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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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隠されていたものその2

「今更、一体なにしに来たんだ? お前」


「そんな言い方はねぇだろ? ソーン。俺だって少しは助けになろうと……って、あら? もう終わってる?」


 殲滅の蒼盾(グラナシルト)の破壊の跡に気付いて、自らが出遅れた事に気付いたラウロ。後頭部を掻きながら、恥ずかしさを誤魔化すように苦笑いを浮かべる。


「ハハハッ。一足遅かったな、ラウロ殿」


「ちぇっ。濡れるの覚悟で急いで来たっつぅのに、まらねぇなぁ」


 膝上にまで無理矢理巻き上げていたズボンの裾を戻しながら悪態をこぼすラウロ。その様子から、急いで駆け付けてくれたという事実が垣間見えた。


「ままっ、つっても俺は今回は役に立っただろう? エステルさんだけで、排水路の全てをって訳にゃいかなかったもんな?」


「という事は、他の排水先は既に終えているのか?」


 エステルの問い掛けに、ラウロが自らの手柄を誇らしげに語る時のように、胸を張って頷く。


「あぁ。粗方あらかたは俺が用意したショックプロシオンを使ってな。ほれほれっ、俺の事も褒めてくれていいんだぜっ」


 サタンデール製ショックプロシオン。例の、理力付与技術研究所アンバルシア支部でテロリスト達に使用された、爆弾と呼ばれる事の多い理力付与道具(エンチャントアイテム)だ。


「そうか、助かった。殲滅の蒼盾だけでは、理力倉が先に尽きてしまうとは思っていたからな。これでこの奇妙な根が、再びこの場所を塞ぐような事がなくなれば良いのだが……」


 そうしてエステルは、未だに排水路の壁を突き破って、格子に絡みつく幹のように太い、木の根のように見えるなにかを見上げる。そのまま興味本位で歩み寄って、ペタペタと音を鳴るぐらいに叩いて、その感触を確かめた。


「木の根にしか見えんが……本当にそうであるならば、こんなにも急激に伸びたりはしないだろうしな」


「それに滅茶苦茶硬ぇしな。手斧程度じゃビクともしなかったんだぜ、ソイツ」


「うーむ。ますます得体が知れん」


 腕を組みながら、首を捻って考え込んでしまうエステル。だが、彼女の小さな脳内で答えが出る程度の問題ならば、既に多くの解決策が出ている筈である。


「そんな事より、とっととここを出ようぜ。またこんな所で異形アウターに襲われるのは、コリゴリだぜ、俺は」


「そういえば、この場所も緊急連絡通路と繋がっているのだったな。今、他の者達が襲われてないとも限らん。我々は早めに戻っておいた方が良さそうだ」


 木の根に触れていた手を離して、きびすを返すエステル。そのまま地上へと向かおうと歩き出すのだが、ここまでずっと静かにしていた2人が足を止めたままである事に気付いて、振り返る。


「どうした? アイリ殿、エステル殿。2人とも帰らないつもりかっ」


「いえっ……あのっ、そのっ、わっ、私は……帰りっ、たいのですがっ」


 理力式のカンテラを高く掲げて棒立ちになっているレスリー。アイリーンに寄りかかられて迷惑そうな顔をしているが、それを跳ね退ける程の勇気もないらしく、まるで街灯のようにその役割を果たし続けている。


 一方、今までの会話が全て右から左に流れていたアイリーン。話しかけられているというのに、その集中力は揺らぎもせず、視線は両手に広げた見取り図へと落としたまま、石造のように動こうとしない。


「……やっぱり、ここが変なのかなぁ」


 そんな彼女が突然、見取り図の1点を指差しながらレスリーの顔を覗き見上げる。


「ほらっ、ここが浄化施設で、排水路がそれをこうやって囲って、枝分かれしてるんだけど……ここの部分っ。排水路の長さがおかしいよね?」


 アイリーンの言葉に、他の面々も吸い寄せられるように見取り図を覗き込み始める。その際、皆が急に集まってくる事に怯えたレスリーが、嫌々と拒否反応を見せるのだが、それに気づいたラウロが、彼女からカンテラを受け取って、代わりに地図を照らした。


 照らされた見取り図の見た目だけでは、比率を誤魔化して描いている為に気付き辛いのだが、数字と照らし合わせて読み解くと、浄化施設の大きさに対して、周囲を並走する排水路の長さに、併合へいごうが取れないというのが、アイリーンの指摘箇所なのだが……


「アイリ殿、私にはよく分からんぞ」「おいっ、なにがおかしいんだ? ラウロッ」「いやぁ、それが俺にもサッパリ……」


 しかし、数字の照らし合わせ方が良く分からない3人には、アイリーンの意図が伝わらないようだ。彼女はそれをもどかしそうに1から説明し直すのだが、彼女のふんわりとした表現も相俟あいまって、困惑が深まっていくばかりであった。


「おっ、恐らくですっ、が、ここから……こっ、この辺りまでがっ、あのっ……浄化施設の大きさです、ねっ」


 そんな4人が見下ろす見取り図上に、エステルの背後から伸ばされた、レスリーの指先が走っていく。


「……そうっ、そうっ! そうなんだよっ、レスリーッ」


「ひぅっ!?」


 レスリーの指先がアイリーンが思い描いた通りの浄化施設の大きさを示すのを見て、興奮したアイリーンは、まだ見取り図上に置かれたままだったレスリーの指先を両手で掴み、引き寄せて、宝物のように頬擦りする。


「いや、アイリちゃん。レスリーちゃんが驚いてるから、その辺にしといた方が良くない?」


「ふむぅ? つまり……ここからここまでは、浄化施設ではなく……不要な空間? という事か?」


「この見取り図を描いた奴が、寸法間違えただけなんじゃねぇか? そんなん、結構ある話だろ。それに、そもそもこれがなんだってんだよ?」


 ソーンの発言に、ラウロとエステルが同調を示す。3人が不思議に思っているのは正にそこで、アイリーンが何故こんな事を気にし始めたのか、意図が理解出来ないのである。


「んっと……皆さまは気になりませんの? この木の根が、何処から伸びていらしてるのか」


「コイツの事か?」「あぁ……確か、浄化施設の方角から伸びてるって話だったな」


 要領を得ないエステルとソーンの2人は、ぼんやりと壁を突き破って伝う木の根を見上げるのだが、レスリーだけはアイリーンの意図に気付いたようで、視線を鋭く細めた。


「つ、つまり。こ、ここから……この空間に、木の根のげ、元凶がい、るっ……と、お、おっしゃりたい、の、ですか?」


「そうなのっ、レスリーッ! あっ、ごめん。また驚かせちゃう所だったね。えっと、コホンッ……この木の根は異形……私はそう断定して良いと考えております。放置したままにしておいては、また排水路を塞いでしまうのは明白でしょう。しからば、私達で元凶を突き止め、出来得できうるなら、排除するべきではないでしょうか?」


「流石、アイリ殿であるな。この脅威が去るのであれば、街の者達も喜んでくれるに違いない。なぁ、ソーン殿?」


「あっ? あぁ、まぁそうだろうな」


 大きく頷いて同意を示すエステルに対して、聞き慣れない単語が多く、話の流れからでしか内容を理解出来ていないソーンは、しどろもどろとした反応を返す。


「いやいや、落ち着けって。正直俺もソーンと同じで、見取り図を描いた奴のミスだと思うぜ? それに、例えそんな場所があったとしても、そこにいる異形は1匹だけじゃないかもしれねぇ。フレダリオンだって、例のトラッシュワームの化け物級みたいな奴がゴロゴロいたとしたら、俺達だけじゃ無理ってもんだろ?」


 否定的な立場を取るラウロに対して、アイリーンは口籠くちごもる。すぐさま反論する事も出来たのだが、それをしなかったのは、もし4人で進んだ場合、必ず足手纏いになるのは自分自身だからだ。


 それに、彼女の目的はレスリーを赤鳳せきほう騎士団に連れ帰る事。善行とはいえ、彼女を危険な場所へ導くのは、望ましくないのではないか? という迷いが生じて、アイリーンはレスリーを振り向く。


「あのっ……いっ、行きませんか? そ、そのっ……ほっ、本当にそんな場所があるかどうかの、そのっ、確認だけなら……そ、そんなに危険はないと、おっ、思いますのでっ」


 レスリーは、地図へと視線を落とし、アイリーンと視線を合わせようとしないまま、しかし言葉の内容で、同調するのだった。

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