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姫騎士物語  作者: くるー
第六章 汚れてしまった慕情に
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曇天をも射抜けよその4

 飛び掛かって来た異形アウターハンク。その軌道を確認した2人は同時に前っ飛びして、この混乱の最中、開放状態になっていた玄関口から脱出。軌道先の情報を見誤った異形ハンクは、玄関口上部の壁に頭をぶつけて、その場に落下。その後、自らが起こした崩落によって圧し潰された。


 飛び込む先を考える余裕がなかったのは、ヴィヴィアナも同じだったようで、水溜まりに飛び込んでしまい、顔や服に泥が飛散してしまっている。


 小声で悪態を吐きながら、降り注ぐ雨を使って顔の泥を拭い、立ち上がるヴィヴィアナ。その横では、既にマテウスが立ち上がっていて、異形ハンクの様子を伺っていた。


「なに? もしかして死んだ?」


「そうあって欲しい所だが……」


 崩落により埋まり切らなかった、首から上の部分が微動だにしない。脈どころか呼吸をしているのかも不明瞭な相手に対してどうやって生死の確認をすればいいのか分からず、固唾かたずを飲んで見守るだけの時間が続く。


 いよいよ痺れを切らしたヴィヴィアナが、真紅の一閃(シュトラルージュ)を構えて近づこうとしたその時、瓦礫の下が揺れて、人の顔を突き出て来た。


「えっ……なに?」


 突き出て来た顔は、異形の中にデスマスクとして埋まっていた、ハンクのそれだった。生首状態のまま、生気のない瞳を向ける様が不気味で、ヴィヴィアナは怖気おじけてしまい、一歩後退する。


「マテ……ウス」


 生首がハッキリとそう口にした事。そしてそれ以上に、その声が人間らしい殺気を帯びていた事にマテウスは驚いた。そしてその驚きは、更なる驚愕によって上塗りされていく。瓦礫が震えて生首より下の身体が出てきたのだ。


「いやっ、マジなんなの、コイツ? ホント、キモいんだけどっ」


 瓦礫の下から出て来た身体は、今まで対峙していた異形ではなく、粘体ねんたいを帯びた筋肉質な胴体と、それと相反して細く長い、黒い体毛に覆われた昆虫のような両手足。(前の異形から伸びていた脚の部分がそのまま、この異形の手足になっているようだった)


 そんな体躯でありながら顔だけが、生気が抜けきった人間の……ハンクの顔なのだから、ヴィヴィアナが震えあがるような声を上げるのも無理はない。マテウスは最早、対峙する敵を異形と分類する事すら諦めていた。


「どこのどいつだ? こんな趣味の悪い化け物を作ったのは」


 ハンクが細長い四つ足を使って前進を始めると同時に、ヴィヴィアナが容赦なく真紅の一閃を放つ。流石に人の顔をしているとはいえ、この距離と人とはかけ離れた姿をしている相手に、彼女のトラウマは発動しなかったようで、その胸を正確に貫いた。


 それに対して少しだけ怯む様子を見せたハンクであったが、生気の抜けた表情からは苦痛の一欠けらも感じさせない。2度、3度とヴィヴィアナが矢を放つも、険しくなっていくのはヴィヴィアナの表情の方であった。


「ヴァッ、ヴァァッ……ヴァオォォッ!」


 人間の声帯では出し得ない、魔物のような咆哮ほうこう。貫かれる度に、たちどころに回復していく肉体が、その痛みにも慣れてしまったのか、ヴィヴィアナの一矢を正面から受け止めながらも、無視して猛然と突進して来る。


「下がるぞっ、ヴィヴィアナッ」


 マテウスが強引に腕を引くと、ヴィヴィアナも弓を下ろして走り始める。長すぎる手足の所為でハンクの歩行は蜘蛛のそれに似ていた。一歩の歩幅こそ大きいものの、歩き慣れていないのか、全力で走り抜ける2人には追い付けずにいる。


「どこに逃げるのっ!?」「とりあえず、人気のない場所ならどこでもいいっ!」


 2人が運河と対峙するまで駆け抜けた頃には、ハンクは大きく引き離されていた。この速度なら、追いつかれる事はあるまいと、運河に沿って右へ走り出すのだが、肝心のハンクがいつまで経っても姿を現さない事にマテウスが先に気付く。


「待て待てっ。ハンクが来ないっ」


「はぁ? 勘弁してよ……イチイチペース合わせて走る方が疲れるんだけどっ」


 とは言いつつも、ハンクが他の標的を見つけて襲っていては元も子もないので、後退を始めるのだが、その曲がり角で鉢合わせる事になったハンクの姿に、2人は度肝を抜かれた。


 歩き辛そうにしていたハンクの身体の下に、元々の全長数10m前後はありそうなトラッシュワームのような見た目をした異形が同化しているのだ。そのグロテスクな全形は遠くから見ると、半人半蛇の異形であるナーガの姿を彷彿ほうふつとさせた。


「なんなのよ……ホントなんなのよっ!」


 ヴィヴィアナの悲痛な叫びを皮切りに、2人は再び踵を返して走り始める。それに追い縋ってくるハンクの姿は、まるで大蛇のような走法で、胴体を引き摺りながら距離を詰めてくる。慣れない四つ足で歩いていた時より明らかに早い。


 幸い、この雨と増水の影響か、運河沿いに人の姿はなかったのだが、遮蔽物のない見通しのいい通路ではハンクの方にがあるのか、2人は距離を詰められる一方であった。


「このまま真っ直ぐ走れっ!」


 なにを当たり前の事を? 息も絶え絶えの中ではそんな返答を口にする余裕もなく、走り続けるヴィヴィアナが、ふと背後の変化に気付いて足を止める。


「アイツ……またっ……勝手にっ」


 ヴィヴィアナの背後で路地へと方向転換したマテウス。そして異形ハンクはその巨体で路地を破壊しながら胴体をねじ込み、ズルズルと這いずりながら彼を追っていく。このまま真っ直ぐと走った先は、人通りの多い商店街に続いてしまう。異形ハンクの行動からマテウスを執拗に狙っていたのは明らかだったので、彼は囮になったのだ。


 異形ハンクが路地裏へと消えていく。奴が前進する度に建物が半壊し、人の悲鳴があがっているようだったが、ジリジリと追いつかれるばかりだった進行の足止めになっているし、なにより商店街にアレを誘導してしまうよりは、被害を抑えられる筈だ。


 問題はヴィヴィアナ自身が、逃走中にそこまで頭が回っていなかった事……彼女はそう思い直して、顔を両手でパンパンと叩いて、気合を入れ直す。


「ここで切れてちゃ、アイリに任せてもらった意味ないよね」


 そうして彼女はマテウスが消えたとは別の路地裏へと駆け抜ける。


 雨の中を走っていると嫌でも思い出してくるのは、異端者隔離居住区ゲットーでの出来事だ。正直、もう2度とあんな思いはしたくなかったし、他人が視界に入ると途端にブレる自身の弓にどこまでの価値があるか分からない。


 ただ、今だけは。病み上がりで武器の1つも持たない彼の方が、守られるべき存在なのは確かなのだから……そんな強い意志が、彼女を突き動かしていた。

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