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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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赤指の小鬼その3

 ―――同日、ほぼ同時刻。バルアーノ領、ヴェネット、住宅街内給水施設付近


 一方その頃、本物のマテウスはまだハンク・パーソンズの面影を残した異形アウターと交戦中であった。


 仮称かしょう、異形ハンクの攻撃をいなす事が出来る武器すら持ちえないマテウスは、相手の周囲を円軌道に回りながら、回避と後退を繰り返し、シンディーが打開策を用意するまでの時間を稼いでいた。


 しかし、ヴィヴィアナをキツい言葉を使って先に退避させたうえに、有効な反撃手段を持たないマテウスが、この閉じ切った狭い空間で、完全とは程遠い体調で、見極めの難しい相手の攻撃を単独でしのぎ続けるのは、非常に困難であった。


 一応、彼の腰にはこの状況への打開策が差さったままだ。騎士鎧<ランスロット>を纏いさえすれば、異形ハンクをものの数秒でほうむる事も、可能ではあろう。だが、胸に大きな傷をつけられた現状で、その選択を選ぶのは余りにも大きなリスクが伴う。


 治癒限界体質の彼が、強制的な治癒系理力解放を受けてしまうと、鎧の下では塞ぎかかっている傷口が再び大きく開き、血液が滝のように流れ出して、斬られた直後のような激痛にさいなまれるのだ。


 自身ならそんな状態であったとしても、ハンクを葬る事が出来る……過信や驕りではなく、当然の結果としてそう認識しているマテウスであったが、果たして次に目を覚ます時に自分がまともに立ち上がる事が出来るのか? 


 まだ混沌としたヴェネットで、アイリーンやレスリーを見失ったままで、そんな状態になっていいのか? そんな迷いが、マテウスに騎士鎧化を拒ませていた。


(だが、このままでもジリ貧だな)


 また壁際に追い込まれる事で、連続した九死の息苦しさを吐き捨てるように一笑するマテウス。


 もういっそ楽になってしまおうか? 不安は残るが、傷だらけの自身がオメオメと生き残った所で、なんの役にも立たないしな……そんなある種の諦観ていかんから、儀剣を掴もうとした時、紅い矢がマテウスの頭上を抜けて、ハンクの額を打ち抜いた。


「それ、使わせないからっ!」


「なぜだ……逃げたんじゃなかったのかっ!?」


「ここを離れる時に、ちょっと待っててって言ったじゃんっ。早く上がってきてっ!」


 2階建ての屋根の上から手を伸ばすヴィヴィアナ。当然そのままでは届かないが、額を打ち抜かれたハンクは、致命傷には及ばないものの、その痛みに大きく怯んでいるようで、隙が出来ていた。


 マテウスは少し助走をつけると、高く跳び上がって家屋の壁を蹴りつけ、更に上へと跳躍しながら手を伸ばす。ヴィヴィアナはその手を掴んで、身体の反動を使いながらマテウスを一気に引き摺りあげた。


 相当走り回った後なのか、ヴィヴィアナの呼吸や雨に濡れた長髪は激しく乱れていた。しかし、そんな状態でも彼女は、マテウスを掴んだ手に力を籠めて勝気な笑みを浮かべる。


「それに私がアンタのいう事、素直に聞く訳ないでしょ?」


「長生きしたくば、こういう時ぐらい先人の言葉には従った方がいい」


「あっそう。それなら、オジサン以外には素直な私は、十分長生き出来そうかな。別に嬉しくもないけど」


「ハッ……ってでも生き残りそうな性格してるな」


 軽口を言い合いながら、2人の視線は地上へと向かう。そこには既に立ち直ったハンクが白く濁った瞳を見開いて、マテウスの姿を探しているところであった。


「やっぱり離れた距離からじゃ、いくらっても効かないみたいだね」


「怯ませる事が出来ているだけで、十分だ。それより……気付いたみたいだぞ」


 2人を睨み上げるハンク。腹部の大口から空気の抜けたような耳障りな声を漏らしながら、眼前に家屋がある事を無視して、身体を縮めて勢いをつけるた後に、2人に飛び掛かっていく。


 当然、ハンクはマテウスとヴィヴィアナが立つ家屋の壁に突っ込んで、次々と降り注ぐ崩れ落ちた支柱達に地面を舐めさせられる結果になるが、その振動に2人とて無事という訳ではなかった。


「糞っ」「こっちっ」


 マテウスが揺れに足を取られ、手を着いて耐えていると、ヴィヴィアナが弾かれたように走り出したので、彼もそれを続く。


「何処へ行くつもりだっ?」


「人気のない場所って先に言ったのはオジサンでしょっ? この先の繁華街なら広くて人も少ないし、このルートなら先に警告だけはしといたのっ」


 どうやらヴィヴィアナは、マテウスに逃げろと言われて姿を消したのは、自身の矢が異形ハンクにとって致命傷に至らない事をかんがみて、事前にこの逃走ルートを探索する為だったようだ。


 目指す先が、自身と同じく繁華街であった事も含めて、ヴィヴィアナの機転に舌を巻くマテウスに、走りながらヴィヴィアナが話しかける。


「さっき……その剣、使おうとしたでしょ?」「……そうだ」


「それを使ったら、また傷口が開いて、死ぬかもしれないって知ってるのに?」「あぁ、そうだっ」


「そうやって勝手に1人で決めないでよっ。まだここには、私がいるでしょっ?」「そう……だなっ!」


「ひゃっ! なにっ!?」


 マテウスは目前を走るヴィヴィアナに、後ろから飛び掛かった。突然の出来事にヴィヴィアナが声を上げようとした瞬間、彼女がいた場所の真下から、屋根を突き破ってハンクが飛び掛かって来た。


 ヴィヴィアナを両腕に抱えながら屋根の上を転げ落ちていたマテウスは、なんとか体勢を整えるものの、雨に濡れた屋根の上で踏ん張りが効かず、彼女を抱えたまま屋根の上を滑走していく。このままなにもしなければ、2人まとめて路地裏へ叩き付けられるだろう。


「オジサン上っ、アレが来てるっ!」


 ヴィヴィアナに指摘されて、チラリと視線を上に運ぶマテウス。雨空の中に大きな黒塊が1つ。いつの間にか異形ハンクが小型の異形を吐き出していたようで、それが2人の頭上に迫って来ているのだ。


「つっても、どうしろってんだ?」


「頭を下げてくれれば、それでいいっ!」


 マテウスの腕の中でヴィヴィアナが身動みじろぎして、両腕を彼の左肩口外に逃がすと、空へと向かって弓を構えた。


 その動作で、ヴィヴィアナがなにをする気かを察したマテウスは、首を竦めてヴィヴィアナの視界を広げながら、自身の動きに専念する事にした。滑走しながら体勢を徐々に起こし、速度を足裏で微妙に調整。そして屋根から落下してしまうその直前に、腰を上げると同時に、屋根を蹴りつけて飛び上がったのだ。


 その間、ヴィヴィアナの視線は一切空から離れなかった。矢をつがえ、弓を引き絞る……体勢こそ窮屈だが、何千何万と繰り返した動作に淀みはない。そしてマテウスが屋根を蹴りつけて飛び上がった瞬間、白い糸の導きに従って、彼女の矢も解き放たれる。


 ヴィヴィアナを抱えたまま、マテウスが路地対岸にある屋根へと両足を着地させた瞬間、小型異形は再び空中で脳天を打ち抜かれ、力なく落下していく。


「相変わらず、どんな腕してんだよ」


「今回のは、これで貸し借りなしだからね?」


 両腕に抱えられたままの状態で笑顔を浮かべるが、すぐに気恥ずかしくなったようで徐々に顔を赤らめる。


「それより、早く下ろしてよ。自分の足で走れるからっ」

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