですら輝くように光る金色の髪は、前髪を眉上で、後髪を肩上で真っ直ぐ切り揃えたおかっぱヘアー。華奢で低身長ながら真っ直ぐと伸びた背筋や、清涼感のある声色から、相対する者に真摯しんし静謐せいひつな印象を抱かせる女であった。


「まぁそれはそれとしてですねぇ……どうされますかねぇ? カルメン隊長殿」


騎士鎧ナイトオブハート及び、耐大型異形用の全武装の使用を許可します」


「ほぉ。しかし、ヨーゼフ猊下げいかは生きたままの捕獲を要求されていましたけどねぇ?」


「……そうでしたか?」


 この返答にペドロは意表を突かれた。彼ですら覚えている話を、目の前の女……カルメン・アヴェイロが忘れる筈がないからだ。カルメンの顔を覗きこもうと首を伸ばすが、前を向いたままの彼女の表情は伺い知れない。


「ペドロ卿。貴方がどう記憶されているかは存じませんが、ヨーゼフ猊下がどんな要求を出していたとしても、私は状況によるとしか返答しなかった筈です。対象は既にこの街へ多くの被害をもたらしている。その贖罪には、むごたらしい死を与えるより他ありません」


 しかし、この返答をもってペドロはカルメンの内心に触れた。黙ってさえいれば、鎧を纏っていたとしても、戦乙女のような美しさを持つ彼女はしかし、口を開けば異形に対してのみ、異常なまでの執着と、苛烈な攻撃性を見せる。


 つまり、元よりカルメンは、ヨーゼフにどんな要求をされようとも、異形を生かしておくつもりは、毛ほども持ち合わせていなかったのである。


「いやぁははっ。しかし、ヨーゼフ猊下の要望を完全に無視してしまっては、今後お父上の立場が危うくなったりしませんかなぁ」


「例えそうなってしまったとしても、私の父ならば、この選択をした私をほまれとされるでしょう」


「はぁ……そんなもんですかねぇ?」


「えぇ。対象は禁忌きんきたる竜の特徴を残した、得体の知れない忌まわしき異形。情けをかけ、自らの部隊に危険を晒すような真似を、父が許す筈がありません」


「まぁ……そんなもんですよねぇ」


 続くカルメンの言葉には、ペドロも内心では同意していたが、彼はそんな素直な性格ではないので、適当な言葉で濁して視線を背ける。


「部隊を対竜用に再編成っ。アンカー隊前進っ! さぁ、なにをなさっているのですか、ペドロ卿。全力であたるからには、我々への被害の一切を許しません。貴方も騎士鎧を纏い、一刻も早い異形の討伐を成し遂げるのですっ」


 華奢な身体から発したとは思えない程の声量で、部隊全体に指示が響き渡る。砲身から全長が成人男性サイズの巨大なモリの先端を覗かせた、車輪付きの移動式砲台が前進を開始して、それを基準に前進しながらにして、隊列が入れ替わっていく。


 部隊の前進と共に、カルメンも馬を進める。雨に濡れるのも構わず、その全ての動きに鋭い視線を配りながら、更に細かく飛ばされるカルメンの指示が、部隊に程よい緊張感と、戦闘を直前に控えた高揚感を生み出す。


 その様子をボーッと傘を差したまま眺めていたペドロであったが、直接の指示を与えられる事で、ようやく傘を閉ざしながら歩き出し、近くの手すきの兵士へ傘を受け渡す。


「はぁ~……分かりましたよぉ」


 ペドロが面倒くさそうに呟きながらも、腰に差していた儀剣に手を伸ばした。


 そのほぼ同時刻、ヴィヴィアナの援護を失って異形ハンクと対面する事となったマテウスは、視線を公園敷地内に流れる河川に向けて吐息を零した。


「なにやってんだ? あの2人は」


 ヴィヴィアナとシドニーを乗せたボートが、中央とは離れた方向へ向かって、ジリジリと移動を始めている事に疑問を抱く。足を止めて直接問い掛けたい思いにも駆られたが、彼が動きを止めると異形ハンクが間合いを寄せて来るので、視線を外す時間すら許されない状態が続いていた。


「コイツ、再生力があがってないか?」


 ヴィヴィアナの矢が射抜いた筈の場所が再生を終えているのに気づいたマテウス。と、同時に一所ひとところに留まり過ぎた彼へ向けて、鋭く硬化した触手が迫るが、ショックエイクでそれを薙ぎ払って、再び間合いを広げなおす。


 ヴィヴィアナの援護なしにこの場に留まる事への限界を感じたマテウスは、2人を残して公園中央へと異形ハンクを誘い込もうと走り始めるが、その走り出しで全身に走った悪寒に視線を前方へと運ぶ。


 彼の視界に広がったのは、無数の巨大な銛。まるで槍衾やりぶすまのように隙間なく降り注ぐ光景に、異形ハンクを振り返る事も忘れて、全力でその軌道を外へと駆け出した。しかし、異形ハンクから完全に目を離してしまっていた事が裏目に出てしまう。


 自らに降り注ぐ厄災の一切に気を払わず、ただマテウスだけを狙いすました触手が、ようやく彼の足を捕らえる。彼の右脹脛みぎふくらはぎに深く突き刺さった所で、異形ハンクに巨大な銛が次々と突き刺さって触手の動きは止まったが、マテウスは鋭い痛みにバランスを崩して、地面へと派手に転がった。


 不幸にもそこは、巨大な銛の軌道上。足の痛みで咄嗟に立ち上がる事が出来ない必死の状況で、それでも抗おうと、倒れたままショックエイクを掴み直して、迫り来る巨大な銛を見据える。


 タイミングを計って打ち落とそうと身構えるが、そのマテウスの遥か後方から、一筋の紅い光が迫ってきて、先んじて巨大な銛を捉え、その軌道を僅かに反らした。


「ピギィィィェェェッェェェォォオオオッ――!!」


 異形ハンクの苦しみ悶える声。もし奴と同じように銛に貫かれるような事があれば、ああして悲鳴をあげる事すら許されなかったであろう……マテウスは、彼のほんの僅か左に突き刺さった、巨大な銛を見詰めて嘆息する。


 命拾いしたな……マテウスがそう胸を撫で下ろしながら後方を振り返ると、河川に浮かんでいた筈のボートの陰が、忽然こつぜんと姿を消している事に、気付くのだった。

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