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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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隠されていたものその3

「見取り図上だと、この向こう側から浄化施設、なんだよね」


 アイリーンが見取り図から顔を上げながら、向かって正面の壁を指差す。


「ほう、ここが……」


 エステルは全てを察したような顔で何度も頷いてみせるが、実際のところの彼女は成り行きに任せているだけで、なにも分かってなどいない。


「それで、浄化施設には何処から入るのだ?」


「えっ? 浄化施設には入らないよ。というか、ここからは入れないってソーンさんが言ってたでしょ?」


「そうであったか? むぅ……そうであったな?」


 エステルが自らの頭をポリポリと掻く度に、犬の尻尾のように後ろのおさげが揺れる。難しい話を聞き流してしまう癖は相変わらずのようで、アイリーンとレスリーは、諦めにも似た溜め息を落とした。


「しっ、しかしあれだな。結局なにも襲ってこなかったではないか。ソーン殿もラウロ殿も、慎重が過ぎるのではないか?」


「そんな事はないよ。私は直接見てはいないけれど……実際に異形アウターに襲われた場所なんか、2度と近づきたくないって人の方が、普通なんじゃないかな」


 実際に彼等がトラッシュワームに似た大型の異形に襲われたのは、緊急連絡通路内の出来事であって、ここ地下排水路とはまた少し違うのだが、異端者隔離居住区ゲットー内の地下坑道というくくりでは、同じだ。


 そのうえ、得体の知れない木の根の原因を探るような行為など、健常な市民であれば、自ら足を踏み入れようとはしないのが普通であり、その普通の感覚を持っていたラウロとソーンは、既に引き返してしまっていて、この場に姿はない。


「こういう事は、教会の領分という事か。しかし、不思議だな。異形が出現したというのに、遺体の引き取りや軽い事情聴取以外の事をしていないそうだな、教会は。こう私のイメージでは、もっと躍起やっきになって原因の調査に乗り出すと思っていたのだが……」


「あぁ……そうだね。私もエステルと同じイメージだったから、そこはちょっと不思議だなぁって感じた」


 2人は肩を揃えて首を傾げるが、異端者隔離居住区の事情に疎い彼女達では、その答えに辿り着けないのも無理はない。


 異端者隔離居住区ゲットーの施設管理は商会傘下の自警団の領分なので、現場を封鎖や詳細な調査をするにあたっての一時的な施設停止には、自警団の許可が必要となってくる。


 平常ならば、教会側の依頼があればすぐにでも解放されるのだが、水害による閉鎖区域や、技術交流会が開催中である事を理由に、自警団の上層部である商会が拒否するように指示を出しているのだ。


 ただ、2人の背後に立って会話に聞き耳を立てているレスリー。実は彼女だけは、この事実を知っていた。今、2人の会話に割って入ろうとしないのと同じく、酒場にいた男達の噂話にも、静かに聞き耳を立てていたからである。


「まぁそれはそれとして、アイリ殿はここでなにを調べるつもりなのだ?」


「なにって……この周辺で出入口になってそうな所や、木の根が壁を貫いてたりするような所とか、そういうパッと見で分かりそうな場所があればいいなぁって思っていたんだけれど……」


「むぅ、ハッキリせんな」


「そうだよね、ごめんなさい。そうだっ……私がちょっとその辺まで確認してくるから、2人はここで待っててくれる?」


「なんだ、今更。水臭い。探索するというのなら、付き合うぞ?」


「いや、その……なんだか急に自信がなくなっちゃって。ラウロさんやソーンさんが言うように、この見取り図を作った人のミスだったんじゃないかなって思えてきたの。なのに2人にまで付き合ってもらうのは、なんだか悪いなぁって……ほらっ、すぐそこまでだからさっ。ちょっと待っててね?」


「いやっ、待ってくれ。私は別にアイリ殿を疑っている訳ではない。それにこんな場所での単独行動はっ……」


「なにか見つけても、すぐ戻るからーっ」


「あぁっ、行ってしまわれた。うぅむ、私の尋ね方が悪かっただろうか? 責めるつもりはなかったのだが」


 片手にランタンを、片手に地図をもって、パタパタと足音を鳴らしながら駆けて行ったアイリーン。それを追い掛け損ねたエステルは、困惑した表情を浮かべながら、レスリーが手に持つランタンの光を頼りに、その方向をみつめる。


 なにせ、この場所に至るまで、異形の影どころか、不審な木の根1本に至るまで見つける事すら出来ていなかったのだ。見取り図から得たひらめき程度の疑惑に揺らぎが生じ、エステルの問い掛けで自信までも失ってしまったのだろう。


 ただレスリーだけは、この不気味な程に静かな場所へ、更なる疑惑を深めていた。


(この場所だって1度は浸水した後だというのに……やはり浄化施設に近づけば近づく程、浸水被害も、木の根の被害も、トラッシュワームの痕跡すらも、なさすぎますね。浄化施設が守られていた? 本当にそれだけなのでしょうか?)


 レスリーは、アイリーンだってこのぐらいの事は気付いているだろうと、なにも口にはしなかった。まぁ、そもそも、話しかけるのも気まずい状態のままなので、頼まれても口にしたか疑わしい。


「そういえばレスリー殿、アイリ殿となにかあったのか?」


「えっ? あっ? うぅっ」


 余りにも予想をかけ離れた問い掛けに、レスリーはしどろもどろになりながら視線を外す。しかし逆に、エステルはグイグイと距離を詰めて、間近から見上げていく。


「しばらく貴女達の様子を見ていたのだが、話をするどころか、視線すら交わそうとしないではないか。レスリー殿が赤鳳騎士団を離れるかどうかについて、もう私から口を出すつもりはないが、どちらを選択するにせよ、今のままは良くないのではないか?」


 今の状態で騎士団に戻ってもシコリが残り、離れたとしても後悔が残ろう。エステルのいう事は正しいが、かといって簡単にどうこうする事が出来るのか? と問われれば、今のレスリーには難題であった。


「アッ、アイリ様っ……の、事は、そのっ。レスリーにも、わっ、分からなくて……その。見たり、はっ、話したりしようと、す、すると……すごく嫌な気持ちになって、それで……ソワソワして……」


「んんっ? ……素直になれない、という事か?」


 反射的にコクコクと頷いてしまうレスリー。その素直な反応には、エステルよりもレスリー自身が驚いしまう。


「私はレスリー殿の事が好きだ。よき友人だと思っている」


「えっ? あっ……うぅっ。そのっ……あ、ありがとうございますっ。れっ、レスリーも、えっ、エステル様の事を、そ、尊敬して、おっ、おります」


「尊敬か……その言葉、ありがたく受け取っておこう。それでは、アイリ殿の事はどう思っておるのだ?」


『きっ、嫌いですっ。だからそのっ……もっ、もうっ……付き纏まとわないでくださいっ』


 エステルの質問に、アイリーンと並んで眠った夜の事を思い出すレスリー。あの時は勢いで答える事が出来たものの、今、改めて言葉にしようと、胸の内に正しく表現する為の単語が見つからず、黙りこくってしまう。


「やはり難しいか……いや、アイリ殿の気持ちは私が見ていても分かるのだが、レスリー殿がどう考えているのか、伝わって来なくてな。少し聞いてみたかったのだ」


 レスリー自身が言葉に出来ない事を、私が分かる筈もない。そうして1人で妙に納得するエステル。ただ、レスリーにはエステルの言葉が少し引っ掛かったようだ。


「えっ……あの、エステル様にはっ、その……あっ、アイリ様がレスリーの事を、ど、どう思っておられるの、のかっ、分かるの、ですか?」


「んぅっ? あぁ、それは分かるぞ。アイリ殿ほどレスリー殿の事を大切に想っている人物、そうはいない」


「そっ……それはっ。きっと、かっ……勘違い、ではないで、しょうか? そのっ、アイリ様は、レスリーの事を、にっ、苦手だと……そう、おっ、仰ってましたし」


 苦手と伝えられたのは事実だ。同時に仲良くしたいとも、大好きだとも伝えられたが、不都合な部分を伝えるような事はしなかった。


「ははっ。距離を縮めれば、誰しも苦手な部分の1つや2つ目に付こう。それでも共にいたいから、この場にいるのだし、身をていしてでもレスリー殿を助けたのではないか」


「……? 身を? レスリーを……アイリ様が、たっ、助けて?」


 急にエステルがなにを言いたいのか分からなくなったので、目を泳がせながら思い当たる出来事を探るレスリー。


「んっ? 私もその場にいなかったので詳しくはないんだが、レスリー殿が運河に身を投げた際、そこで真っ先に後を追って救い出したのは、アイリ殿だったと伝え聞いたのだが……違うのか?」


「えっ? あっ、あの時……レスリーは、ジーン……と、当主様に、つ、突き飛ばされてっ」


 レスリーの記憶は、運河に身を投げた際に途絶えている。そんな状態から命を繋ぎ止めるには、誰かの助けがなければ不可能な事に、今更ながら彼女は思い至った。


 因みにレスリーは突き飛ばされたと口にしているが、彼女の兄であるジーンがそんな事をした事実はない。自ら入水した心の弱さを、ジーンの所為にしているのである。


「なんと、本当に知らなかったのか? では、ジーン卿がパメラ殿の手に掛かって、お亡くなりになった事も?」


「えぇっ!? 当主様がお亡くなりになったのですかっ!?」


 もたらされた情報の大きさに、レスリーは我を忘れたかのような声をあげた。

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