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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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隠されていたものその5

「ぷはっ、けほっ……エステル、重いっ、よぉっ」


 排水路はアイリーンがつま先立ちをして、どうにか足が届くような深度だったようだ。


 平常であれば溺れる心配もないのだろうが、今のアイリーンは意識を失ったままのエステルを担ぎながら、水底を何度も蹴っては飛び跳ねてを繰り返しているような状態でなので、はたから見守っているレスリーには、今にも沈んでしまいそうな姿に見えて、ハラハラさせられていた。


「あのっ、アイリ様っ。てっ、手伝いますっ」


「レスッ……ぷっ、レスリーッ。そっちっ、そっち持ってっ……はっ、ぷはっ……せーのっ!」


 レスリーが上からエステルの両脇を掴み、アイリーンが片手で腰上あたりを掴む。そして息を合わせる事によって、なんとかエステルを歩道に引き上げる事が出来た。


 その流れでレスリーはアイリーンにも手を伸ばして、彼女を歩道へと引き上げる。


「はっ、はぁっ、はぁっ。レスリーッ、ありがとうっ。ふふっ、助けられちゃったっ」


「どっ、どうしてこんな事を、されたんですかっ……本当に、もうっ。考えなしっ!」


「だってっ、だって、私からだとレスリーが悪い人に襲われているように見えたんだものっ。だから助けなきゃって……あぁっ、それよりエステルッ! エステルは大丈夫っ?」


 2人でエステルの背中を叩いて水を吐き出させた後、仰向けに寝かせて、呼吸や心拍の確認、気道確保などなど、手際よく動いていく。マテウスから同じ教育を受けていたので、彼女達は迷うことなく救命活動を行えたのだ。ただ……


「いやいやアイリちゃん、なんて事してくれてんの? ビショビショになったんですけど?」


「あっ、忘れてた。やっぱりラウロさんだったんですね」


「わすっ!?」


 とりあえずエステルが水を吐き出し、息を吹き返したようなので、ひと段落したと手を止めて、ラウロへと振り返るアイリーン。


「ごめんなさい、ラウロさん。私、ラウロさんはお帰りになったものだと勘違いしておりました。後ろからですと、レスリーとエステルを襲う悪い人にしか見えなかったので……本当に、御迷惑おかけしました。ご無事でなによりです」


「いや……まぁ、そこまで改まってもらう程じゃねぇんだよけどよ」


「で、でも……その、えっ、エステル様を、お、襲ったのは……ラ、ラウロ様なっ、なので」


「えぇっ!? だとするとやっぱり悪い人なんじゃんっ。もうっ、ラウロさんの馬鹿っ。なんでそんな酷い事したの? 謝って損したっ」


「俺が言える立場じゃないんだけど、もうちょっとこう緊張感をだなぁ……」


 アイリーン自身は真剣に怒っているつもりなのだが、エステルが気を失ったまま、脅威を目の前にしている逼迫ひっぱくした現状を理解しているのかいないのか……脱力していたラウロが立ち上がり、エステルを守るように座り込んでいた2人を見下ろす。


「悪いが、ここからは帰さないぜ? ここの事を知られるのは、もうちょっとマズいからな」


「……という事は、ここにはなにかあるんですね?」


「ん? アイリさん、アンタがついさっき、ここに木の根の原因がいるって言ってたじゃねぇか」


「えっと、それは言いましたけども、その……別にそこまで自信があった訳ではなかったし、不審な場所も見つからないから、もう帰ろうかなと思っていた所でした」


「えっ? 1人で単独行動していたのは、すでに入り口を見つけたからじゃなくて?」


「あぁ……あれは、当てもなく探し回っている時間が、エステルとレスリーに申し訳なくなってきて……それで、1人で目ぼしい場所を見て回っている最中でした」


「いやいや、仮にもアンタ王女様なんだろ? それが護衛も付けずに、そんな気の使い方する?」


「レスリーとエステルは、確かに騎士で、護衛ですが……私の大切な友人です。気にします」


 友人と口にするとき、アイリーンは目配せするように視線をレスリーへと送った。だが、すぐに目を伏せて、両肩をすくめつつしょんぼりとしてしまう彼女に、ラウロはガリガリと自らの頭を引っ掻き回す。


「えぇっ? つまり、ほっときゃ素直にお帰り願えたのに、俺がわざわざここに来ちまったばっかりに、墓穴を掘っちまったって事か?」


「うーん……そうなりますね」


「うぉぉぉぉ~~っ! 俺はなんてっ、なんてっ!!」


 一言フォローを挟もうかと一考したアイリーンであったが、結局なにも思い浮かばず、あっさりとラウロに事実を突き付ける。


 まるで苦悩する劇作家のように、両手で頭を掻きむしり、全身を身悶えさせて自らの愚かさを悔いるラウロ。その姿が余りにも気の毒なので、アイリーンもレスリーも、彼が落ち着くまでそれを見守っていた。


「くっ、すまねぇ。待たせちまったようだな」


「いいえ、お構いなく。それじゃ、私達帰ってもよろしいですか?」


「そんなわきゃねぇだろっ。ここの秘密を知った限り、生きて帰すわけにはいかねぇとか、そういう場面だろ」


「えぇ? でも、そちらから勝手に秘密を明かしたんですよ?」


「うぉぉぉぉ~~~っ! 止めてくれぇっ、俺の傷がっ、傷がぁぁ~~っ!!」


「よしっ、レスリー。今の内に逃げようっ」


「ひ、酷い……」


 ラウロの傷をえぐる事によって隙を作ったアイリーンは、エステルを担いで逃げようとするのだが、結局は1歩も逃げ出せぬまま、背後から迫ったラウロの1撃で意識を奪われて、レスリーに折り重なるように倒れそうになる所を、ラウロが支えて、片腕で担ぎ上げた。


「まったく。やられた護衛なんて置いて、素直に逃げれば良かったんだ」


 ラウロの独り言にレスリーが顔を上げる。どうして? なんて問い掛けるまでもなく、レスリーには想像出来なかったのだ。アイリーンがそんな選択をする姿が。


「あ……あのっ、あ、アイリ様をどうする、その……おつもりなんですか?」


「あぁ、心配すんなって。さっきはああ言ったが、殺すつもりはないぜ。この娘には、色々と用事があるからな。ただ、暫くは行方不明になってもらわないと」


「で、では……エステル様も?」


「エステルさんかぁ。アイリちゃんがいるならもう用済みだし、放っておいても面倒な事になりそうだしな。残念だけどここで……」


「あっ、あの。待ってくださいっ!」


 ラウロが片手で腰に差したナイフを抜こうとした所を、レスリーがその手を掴んで食い止める。だが、自らの行動への自信のなさの現れなのか、熱い鉄板に触れてしまったかのように、すぐに手放してしまった。


「あのっ、その……エステル様は、さ、先程の話を聞いていないので、でっ、ですから……こ、殺すだなんて、しなくても、その……」


「だが、俺がソーンを殺したって事に勘付くかもしれない。それに、絶対レスリーちゃん達を探すぜ、この娘は」


「でもっ、そ、それでも、そのっ。もっ、もし、殺すというのなら……このっ、この場でレスリーも一緒に、こ、殺してくださいっ」


 震えの止まらない体で瞳をキュッと閉じながら、エステルを庇うように覆いかぶさるレスリー。


 一見、健気に見えるその光景を、ラウロは苦笑いしながら見下ろしていた。そして、アイリーンを落とさないように担ぎ直しながら、レスリーの耳元に顔を寄せる。


「分かってるぜ、レスリーちゃん。俺相手になら、そう言っても殺されないって分かってるから、そう言ったんだよな?」


 レスリーの体の震えが止まった。


「レスリーちゃんがこの場で代わりに死ぬのなら、2人とも助けてやる。もし、俺がそう言ったとしたら、君はどうするんだ?」


「あっ、そっ……あぁっ」


 レスリーは身体を起こした。そして、死神に睨まれたように青ざめた顔を上げてラウロを見上げながら、ズルズルとエステルから離れて行ってしまう。その先の答えが予想出来てしまいそうな分かり易い反応に、ラウロは声を出して笑った。


「はははっ。意地悪な質問しちまったな。大丈夫だよ。俺がレスリーちゃんを殺したりなんてする筈ないだろう?」


 その言葉にレスリーは心底ホッとしていた。それこそ、エステルやアイリーンの安否など、忘れてしまうほどに。


「じゃあこうしよう。アイリちゃんはまぁ、連れて行くとして、レスリーちゃんが大人しくついて来てくれるなら、エステルさんには手を出さない。それでどうだ?」


 それはラウロが最初から考えていた提案だ。レスリーだってそれを予想していた。だが、そうすると、助けを呼ぶ事が非常に困難になってしまう。情報を得たアイリーンか自身のどちらかが、この場を切り抜けないといけないのだ。


 しかし恐怖や不安、そしてなによりエステルの為だという建前が、レスリーの心から逆らう気力を削いでいく。


「分かるよ、レスリーちゃんの考えそうな事は大体な。だけど気にする必要なんてないさ。俺達はベルモスク……マテウスさんやこの娘達とは、生まれながらに違うんだからな」

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