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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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そのまま触れずにいられるならその2

 マテウスは大きく息を呑んで、ヴィヴィアナから差し出された手に手を重ね、真紅の一閃(シュトラルージュ)を押し返す。


「いや……待て待てっ。これは大切な問題だ。もう少し、慎重に考えてからでも遅くはない。それに、少なくとも今は……」


 ヴィヴィアナの背後で異形アウターハンクが身動みじろぎし始めたのを視界に止めて、マテウスは再び瞳を鋭く細める。ヴィヴィアナもマテウスの視線を動きに気付いたようで、振り返りながら立ち上がった。


「それを許してくれるような状況じゃあ、なさそうだ」


「そんな、嘘でしょ……あれだけやられて、まだ動けるの?」


 零れ落ちた吐息に飽きれと恐れを乗せて、ヴィヴィアナは声を上げた。


「アォッ、ヴァオッ……ヴァッ、ヴァァッ」


 今までの驚異的な再生が間に合わず、身体中の至る所に無数の爆発痕を残している異形ハンク。その上で、弱々しい鳴き声をあげながら身体を起こそうとするので、至る所から濃緑色をした体液を漏らし、周囲に飛散させている。


「まだ動いているっ!?」「下がるぞっ、もう1度体勢を立て直して……」「いや、だが効いているっ。今こそ、畳み掛けるんだ!」


 異形ハンクの誰の目にも明らかに衰弱した姿。だが、そのあからさまな姿が、今まで1つの意思で統一されて動いていた特殊部隊シェラーズの隊員達の連携に、乱れを生じさせる。


 この僅かな機会を逃さすまいと、トドメを刺そうと動き出す者達。相手の反撃を警戒して距離を置こうとする者達と別れ、一時的な意思疎通の崩壊を招いたのだ。


 もしこれが前者に統一されていた場合、異形ハンクは反撃の機会も得ぬまま絶命していたであろう。もしこれが後者に統一されていた場合、異形ハンクの反撃は、隊員達に十分な被害を与える事は出来なかったであろう。


 部隊として最も脆弱ぜいじゃくな時間帯。悲劇とは、そういう時に起こるものである。


「下がれっ、ヴィヴィアナッ」


 マテウスは、声を掛けると同時に背後からヴィヴィアナの右肩を掴んで引き寄せる。異形ハンクの下腹部。軟体動物のようなそこの下半分にびっしりと生えている、黒い体毛に覆われた小さな突起物達。再三にわたって、触手のように伸ばして攻撃に使っていたその穴が、ゾワゾワと拡大と縮小を繰り返しているのを見て、不穏な空気を悟ったのである。


 だが、シェラーズの隊員達はそれに気づいていていなかった。攻撃を重ねるか、後退して距離を取るか……どちらでもない曖昧な時間帯で、そこまで異形ハンクの姿を注視していなかったのだ。


 次の瞬間、小さな突起物が一斉に伸びて、全方位の空間を触手が刺し貫く。マテウスに引き寄せられていたヴィヴィアナは、胸元に触手の先端に触れただけで事なきを得たが、攻撃を重ねる為に足を止めていた隊員達。足並みを揃えようと後退のタイミングを計っていた隊員達の多くが、悲鳴を上げる間もなく、絶命して崩れ落ちた。


「あぁっ……糞っ。面倒くさい事になった」


 隊員達の中には、辛うじて急所を避けて生きながらえている者達もいた。だが、このまま放っておけば、次の瞬間にもトドメを刺されてしまうだろう。


 そうさせない為にマテウスは、手近な遺体からアクアフレッチャーを取り上げて理力解放。少しでも意識を此方に向けようと、異形ハンクの人体部分を狙うが、やはり効果的なダメージを与えられている様子はない。


 しかし、意識を向けさせるという意図は成功したようだ。巨大なワームとは不釣り合いの虚弱な上半身が、芯が抜けているかのようなゆっくりとし動きでマテウスへと向き直る。


 生気の感じられない黒ずんだ異色の肌と、用途をなしていなさそうな見開かれた両眼りょうまなこ。本当に向けさせるべき意識が残っているのかどうかは、疑わしいところだ。


「目的を忘れたって訳じゃなさそうで、安心したぜ」


 マテウスは異形ハンクから離れるように走り出した。特に考えて走り出した訳ではなかったが、向かう先は歓楽街の外、広めの運河が流れている方角だ。


 マテウスが走り出したというのに、異形ハンクはジッと彼を捕らえたまま動こうとしない。不安に駆られたマテウスが歩調を緩めると、そこへヴィヴィアナが合流する。


「馬鹿っ、どうして着いてくるっ?」


「どうしてって……怪我人のアンタ1人で、戦わせる訳にはいかないじゃん」


真紅の一閃(ソイツ)を使えないのに、どう戦うつもりなんだっ?」


「そんなのっ……」


 ヴィヴィアナが言い淀んたと同時に、異形ハンクが突然動き出した。しかし、その勢いは攻撃を受ける前と後で一目瞭然いちもくりょうぜん。しかも、走れば走る程に体液を溢れさせ、雨がそれを流し続けている光景を見るに、それだけで衰弱していきそうな有様であった。


「ついて来るのなら、それはまだ君が持っていていろ」


「嫌よっ。それより見てっ。アイツ、かなり弱ってる。これをオジサンが使えばトドメだってさせるでしょ?」


「そう気軽に言ってくれるなよ。下位装具ジェネラルじゃあるまいし、触った事もない上位装具オリジナルワンで、得体の知れん異形の相手なんかせんぞ? 俺はっ」


 それでもマテウスなら……そう告げようとして、ヴィヴィアナはまた言い淀んでしまった。一刻も早く手放したい。ただそれだけの為に、マテウスに真紅の一閃を押し付けようとしている、自分に気付いたからだ。


「とにかく、今のところはソイツを使うつもりはないって事だ」


 話は終わりだとばかりに、走る速度をあげるマテウスに、ヴィヴィアナも黙って喰らい付く。彼の目論見通り、シェラーズ隊員達から異形ハンクを引き離す事は出来たものの、すぐに運河に突き当たってしまい、2人は方向転換を余儀なくされる。


「どっちっ!?」


「人通りが少なけりゃどこでもいいんだが……雨が弱くなってるのが、気になるな」


 異形ハンクの傷の再生がなされてない姿を見たマテウスは、このまま安全な持久戦を仕掛ける方針だったが、雨脚が弱くなれば、人が街に顔を出してくる。そうすれば、人的被害は拡大の一途だろう。決着を早める決断もしなければならないが、まともな火力を彼は持っておらず、それで悩んでいた。


 そんな時……


「マテウス卿、ここです!」


 急流の運河の上にも関わらず、それに逆らって岸に近づいて来る1台の理力式自走ボート。その上には、右腕を首から伸ばした包帯で釣って固定しながら、片手でボートを操る男の姿があった。


「シドニーッ。なんの用だっ!?」


 クレシオン教会異端審問局、神威執行官の制服を纏った男の名前はシドニー。左片手でボートを操作しながら、更に声を上げて搭乗を促す。


「状況はナンシーさんに聞いていますっ。話の続きは後でも出来るでしょうっ。さぁ早くっ!」


 ナンシーの名を聞いて、それでも迷い実際に踏み止まってしまうマテウス。横には憔悴しょうすいしきった眼差しを向けるヴィヴィアナ。後ろからは刻一刻と追い立ててくる異形ハンク。


(迷ってる暇もなし、か)


 小さく助走を付けてボートへと飛び移ったマテウス。すぐにヴィヴィアナもそれにならって飛び立った。

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