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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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そのまま触れずにいられるならその5

「いつまでそうしているおつもりですか? まだ終わってませんよ!」


「……いい加減、休ませてくれよ」


「ひゃっ……ちょっと、急に動いて変なとこ触んないでよっ」


 マテウスが身体を起こそうとしたはずみで、ヴィヴィアナの敏感な部分に身体が触れてしまったようで、彼女らしくもない可愛らしい悲鳴が漏れた。


「悪いな。そういう苦情は全部、後ろの奴にぶつけてくれ」


 マテウスに促されて、すぐに身体を起こしながら後方を確認するヴィヴィアナ。彼女が目にした光景は、橋の残骸で出来上がった岩礁に、正面からぶつかっていく異形アウターハンクであった。


 異形ハンクが少しは怯んでくれる事を期待した彼女であったが、その期待も虚しく、その猛進は瓦礫の山を弾き飛ばし、まだ橋の形を残していた部分に至るまで、跡形もない残骸へと変貌へんぼうさせる。


「やはり直接叩かんと、奴は止まらんか……おいっ、シドニー。追加の理力倉カートリッジをくれ」


「使用を認めた訳でもないのに、図々しいっ」


 シドニーの感情が乗ったかのように、ボートが津波に煽られて激しく揺れる。その瞬間、フッと意識を失い掛けたマテウスは、揺れる船内に身体を叩き付けられて、ショックエイクを取りこぼしてしまう。


 そのまま河川に落ちそうになっていた所を、ヴィヴィアナが咄嗟に手を伸ばして掴み取り、もう片方の手を伸ばして、マテウスの身体をも支えた。


「どうしたのっ? しっかり持ってよ」


「あぁ……すまん。ついでに、理力倉の入れ替えをやってくれるか?」


 虚ろな視線のマテウスに対して、反射的に憎まれ口を返したくなるのを抑えながら、ヴィヴィアナはシドニーの腰付近に手を伸ばし、吊り下げられているホルダーから理力倉を取り外すと、それをつたない手付きで取り換え始める。


「もっと、下……柄の底の方に……そこだ。そこを捻れば外れるから……」


「分かった。分かったから……それより、本当に大丈夫なの? なんか、顔色がっ!?」


 船体の全てが弾き飛ばされたかのような衝撃に、ヴィヴィアナの口が止まる。なんとか舌を噛むことはなかったが、両手を塞がれていた為に、ボートのへりに思いっきりに頭を打ち付けて、声なき声を上げるヴィヴィアナ。


 涙目になりながら顔を上げ、周囲を見渡す事で、彼女はようやく状況を察した。どうやらボートが橋を潜る際に、壁面に軽く接触してしまったようだ。


「ちょっとっ。手を離せない時なんて事してくれてんのっ?」


「貴方達があんな無茶をするから、さっきから舵がマトモに効かないんですよっ。こっちは尻拭いで手一杯なんで、後ろの異形ぐらいなんとか喰い止めてくださいっ」


 喧嘩腰のヴィヴィアナの口調に、より憤慨ふんがいした様子のシドニー声が叩き返される。片腕と上半身を使って、へばり付くようにして舵をコントロールする後ろ姿が、彼がどれ程追い詰められているかを物語っていた。


「いよいよ、終わりかもしれんな」


 そんな事態だというのに、他人事のようにカラカラと笑うマテウス。ヴィヴィアナから理力倉の装填を終えたショックエイクを受け取り、自らで中身を確認しながら後ろの様子を伺う。


 操舵が覚束ない為、蛇行を繰り返すボートでは、真っ直ぐ喰らい付こうとする異形ハンクを引き離せるわけもなく、目前の距離まで迫っていた。


「シドニー、目的の水中庭園はもうすぐだったよなっ」


「このまま真っ直ぐ進めば、すぐに庭園内に入ります。入ってしまえば、そこは我々の勢力下ですっ」


 その言葉で覚悟が定まったのか、虚ろだった瞳にもう一度力を込めて、身体を起こすマテウス。その姿にヴィヴィアナが嫌な胸騒ぎを覚えて、マテウスの腕を掴む。


「ねぇ、なにをするつもり?」


「降りるんだよ。このボートで戦うのはここが限界だ。ここから先は、俺が囮になる。シドニー、並走して誘導してくれ」


「チッ……いいでしょう」「待ってっ。なら、私も……」


「いや、君はここにいろ」


「そんなフラフラなオジサンを放っておけっていうの? 私だって、オジサンが本当にヤバい時に、アイツの気を少し反らすぐらいなら、出来るからっ」


「勘違いするな。俺と一緒に逃げ惑うより、君にやって欲しい役目があるからそう言っているんだ」


「……一体なにをやれっていうの?」


「ソイツで援護してくれ」


 マテウスが指差したのは、ヴィヴィアナが彼に突き返されて以来ずっと、片手に握りしめ続けていた真紅の一閃(シュトラルージュ)の事だ。


「俺はこの河川沿いの道を選んで、奴を誘導する。並走する船上から、ソイツで援護してくれ」


 そういうとエアウォーカーを理力解放インゲージさせて、すぐにボートから飛び降りようとしているマテウス。その腕を更に強く掴んで、ヴィヴィアナは引き止めた。


「無理だよっ。今日だって散々見たでしょっ? 私の弓がどんだけ使い物にならなかったか。今の私じゃ、アイツにかすり傷を残すどころか、また……また、オジサンの事を傷つけるかもしれないっ」


 そこで振り返ったマテウスは、ヴィヴィアナよりも強く彼女の手を引くと、彼女の額に額を押し付けて正面から見下ろした。


「なぁ、いい加減にしようぜ。これも無理、あれも駄目が通る程、ユルい状況じゃあないんだ。このままここで粘っても、ボートが潰されるのは時間の問題だし、装具の1つもマトモに扱えない君が俺の傍にいたって、お互いに足を引っ張るのは目に見えてるじゃねぇか」


 今まで見た事もない真剣な様子のマテウスの様子に、ヴィヴィアナは目を反らす事も出来ず、口を閉じる事も忘れて聞き入っていた。


「誰1人見捨てたくなくて、皆で助かりたいんだろう? 御大層なことだ。だが、あっちこっちで人助けして回った結果が、このザマなんだよ。ひとっつも頭使ってねぇから、被害も余計に広がりまくってて、逆にタチが悪いぜ」


 そこでマテウスは顔を離した。勿論、今の彼は癇癪かんしゃくを起してしまった訳でも、ヴィヴィアナを追い詰めるつもりもない。話を言い聞かせる為にそうしているだけである。


 そうして腰裏に固定していた儀剣を取り外して、それをヴィヴィアナに差し出した。


「コイツを預かっていてくれ」


「……なんでよ。こんな大切なもの」


「1人で戦っていると、コイツに頼りたくなってくるからな。目先を優先するなら、とっととコイツを使って思いっきり暴れてりゃそれでいいんだ。あっという間に片付くし、多少スッキリも出来るしな。ただ……今の状況じゃ、己の命と引き換えだ。これまでの俺は、余計なモノは切り捨てて、そういう博打を繰り返して生きてきたよ。今日もその繰り返しで良いと何度も思った。だがそれでも……今日はまだ、こうして踏み止まっている。目に止まった人達を見捨てないでいれている。それは、君がいてくれたからだ」


 マテウスが間を開けると、ヴィヴィアナが疲労感を隠し切れない顔を上げる。自身が掛けた言葉が、マテウスに届いている事に気付いて、目を見開いた。


「もしかして、子供や隊員を助けに入ったのって……」


「そうでもしないと、どうせ君が助けようとするからな」


 マテウスが、堪え切れない様子で破顔はがんした。


「俺だってな……楽できるなら楽したいし、助けを求める人がいるなら助けたい。ただ1人で全部ってのは限界があるから、ずっと身の丈に合った闘い方をして来ただけだ。こちとらそうやって悩んで生きてきたっていうのによ……君は両方諦めないんだろう? 羨ましいね。俺もソイツに一枚噛ませてくれ」


 罪の意識に死んだような表情を浮かべてたヴィヴィアナの顔に生気が宿る。そして、その眼前へとマテウスの拳が差し出された。


「君の弓なら散々見せて貰った。今日だって、その前だって、君が騎士団に入団してからずっと見ていた。こっちはその上で、こんな事を任せられるのは君しかいないって言ってんだ」


 この戦闘の最中、マテウスがヴィヴィアナは少し赤くなった目元に流れる雨雫あましずくを右手で拭うと、その拳をマテウスの拳に触れさせた。


「力を貸してくれ、ヴィヴィアナ」


「いいけど……絶対に私の矢に当たって、勝手に死んだりしないでよ?」


「俺が? 君の矢で? ハッ……冗談キツイぜ」


 そう告げて、鼻で笑ったマテウスはほぼ目前にまで迫って来た異形ハンクを睨みつけた。


「やれるもんなら、どうぞ君の手で楽にしてくれ。まぁそうは言っても、君が俺に矢を当てるなんざ、十年早いんだがな」

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